第14話 ネロ それは誤解だと叫ぶ

 ネロのまわりにいる冒険者たちは、目の前でなにが起こったのか分からないでいた。

 彼らにとってそれは瞬く間に終わってしまった。ほんの数分。 

 クロシーダの姿もネロの姿も、彼らの目はろくに追えていなかった。

 建物内に強烈な電流が流れたかと思うと、真っ赤な《ワーム》が室内を埋め尽くし、それが消えたとき、ネロが数回杖を振って、クロシーダが炭となって床に転がったのだ。

「……、う……、うわああああああ!」

「ひああああ! ああああ!」

 クロシーダだった物体を見て、悲鳴が上がった。 

 それが合図となり、冒険者たちはギルドから逃げ出そうと我先にドアへ群がった。

 ヤバい。ネロは思った。

 このまま逃げられたら俺、猟奇殺人鬼だって広まっちまわないか?

 慌てた。そりゃあ慌てた。

 とっさに指を鳴らして唱えた。

「ちょっと待ってくれって。大丈夫だから、これ、誤解だから! って、聞けって、もう、《モディ アンキラ! アストロ!》」

 ネロの足元を中心に、魔法陣が広がる。魔法陣はギルドと外を隔絶し、更に陣の範囲内をメタル化する。

 叩こうが切りつけようが壊れないし、魔法も受け付けない。

「おい、あんた……、どういうつもりだ?」

 ギルド長が睨む。

「なんだか誤解されている気がするんでね」

 すると他の冒険者たちが次々と叫んだ。

「ふざけるな! なにが誤解だ! この人殺しが!」

「俺たちを閉じ込めてどうする気だ!」

「出せ! ここから出せよ!」

「助けてくれよおお!」

 中には泣きながら懇願するものも出てきた。だんだん不憫に思えてきたのは、なぜだろう。

「まあ、見てろって。ほんと、誤解だから」

 ネロはクロシーダだった物体に近寄る。

 黒い消し炭の塊になっているが、肉の焦げた嫌な臭いはしない。

 むしろ無臭だ。

 それもそのはず、クロシーダは死んではいない。

 ネロは右手の手のひらを、消し炭にかざした。

《戻れ》

 そう言葉を発したとき、ネロはクロシーダの言った《戻れ》という言葉を思い出した。

 そうか、こうゆうことか。

 ネロはなんとなく理解したのだ。クロシーダが最初に開いた『扉』、そして取り出した『力』のことを。

 ネロの言葉によって、クロシーダの体が白く柔らかな光に包まれた。その表面に魔法文字が浮かび上がる。

 魔法文字はクロシーダから離れ、ネロの手のひらとクロシーダの間でまん丸い魔法陣に姿を変えた。

 そして、まるで黒い包み紙がはがれるように、消し炭部分がぺらりとめくれて、ほぼ無傷のクロシーダが現れた。

 クロシーダは目を見開いたまま天井を向いていた。

 それを見た冒険者たちが、「おお」とか「うそだ」とか思い思いの言葉をつぶやいていた。

「おい、大丈夫か?」

「……あなたはまさしく、化け物ですよ……」

「お前こそ、こんな狭い場所で雷魔法を使うとか、まともな奴の考えじゃあないぞ?」

 ネロが手を差し出すと、クロシーダはそれを一瞥しただけで無視し、ゆっくりと起き上がった。

「しかも、まだ全力じゃなかったろ?」

「え? ……はは。あはははは。はは。ええ、そうですよ、僕は全力なんてだしていませんよ!」

 ロッドの石突をガツンと床に突き、クロシーダは忌々し気に立ち上がった。それからネロに向かってロッドを向ける。

「本当に不愉快です。どこまで僕たちをおちょくれば気が済む!」

「いや、お前の思考回路が俺にはさっぱりわからないんだが?」

「あなたが使ったのは、防御結界魔法だけではないですか! 神聖なる一騎打ち、決闘だというのに!」

 防御結界魔法。通称、アンキラ。

 このギルド内に張った魔法も防御結界魔法の一種で、空間を隔絶し、外界からの干渉を受けなくするものだ。逆に、内側からの外への干渉もない。

 そこに超基本すぎて使い道が分からないと言われる魔法、石化魔法を重ねてかけたのだ。

 知っているものは何でも使え。

 結界課魔法陣修繕係では、出張先で時間のかかる修繕をしなければいけないとき、『簡単で魔力もあまり消費せず、すぐに発動できる魔法』を使って応急処置をするのだ。現場で鍛えられたエコ魔法、もったいない魔法だ。

「一騎打ちといったら、己の最高の技でもって全力で挑むもの! それをあなたは、あなたは!」

 気力体力十分。クロシーダはほぼノーダメージのようだ。魔力も法力もみなぎっている。

 その証に、ナルシスト全開で顔を手で覆い、天井を見上げて感情をあらわにしている。

 一方、勝利をおさめたネロはひどく疲れていた。

 目の前にベッドがあったら、周囲の目など気にせず飛び込んで一瞬で眠りにつけるだろう。

「いや、でも、長引いたら不利だと思ってな。だってお前、強いし」

 ネロがそう言うと、クロシーダはピタッと止まった。

 そしてクリッとネロを見た。

 もともと大きめの目だったのだが、更に大きく見開いていたので、ネロは思わずビクッと震えた。

「僕が、強い?」

「あ、ああ。かなりの手練れだと思ったけど? 呪文詠唱も独自に短縮したり、解釈したりしてたし。戻れっていう、あれ。俺がお前にアンキラかけたのと同じ仕組みだろ? 自分の魔力と法力を電気へと変換して魔法を放つ。それを時間魔法を使って、発動を止める。んで、時空の狭間にしまっておく。同じようなことを繰り返して、長い時間かけてて蓄積させておく。んで、戻れ、という言葉で呪文を取り出すんだろ。戻れには、自分の中に戻れっていう意味も含まれているから、電流は魔力とか法力に変化しつつ戻る。が、すぐに雷系物理魔法を唱えることで、電気放出の流れを作ったんだ。最初は、魔力や法力に戻ろうとする力が働いてすぐには流れないが、一度流れちまえば、時の狭間から取り出した電気をそのまま電撃魔法の材料にできる。そうだな、それいいな。超時短だな。見えないところでコツコツ努力がいるけどな」

「やめろ」

 それ以上は言うな。クロシーダの表情がそう訴えていた。

「……」

 さて。ネロは辺りを見まわした。

「ね、死んでなかったでしょう? そんな怯えないでくださいよ、ね?」

 ゴマするようなしぐさでネロは笑いを振りまいた。変な噂が広まっては色々困るのだ。

 仕事で困るだけではない。

 人生で困る。

「あ。でも待てよ、俺、たしか冒険者代表なんでしたっけ? じゃあ、俺の勝ちなんで、冒険者側の勝ちってことですよね?」

 すると冒険者たちはざわつき始めた。

 当初の目的を忘れ去っていたようだ。ネロとしては、冒険者側の目的なとどうでもいいのだが。

「お。おお。おおおお! そうだとも、俺たちの勝ちだ! これからリテリアに乗り込んでやるぞお前らああああ!」

「うおおおおおおおお!」

「いくぞおおおおおおお!」

 一気にボルテージが上がる冒険者たち。その熱気をよそに、ネロはそっとギルドを出た。

 建物にかけた魔法はとっくに解除している。

 眠い。

 そして疲れた。

 ネロは次のギルドへは向かわなかった。

 待ち合わせ場所に直行し、日陰を見つけてしゃがみこむ。そのまま膝の上に頭を乗せて、すぐに眠りについた。

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