第16話 ネロ それはロキ それはネロ


 ネロはそのとき十歳だった。

 あたりが暗いので夜だ。水辺にいる。庭の池の畔だ。

 振り向くと、ロキがいた。ロキは十三歳だった。

 

 あれ?


 俺とロキは双子じゃなかったっけか?


 そして池を覗きこむと、十三歳のネロが映っていた。


 十歳だと思っていたけど、勘違いだったみたいだ。


 ネロは十三歳のロキと、池から出てきた十三歳の自分と、三人横並びになって歩き出した。

 

 十三歳のロキとネロは、十歳のネロよりも頭一つ分背が高く、そんな二人は十歳のネロを覗き込むようにして見下ろしている。


『ずいぶん弱ってるなぁ』

『こんなに縮むとはなぁ』

『絶好の機会なんだよなぁ』

『二十年以上も待ち望んだ機会なんだけれどなぁ』


 十三歳のロキとネロはそっくりで、十歳のネロには、どちらがどちらの科白を言っているのか分からなかった。


 十三歳のロキが、いやネロかもしれない、ともかく双子の片方が、十歳のネロの胸を指で突いた。


 あまりにも強く突くものだから、十歳のネロはよろけた。痛くて、そしてびっくりした。突かれた部分がビリビリ痛い。


『これ、外せよ』


 十三歳のロキが言う。ツン、ツン、指でさっきと同じ個所を何度も突きながら


『これを外せよ』


 と言う。


 十歳のネロは十三歳のロキの腕を振り払って逃げようとした。

 

 しかしその先には十三歳のネロがいて、ドンとぶつかった。十三歳のネロは、十歳のネロの肩を掴んでいた。


『それが邪魔だ』


 それからピッと胸をさす。


『それが邪魔なんだ』


 指さした場所は、十三歳のロキが突いていた場所。


 十三歳のネロは、ド、と指をその場所に突き刺した。


『邪魔だ』

『外せ』

『邪魔』

『外せ』


 まったく同じ声がネロの頭の周りをぐるぐる回る。


 外せ、邪魔だ、そういわれる場所にあるのは、魔法師団のペンダント。


 これを外してしまったら、俺は、俺は、どうやって生きていけばいいんだ。


 冒険者にでもなれというのか。


 勇者にでもなれというのか。


 それとも影に戻れというのか。あの影に。


「勇者見習いさん! 早く起きて!」




________

______

_____

___

___

_



_


_





「もう! ネロさんってば!」




 ネロはハッとして顔を上げた。




 目の前には、亜麻色の髪を肩で切りそろえた、見慣れぬ少女がいた。奇妙な形のロッドを持っていて、明るい青の瞳でネロを覗き込んでいる。

「こんな往来で寝れるなんて、けっこう図太い神経を持っているんですね。もう、全然起きないんだから、困っちゃいましたよ」

 ああ。

 思い出した。

 マーガレットだ。

 どうやら随分と深く眠り込んでいたらしい。ネロは肩や首を回して、どれだけ体が凝り固まっていたかを実感した。実家の納戸に籠って一晩明かしたときと同じレベルだ。

 バスタブに熱いお湯をためてゆっくりと浸かりたいと思った。

「悪い。疲れが出てたみたいだ」

「おっさん通り越して老人ですか……」

 呆れたような、憐れんだような目を向けられた。

 辺りを見回すと、この場所は待ち合わせスポットらしく、けっこうな人だかりがでいている。

「私が来たとき、ネロさんの回りに輪が出来てましたよ」

「輪?」

「人の。一定の距離を置いて様子をうかがってるような、人の輪が」

「うわ。やべ。完全に変な人じゃねーか」

「完全に変な人ですよ。早く移動しましょ」

「そうだな。早めに宿を取って、今日は休もう。……お前だって二日酔いだろ?」

「それが、あの薬が効いたみたいで、もう全快です!」

 とっても元気なお返事をもらって、ネロはげんなりした。

「若いね……」

 立ち上がろうとすると、背中が軋んだ。腰もいたい。尻が冷えてる。

「それで、ネロさんのほうはなにか収穫がありましたか?」

「ん? ああ……、ギルドではほとんどめぼしい情報はなかったな」

 みぞおちの上辺りをさすりながらネロは答えた。

 なんだか、胸が痛い。

 そういえば夢を見ていた。

 くそ。

 心の中で舌打ちをして、ネロは胸をさする。

「やっぱりですか。私の方もなにも」

 しゅんとするマーガレット。泣きそうに見えた。

「でも、魔法師団の支部で、気になる情報があったぞ」

「魔法師団支部? そっか、そこもありましたね。全然思いつきませんでした」

「思いつかないって、冒険者は魔法師団を嫌っているのか?」

「んー、嫌ってるというか、……あんまり、頼りになるとは思っていないですね。結局、勉強だけできるお役人様でしょう? いざという時に頼りになるとは思えないです。長い呪文を覚えていても、机に座ってばっかで使わなかったら意味ないし」

