第15話 ネロ それはつまり憧れの、そう大魔賢者様
ネロのいなくなったトマスのギルド。
そこの熱気は徐々に沈静化していった。
敗北をきした魔法師クロシーダが帰らないためだ。ただ帰らないわけではない。あれだけ饒舌だった口を閉じ、なにやら難しい顔で、熱狂している冒険者たちを見つめていた。
クロシーダが出す空気はいつしか室内全体に広がり、皆、クロシーダを見ていた。
組合長が尋ねた。
「なあ、あんた。さっきの決闘で話はついただろ? さっさと帰ったらどうなんだ?」
クロシーダはため息をつく。
「……あの決闘に、意味なんてないんですよ」
「ああ?」
「あれは、あの人に挑む理由が欲しかっただけですからね」
「なに訳の分からんことを言ってるんだ」
「あの人に一泡吹かせてやれると、そんな機会に恵まれたと思いましたのでね。利用させていただきました」
「ああ? 利用だと?」
「出る杭は打たれるってやつですよ」
「……電気で頭の芯をやられたのか? あんた」
「実力試しって、興味はございませんか? 冒険者ですから興味ありますよね? それもなければ、ただのゴロツキですからね」
「あんた、やっぱあのまま炭でいてくれたほうが良かったぜ」
クロシーダは先ほどの決闘を思い出す。
まだ全力じゃなかっただろ? だと?
全力を出す前にあっさり倒されたのだ。当然だ。
化け物め。
ネロがいとも容易く作り出した《アンキラ》。
《アンキラ》という魔法など、本来ないのだ。
結界魔法は数千という種類がる。古代から現在まで多くの魔導師や賢者、魔法使いに僧侶などが研究し作り出してきた。
その結界魔法の呪文の多くにみられる《アン テ ル コリドール チュール チューリ キラ》という一句。長い長い呪文の中の一句。
それを略して《アンキラ》だ。
《アン テ ル コリドール チュール チューリ キラ》の含まれる結界魔法、そして防御魔法全てを《アンキラ》だけで使えてしまう。それがネロだ。
しかも、クロシーダの編み出した電気魔法蓄積の方法をほんのわずかの間に、完全ではないものの、見破った。
そして、その蓄積した電気魔法を消費して、やっと繰り出せた電撃魔法。
ネロは己の魔力だけで簡単に繰り出して見せた。
しかも呪文詠唱なんて一切ない。呪文名を口にするだけで、完璧な電撃を放ったのだ。
クロシーダの魔法よりもさらに高レベルのものさえも、軽く。
ネロに呼び出された無数の妖精。
一個一個は呼び出す価値もないが、あれだけの群れになれば大精霊とほとんど同じだ。
あんなものを使役している。あんなにも簡単に命令を聞かせている。
化け物だ。
出る杭は打たれる。ネロは見事に打たれた。出世街道からは外れ、人気のない部署を転々とさせられている。しかし、杭は抜かれることはなく、そこに埋まっているのだ。
抜くことを許さなかったのが、かつての魔公の末裔、同じ名を持つサヴァラン。
誰もが認める大魔導士。そのサヴァランから目をかけられるネロ。
口にしないだけで、誰もが分かっている。けれど認めることができない。
無様に妬みを向けてしまったとしても、認めるなどプライドが許さない。
気に食わない。
気に食わない、が。
ネロに強いと言われて、クロシーダは目を見開くほど、心が震えたのだ。
「あの冒険者は、冒険者ではありません。魔法師です」
「はぁ? なんだって? 魔法師? って、ことは、お前の仲間なのか?」
「仲間……、ええ、そうです。ですから、魔法師団とあなた方との話し合いの件と、僕とあの方との勝敗なんて、関係ないんですよ。リテリアの森で暴動が起これば、あの魔法師が止めるでしょうね。僕に一瞬で黙らせられたあなたたちが、僕を一瞬で倒したあの魔法師に、勝てるとお思いで?」
ぐ、っと冒険者たちは言葉を詰まらせた。
彼らの頭には、消し炭にされたクロシーダの映像が強く植え付けられている。
「そうそう。もしもリテリアの森で先ほどの魔法師をみかけても、魔法師と呼んではいけませんよ? かといって、いくら強いからと言って、勇者様! などとまかり間違っても呼ばないように」
「あのにーちゃんは勇者という風格じゃねえし、呼ばねーよ」
「はぁ? あの方が勇者ごときの風格で収まると思っているんですか? これだから頭の足りない冒険者は困る!」
「んだとこらああああ!」
「あのひょろいにーちゃんに瞬殺されたくせに偉そうにしてるんじゃねーぞ!」
「しかし、僕は強い」
クロシーダは言った。
けれど、今までのナルシスト的な言い方ではなかった。
「魔法師は勇者が嫌いです」
ネロだけでなく、魔法師は勇者を嫌っている。
「ですから、あの魔法師を呼ぶときは、大魔賢者と呼ぶように」
「大、魔賢者? はん、なんだそれ」
クロシーダはロッドをギルド長に向けた。
「僕は大魔賢者に強いと言われたのです。ですから、『僕は強い』」
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