第13話 ネロ それは決闘 ネロvsクロシーダ
ネロが抜いた杖は、ただの木の棒に見えた。
薄い木肌色の、二十センチよりちょっと長いくらいだ。少し太いが、指揮者の振るタクトのようにも見える。ていねいに磨かれ、艶だし加工の施された美しい杖だ。杖の芯には《ホーン》の角が使われている。
だが冒険者たちにはその素晴らしさが分からないようだ。
「なんだよ、にーちゃん。てっきりその背中の剣でも使うと思ったのによ、なんだその棒っ切れ」
「黙っていてくれないか? 神聖な決闘なのだから」
不機嫌をあらわにしたのはナルシスト魔法師だった。
ネロは意外に思った。
「剣のような紛い物ではなく、伝統的な杖をだしてもらえるとは、光栄の極み」
ナルシスト魔法師は両手でロッドを構えた。
《我 クロシーダの名において命ずる 》
それを聞き、ネロもとっさに構えた。
《我が名はネロ 我に跪く精霊よ集え!》
《扉よ開け!》
ナルシスト魔法師、クロシーダの声がこだました。
扉。召喚魔法ではなかった。
そうだ、わかっていたじゃないか、攻撃型だと。
ネロは、足元に集まり始めた精霊たちの気配を感じながら、僅かに腰を低く構えた。
真っ先に来たのは風。続いて雷。争うようにして無数の火の妖精が翔んでくる。
クロシーダがうっそりと笑って、静かに唱えた。
《戻れ》
一瞬、ネロの精霊に向かって命じたのかと思って、息を飲んだ。
いや、そんなことはよっぽどの実力差がなければ不可能だ。
戻れと言ったのは力だ!
ネロは危険を察知して勢いよく後方に飛んだ。風の力が足と背に宿り、ネロの跳躍は人間の限界を軽く越える。
壁に着地すると、浮遊したまま杖の先を回した。
《アンキラ!》
杖の先に小さな魔法陣が生じた。細かな白い文字がびっしりと並ぶ、見ようによっては繊細なレース編みのような陣である。
ネロはニッと唇を上げた。
陣が増える。
1つ、2つ、3つ、4つ、5、6、7、8、91011121314・・・・・・・・・・・!
杖の先に数えきれないほどの小さな魔方陣が生まれ、分厚く重なり、不規則に回転する閃光がほとばしる。マントが激しくはためいた。
それは瞬きする間の出来事。
クロシーダが、どこかで蓄えていた力を身に取り戻すよりも早い。
《時の狭間より帰りし力よ 目覚め再び我が身に その魔力 その法力 我が細胞となり身となれ そして雷と換われ》
クロシーダの呪文が聞こえた。
かなり短く簡単だ。古代語不要か。ロッドの呪文短縮効果だけではない、術者の魔法の理解もかなり深い。そして、自らの魔法力を雷へと変化させる気ときた。
力の消費は激しいが時短には最適。
つまり最悪!
ネロはほんの少しだけ手首を動かし、端からでは気づかないくらいの微小の円を描いた。
クロシーダが叫ぶ。
《雷よ! 我が腕となれ! ディグラシヨン!》
ディグラシヨン:雷系物理魔法だ。電流を光系物理魔法および水系物理魔法との併用によって鞭のように操ることができる。人間の肉体が持てる電気量は微量のため、雷系物理魔法を使えるものは少ない。
しかし、クロシーダの体から発せられた電気は人間が蓄えられる量をはるかに越え、ロッドの前に集まってゆく電気は巨大な塊と化している。
術者でないネロには、すでに苦しいくらいのしびれが襲っている。
発動前でありながらこの威力か!
激しい閃光と共に電撃が襲ってきた。
天を走る太い稲光のようだ。
だが、稲光はネロに届く前に弾き飛んだ。
ディグラシヨンが発動するより早く、ネロの魔法が発動していたからだ。
白い繊細なレースのような陣が、降り注ぐ雷を弾いてゆく。
「この……化け物が!」
クロシーダがそう叫び、更にロッドに電気を集めてゆく。
物理系魔法の特徴として、一度呪文を唱えれば、あとはしばらく呪文を必要とせずに操ることができる。
クロシーダの保持する魔力と法力、そしてそれを変換して生まれた電気量がどれだけかは分からない。
普通に考えればすぐに枯渇するのだが、クロシーダはどこかに自分の力を蓄えていたと思われる。
いつ底が見えるのか、予測は不可能。
再びクロシーダがロッドを振り、生き物のように電流がうごめく。頭上から、背後から、真正面から、そして真下。
ここまで自在に電流を操れる術者はそうはいない。
ネロは唇をなめた。
雷の攻撃が速さを増してゆく。
ネロの至近距離で、小さな爆発いくつもが巻き起こっていた。
しかし、ネロには当たらない。
「これでも駄目なのか!」
クロシーダの雷をネロの魔法陣はことごとく受け止め、打消し、弾き飛ばし続けた。
ふっと、クロシーダから力が抜けたのが分かった。
魔力も法力も尽きてはいない。しかし、呪文の効力が途切れたのだ。ディグラシヨンの連続攻撃は終わった。
が、クロシーダは再び口元に呪文を含みは始めた。
再び雷系物理魔法。
ネロは足と背にまとう風を解き、地面に降り立った。素早く低い体勢を取ると、勢いをつけて前に走りこむ。
ほんの数歩。
しかしその脚はしなやかで、バネのようによく跳ね、あっという間にクロシーダの目の前に迫った。
クロシーダは動けない。
緑の瞳の中の金色の光彩が、クロシーダを縫いつけた。
そしてネロはそっと雷に手を添える。
《喰え》
その瞬間、無数の小さな生物がネロの腕の周りに現れた。
それは、蝶の羽のような、鋭くとがった板のような、パリパリキラキラと音を立てて飛ぶ小さな存在。
それが虫の大群さながらの様相でネロの腕から飛び出してくるのだ。
赤やオレンジ、時には緑や青に発光し、いつしか
かと思えば《ワーム》は霧散し、赤やオレンジの小さなモノたちはクロシーダの雷に群がった。
パリパリ
キラキラ
キチキチ
そんな音が聞こえた。雷が喰われている音だ。
雷は、やがて、無くなった。
雷がなくなると、赤やオレンジの小さなモノたちもどこかへと消えてゆく。
「僕の、…………雷を、……」
愕然としてクロシーダがつぶやく。
「せっかく来てもらったんで、ご褒美を上げようと思ってね。クロシーダ、だっけ? あんたの雷はけっこー美味かったようだぜ。《リ アンキラ》」
「は?」
「早く終わらせよう」
ネロはスッと杖をクロシーダの鼻先に掲げた。
《ディラ》
バリッ!
クロシーダの顔に電気の球がぶつかった。
クロシーダは後ろに弾き飛ばされ、頭から床に倒れてゆく。
《ディリア》
その体に向けて電撃一閃。
《ディグラシヨン》
倒れたクロシーダを電流の鞭が跳ね上げる。
《ディスモーナ》
そして最後に天井からの落雷が、激音とともにクロシーダを床に叩き付けたのだった。
クロシーダは炭の塊となり、床に転がった。
その物体に向かって、ネロはにかっと笑って見せた。
「はい。俺の勝ち」
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