「……、そうか」

 冒険者も魔法師も、お互いどっちもどっちの認識ということだ。

「んー……でも爆炎の勇者は、魔法師団には一目置いているようなことを言ってましたよ」

「へー、勇者なのにな。魔法師は冒険者の中でも特に勇者を嫌ってる」

「そうなんですか! 信じらんない、魔法師って」

 一般的な人々は、勇者を頼もしい存在、正義の存在だと信じて疑わない。

 魔法師も、本物の勇者にならば信頼を寄せるだろう。だが、その本物の勇者というものにお目にかかったことがないのだ。

 勘違い戦士だとか、自意識過剰戦士だとか、大きな口を叩く癖に実力が追いついていない者がこぞって勇者を自称するので、「また口だけ勇者が湧いて出たぞ」くらいに見下している。

「まあその魔法師団で、リテリアの森から脱出した人々の中に勇者を名乗る一行がいたと、そんな情報があったみたいだな。なんという勇者かまでは分からないらしいが」

「爆炎の勇者です! そうに決まっています!」

 ネロの言葉に目を輝かせ、マーガレットは力いっぱい断言した。

「行きましょう、ネロさん! 爆炎の勇者の元に! 早く! さあ!」

「いや、俺は宿を取ってベッドの中に行く。じゃあな」

「ネロさん! そんなぁ!」

 一人元気なマーガレットを残して、ネロは近く見える大きな宿屋を目指した。

「待ってくださいよお!」


 その宿屋は街で一番の宿屋だった。

 ネロは空いている部屋を確認し、バスタブ付きの風呂がある部屋を取った。

「ツインになさいますか。ダブルになさいますか」

「シングルのダブルで」

「……ええっと」

「泊まるのは俺だけなので、ツインは不要だ」

「では、そちらのお連れ様は……」

 爆炎の勇者のところへ行くと思ったのだが、マーガレットはネロについてきた。

「マーガレット、勇者のところへ行かなくていいのか?」

「そんな意地悪言わないでください」

 いやいや、意地悪ではなくて。

 いや、どうなのだ。

 ネロの頭は、もううまく回らない。

 眠くて、体力も消耗して、魔力まで使った。

 ヘロヘロである。

 思考は欲望一直線。

 寝る。

 ご飯食べて寝る。

 お風呂入って寝る。

 満腹ホカホカスッキリふかふかベッド。

 至福。

「勇者のとこに急がないなら、お前も部屋取るか?」

「……」

「どっちだよ。俺は己の体力優先。お前は仲間の安否確認優先。俺は主張を譲る気はない!」

 ネロはきっぱり言い切った。

 すると、マーガレットは言いにくそうに口をモゴモゴさせる。

「だって、ここ、……凄い高そうじゃないですか」

 そういうことか。

「私だって、ずっと安宿とか野宿でしたし、大きめの街に来たならシャワー浴びて、固くない寝床で寝たいですよ。疲れましたもん。でも、」

「じゃあ一番安い部屋のシングルにしてやるよ。それでいいだろ。決まりな。あ、すみません、もう一部屋お願いします。こいつ、旅費はあとでまとめて支払うって言ってるんで、高い部屋だどむしろ困るんです」

「かしこまりました。では、リンミー様は八階の一号室を。お連れ様には四階の三号室を。ご夕食はいかがしますか?」

「夕飯は?」

「え? いやいやいや、そんな、めっそうもない」

「いらないそうです。俺はインルームを。コースがあればそれで」

「かしこまりました。鶏肉と牛肉、川魚のコースがございます」

「海の魚は?」

「あいにく、ハルリアを含めた近くの漁港が閉鎖され、新鮮な魚介が届いてないものですから」

 なるほど、こんなところにも影響が出ている。コーカル市であれば北の海からの鮮魚が届くが、この街ではハルリア村などの東の海の漁港が頼りなのだろう。

 商人は逞しいので、すぐにでも新たな物流が開通するだろうが。

 早く原因を突き止めないといけないな。

 しかしネロは眠かった。休みたかった。

「では、鶏肉にしようかな」

「お酒はどうなさいますか?」

「酒はどうする?」

「う。いえ、昨日の今日なので」

「俺もあっちも酒は遠慮する。そのかわりにスパークリングの葡萄ジュースがあれば俺の部屋に。キンキンに冷えた白が良い。二本欲しいな」

「かしこまりました」

「ではご朝食の用紙をお渡しいたしますね。ご朝食を取られるのであれば、こちらからご希望のものを選んで記入していただき、日付が変わるまでにお部屋の外のドアノブにおかけください」

「ありがとう。飲み物はすぐに持ってきてくれ。食事も、少し早いが、すぐに頼めるか?」

「かしこまりました。では、お部屋までご案内いたします」

「ああ、大丈夫。自分たちで行くよ」

「は、では、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」

 ネロはカードキーを受け取ると一枚をマーガレットに渡した。

「ずいぶん手馴れていますね」

「金持ちのボンボンなんでな」

「……、一番安い部屋でも、昨日の宿屋の五倍くらいしましたよ」

「ゆっくり休みたいじゃないか。このレベルの宿屋なら、魔法陣もしっかりしているはずだし、なんの心配もなく眠れる。個人情報も守ってくれるしな」

「ネロさん、いったい何に怯えて生きているんですか?」

「は?」

 よく分からないことを言われた。

 よく分からないので、答えずにマーガレットを部屋まで送り届けた。

「じゃ、朝食はこれに書いて、ドアノブにな。朝食は宿代に含まれているから、気にせずに頼めよ。じゃあ、何かあったら八〇一の部屋にかけてかけてくれ」

「かけてくれって?」

「電話があるはずだから」

「電話? そんなの、……使ったことないですけど」

「ないのか? 首都出身なのに?」

 ヘリロトはコーカルよりも率先して科学技術を取り入れているはずである。

「首都出身だからって、そんな贅沢品を誰もが持っているわけじゃないんですよ!」

 なにやらマーガレットは凄い剣幕だった。

「じゃあ、電話なんて使わないでいいから、普通に部屋をノックしてくれ。起きてたら出る」

 ネロはさっさと退散することを選んだ。



 ネロの部屋は、街の景色が一望できる部屋だった。

 夕暮れの頃合い。

 日が沈んで夜に変わる前の僅かな間、世界は静かに混沌と化す。

 荷物を下ろすと、急いで異空間に腕を突っ込み、持ってきた薬箱を取り出した。

 なかにはビッシリと小瓶が詰まっている。

 即効性の回復薬。

 魔力回復、法力回復、体力回復、治癒、再生、蘇生。解毒、除呪。

 そして万能薬。

 ネロが自分で精製し調合した特別製だ。

 市販のものよりも、いや、魔法医院で使われているものよりも効果がある。

 その分作るのに時間がかかるし、量産も難しい。

 いざというときのための薬だ。

 ネロは数秒悩んだ。

 悩んだ末に、万能薬を掴むと蓋をあけ、一気に喉に流しこんだ。


『あーあ』


『あーあ』


『もう少しだったのに』


『下手に知恵がついたな』


『それさえ外していればな』


『あれさえ無ければな』


 耳元で声が聞こえた。

 やっぱり、帰っていなかったのか。

 ネロの周りを何かが旋回している。そして胸元に痛みが何度も走った。


《帰れ》


『ははははは』


『ははははははは』



 ネロは瓶を箱にしまい、鍵をかけて封印をほどこした。

 空間魔法で異次元に戻したところで、チャイムがなった。

「ネロ・リンミー様。お食事とお飲み物をお持ちいたしました」

 ネロはドアを開けた。

「ありがとう。しかし、その食事は四〇三の連れのところに運んでやってくれないか? 私はパンとバターと、冷えた葡萄ジュースが一本あればいい。朝食はサンドイッチと玉子のセットで」

 ネロは朝食の注文用紙を渡し、冷えたジュースのボトルとパンの入ったバスケットだけを受け取って、ドアを閉めた。

 バスタブにお湯を溜めながら服を脱いだ。

 万能薬が効いてきて、疲労感が薄れている。しかし思ったような回復ではない。

 確かに消耗していたが、万能薬でも全快できないほどだったろうか。

 傷を負った訳ではないのに。

 と思ったら、胸元に擦過傷と軽い火傷があった。

「くっそ、あいつらか」

 鏡を見れば、ピンポイントにペンダントヘッドの位置、ではなかった。

 傷がある場所は、魔法師の証よりも少し下。

 そこにピッタリ当たるのは、魔公サヴァランのタリスマンだった。

 ネロは恐る恐るタリスマンを外した。

 すると嘘のように体が軽くなった。

 胸の傷がスッと消え、魔力が一瞬で全快した。

「……」

 鏡の向こうに、少年の姿をしたネロとロキがいた。ネロの体に腕を回して、ニヤリと笑った。


『気を付けなよ』


『マイマスター』


 耳元で声がして、少年のネロとロキは消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます