第12話 ネロ それはそれはムカつくナルシスト
その魔法師がいるのは、魔法師団ゾエ支部の前の道を右に進んだところにあるギルドらしい。
ゾエ支部を出て、魔法師団のペンダントをしまった。
マーガレットとは時計塔の前で落ち合うことになっている。途中どこかのギルドで鉢合わせしたら、お互いの情報を交換することになっていた。
運よく落ち合えればいいのだが。
そろそろ体力の限界が近い。目の奥がジンジンしてきて、目を開けているのもしんどい。
疲れのピークだ。早く宿を見つけて眠りたいのだ。
それとも、ギルドに向かう前に宿を取ってしまおうか。
いや、そんなことをしたらマーガレットがむくれるだろう。
眠気をこらえながら歩くと、トマス組合長のギルド、という看板を見つけた。
ギルドは全て横につながっていて、腕のある冒険者が引退すると組合長を継いだり、新しいギルドを作ったりする。
謎の名前がついているギルドは古いギルドだが、個人名が付いているギルドはたいてい新しいギルドだ。
トマスというのが名前からきているのだとしたら、ここは新しくできたギルドだろう。
中は険吞とした雰囲気。
屈強な中年男性と、黒いローブを来た若い男がにらみ合っている。
おっさんのほうが組合長だろう。
黒いローブは言わずもがな魔法師だ。
あれか、ネロはそう思った。そして、めんどくさそうな事態だな、とも思った。
男性は戦士出身だろうか。すごい迫力だ。
だが魔法師も負けてはいない。赤い宝石で彩られた大きなロッドを携え、その長身から組合長を見下ろしている。
ネロは直感した。
この魔法師はあれだ、典型的ナルシスト魔法使いだ。
自分の才能をひけらかす、というよりも、魔法使いとして強さに自信があり自分のことを天才だと思い込んでいるタイプだ。凡人とは違うのだ、と。
魔法使いにはけっこう多い。
そして魔法師には顕著に多い。
腕っぷしは強くないくせに、強い魔法が使えるから自分は誰よりも強い、そんな俺最高、と思ってしまっている。
ネロは苦手だ。
ナルシスト系魔法師はエリート大学を出ている者がほとんどで、ネロのことをよく思っていないのだ。
しかも、ネロがサヴァラン直々の指導を受けたことにより、妬み嫉みが大爆発して、同期のナルシスト系からは地味にたくさんの嫌がらせを受けている。
最悪だ。
あの眼鏡の魔法師に通達してもらったのは失敗だったかもしれない。
ネロはそっとギルドを出ようとした。
しかし、
「おい、あんたも冒険者か?」
と、よりによって組合長と思しき男に声をかけられてしまったのだ。
魔法師と冒険者全員が、一斉にネロを見た。
「……、えっと」
冒険者の目が妙にぎらついている。
この魔法師は一体なにを言ったのだろうか。
そして魔法師も、ネロを見て少し目を見開き、ゆっくりと嫌な笑みを浮かべた。
そしてよく伸びる声で言った。
「これはこれは、どうやらずいぶんと面白い冒険者がやってきたようですね」
なんだ、この発言。
ゾエ支部からの連絡を見ての発言だろうか。なんだか怪しい。
組合長やほかの冒険者とやりあっていたのなら、連絡を見る暇はなかったかもしれない。
だとすると通達は受けていないのに、ネロの正体を知っている。その上での、この発言。
あ。嫌な予感がする。
組合長らしきおっさんが、一層不快さを増してネロに訊ねた。
「あんた、このインテリ野郎と知り合いか?」
「いえ、まったく」
ネロは即答した。実際に知らない顔だ。
だが、ネロが知らなくとも相手が知っているということはある。
もしくはロキを知っていて、勘違いして話しかけてくることも。
「ほう、あっちはお前さんのことを知っているようだが? にーちゃん、あんた、何者だ?」
「えっと……」
ネロが口ごもると、ナルシスト魔法師が声高に言った。
「おや、この冒険者をご存じない? しょせんこんな小さな街のしがないギルドといったところですか。あははは」
「なんだとこの野郎。こちとら仕事だと思って手を出さないでやってるんだ、それも知らずに良い気になりやがって。ここには腕に覚えのある冒険者が十人以上いるんだぜ? お前を袋叩きにして森に捨てるくらいわけねーんだ、ちったあ口を慎むんだな」
「あははは。あなたたちごときに倒される? 僕が? もっと面白い創作話を聞かせて欲しいものですよ!」
あはははは、と魔法師が額に手を当てて甲高い笑い声を上げる。
癇に障る男だ。
このギルド内の一触即発レベルが刻々と増してゆく。周りの人間をすべて敵にまわすこの言動はもはや天から与えられた才能ではないだろうか。
血管の切れる無数の音が聞こえてくる気がした。
ネロが見るところ、この魔法師は攻撃型だ。
というより、ナルシスト系はド派手な魔法を好む、もしくは精霊召喚を好む。
持っているロッドには呪文短縮の印が刻まれている。魔法陣ではないので、召喚魔法ではない。四大元素魔法の詠唱を短縮させ、魔法名を唱えるだけで発動できるようにしてあると思われる。
ギルドの冒険者たちの怒りが爆発しかけていた。
組合長が抑えているが、あと一言でも魔法師がしゃべれば暴動が起きそうだ。
全員の視線がナルシスト魔法師に集中している。ネロの存在はかき消されていた。
いつもであればこれ幸いと退散するのだが、今回ばかりは急ぐのだ。暴動が起きる前に目的を果たしてしまおう。
「あー。すみません。俺、ギルドには登録していないんですが、……、ちょっといいですか?」
ネロは小さく手を挙げて、一歩前に出た。
「なにやらお取込み中のようなんですけれど、人探しをしてまして、伺ってもよろしいですかね?」
「はぁああ? てめえこの状況でよくそんなのんきなこと言えんなぁ?」
と、横にいた鎧姿の大男にすごまれた。
すると、笑い声がそこらから上がった。
どうやらネロが怯えて体を縮こまらせたように見えたらしい。そんな反応をしただろうか。
謎だ。
納得いかないけれども、ネロはへらりと表情を崩した。
「はあ、えっと、爆炎の勇者を探しているんですよ」
その言葉に、冒険者たちがざわついた。組合長がネロに一歩近づく。
「あんた、爆炎の勇者を探しているのか? なぜだ、理由は?」
おお。
本当に有名な勇者だったようだ。
疑って悪かったな、マーガレット。
「理由、ですか。えっと、マーガレットという魔法使いを知ってますか?」
「ああ、もちろんさ。最近仲間になったっていう女の子だろ。かわいい癖に、特大魔法をバンバン使いこなす猛者だ」
マジか。
「その子の知り合いでして。リテリアの森が立ち入り禁止になっているんでしょう? どうやら、マーガレットはその際に勇者一行とはぐれてしまったようで、一緒に行方を探しているんですよ。まだリテリアの森に取り残されているのか、それとも、脱出してどこかのギルドに戻っているのか」
ネロは取って付けたようなことを言った。
ほとんど真実なので、嘘探知の魔法眼で見られていても大丈夫なはずだ。ネロの本当の任務までは知られることはない。
そして、この場で妙に静観しているナルシスト魔法師も、冒険者ごときにサヴァランの任務を漏らすことはないだろう。通達を見ていたら、の話しだが。
「なるほど。そうゆうことだったのか。残念ながら、爆炎の勇者の情報はここには届いていない。そうか、……リテリアの森にいらっしゃるのか。ならば、……どうにかなるだろう。なぁ、みんな?」
なにがどうにかなるのかは知らないが、組合長が冒険者たちに同意を求めると、うおおおおおおと雄たけびを上がった。
「爆炎の勇者が中にいるのなら百人力だ! 外からは俺たちが力を合わせて、こじ開けるぞ!」
と、誰かが叫ぶ。
うおおおおおおおおおおお!
再びの雄たけび。
一気にお祭り騒ぎになってしまった。
ナルシスト魔法師は舌打ちをし、ネロを睨んできた。
うん。
ごめん。
ほんとこれに関しては申し訳ない。ネロは心の底から謝罪した。
なにが冒険者たちの琴線に触れたのかは知らないが、魔法師団とコーカル市にとって悪い方向に話が進んでしまったようだ。
「えっとー、爆炎の勇者の安否は、誰もご存じないんですね?」
ネロは少し声を張って尋ねた。
「あの方になんかがあるわけないだろう? 爆炎の勇者だぜ?」
「リテリアの森にいる。それだけで十分だ!」
「こうしちゃいられねえ、全ギルドに召集かけて、冒険者全員で柵を蹴破ってやろうぜ!」
血気盛んさを隠しもしない冒険者たち。頭で考えず体で考える冒険者たち。
そんな奴らがじりじりと魔法師に近寄っていく。
「なああんた。さっさと戻ってお偉いさんたちに伝えな? 俺たちから自由を奪うことは誰にもできないってな」
組合長がすごんだ。
けれど魔法師はひるまない。
「爆炎の勇者だかなんだか知りませんがね、そんな偽勇者が一人森にいて、あなた方雑魚がどれだけ暴れようとも、世の中があなた方の思い通りになることなど起こりはしないんですよ、残念ですが」
と諭すように言い放つ。
ネロとしてはナルシスト魔法師に大賛成だ。
ピンキリの冒険者たちが暴れたからって、なにもならない。ただ、暴動民として軍に駆逐されるだけだ。
一定以上の力を持った冒険者たちが、一糸乱れぬ隊列組んで攻めてくるならまだしも、統制のとれていない烏合の衆など、せん滅する覚悟で挑めばなにも怖くない。
けれどこのナルシスト魔法師の鼻っ柱は、ひとまず折りたい。
が、めんどう事には巻き込まれたくはない。そっとお暇しよう。情報がないならここにいる意味などないのだ。
しかし事態は思わぬ方向に動いた。ナルシスト魔法師の発言に、冒険者たちは当然、怒りを爆発させたのだ。
「ふざけやがって!」
その誰かの号令で冒険者たちは武器を抜き、
「目にもの見せてくれる!」
と叫びながら次々と魔法師に切りかかっていく。中には魔法の詠唱を始めるものもいた。
だが魔法師は焦る様子を見せずに、攻撃をスルスルとよけた。
先陣を切って攻撃をしている冒険者は、ネロから見てもわかるくらい初心者だ。実力者は黙って様子をうかがっている。
「攻撃が雑です。そして、ほら、呪文詠唱もこうすれば止まりますよ」
魔法師はパチンと指を鳴らした。
すると、呪文を唱えていた魔法使いが一瞬口をつぐんだ。それで詠唱が途切れた。
指を鳴らすことで、魔力の小さな爆発を起こしたのだ。おそらく、魔法使いの唇の前あたりで、シャボン玉がはじける程度の。
ネロはそっとドアに近づいていった。これまで培ってきた潜入任務の経験から、こんな騒がしい状況で気配を消すなどたやすいこと。
「皆さんが暴挙に出るというのなら、実力行使をさせていただきます。僕にはそのような権限があります」
なんだと。
外に出ようとしていたネロは、驚いて振り返った。
そんな権限、聞いたことがない。
そもそもギルドと魔法師団は裏でこっそりつながっている。
サヴァランにギルド長が泣きついてきて、ネロが尻拭いをしていたりするし、その見返りにギルド長が冒険者たちを抑えたりしている。
ここで盛り上がっているキナ臭い暴動も、いざとなったらギルド長が組合長たちを通して収拾させるだろう。
下手な実力行使は、魔法師団とギルドの関係に余計な軋轢を生むだけだ。
なにを考えているんだ、この魔法師は。
「実力行使だと? 笑わせる。大きな口を叩いて、泣きを見るのはお前さんだぜ?」
「今度は俺が行こう。本気でやらせてもらうぞ」
先ほど突撃していった冒険者たちではなく、腕に自信のある戦士たちが気合を込め始めた。
「どうでしょうね!」
魔法師は手にしていたロッドを掲げた。
その瞬間、青白い光が輪になって広がる。
「ぐあ!」
「ぎゃあ!」
その光によって冒険者たちが吹き飛ばされた。
いや、光の輪によって壁に勢いよく押し付けられたのだ。
押し付けられている人々の首や胴体に青白い光の線が浮かんでいる。
「てめえ! こら、くっ、なんだこれは!」
「ほらね、口ほどにもない。初歩の光魔法一つでこの様ですよ。これでよく大口が叩けましたね」
あきれた口調で、魔法師はロッドを下げた。すると光の線は消え、冒険者たちがどさどさと床に落ちた。
咳き込んだり、あばらを抑えたりして、すぐに動ける者はいないようだ。
この魔法師、なかなかの手練れだ。
ロッドに呪文短縮の印が刻まれているとはいえ、呪文詠唱をまったくせずに魔法を発動させた。
幹部候補になってもおかしくないだろうに、どうしてゾエ支部などに配属になったのだろう。
ああ、性格の問題かな。
ネロは勝手に納得した。
ナルシスト系はコミュニケーションに謎がある。
「しかし、さすがですねえ、……僕の魔法が効きませんか」
ナルシスト魔法師が面白くなさそうにネロを見た。
「冒険者さん、あなたが代表して、僕と一騎打ちしませんか?」
「え? なんで?」
ネロは理解に苦しんだ。
「冒険者仲間がこんなあっさりやられて、さぞ悔しいでしょう? 冒険者は自由を叫びながら群れていないと寂しい精神的弱者ですしね。どうです? あなたは僕の魔法に耐えうるだけの強さをお持ちのようですし」
「いや、いやいやいや」
俺関係ないじゃん、とは言えない雰囲気だ。
冒険者たちがなにやら力のこもった目でネロを見ていた。
己への悔しさだったり、魔法師への怒りだったり、望みを託すようなまなざしだったり、様々な感情がこめられている。
いや、待ってくれ。
待ってくれって。
「一度あなたと手合わせしたかったんですよ。ふふふふふ、あはははは」
ナルシスト魔法師は笑う。
なんなんだ。というかお前誰だよ。
というか、なにが手合わせだ。目障りだからひねりつぶしたいだけだろ。手合わせだとか言って、そういうことだろ。
そして事が終わった後で、暴動を起こした冒険者の一人だと思ったので倒しました。同じ魔法師だとは思いませんでした、などと言い訳するに決まっている。
「なあ、若いの。あんた、どうやら魔法師団には名が通っている冒険者のようじゃないか。やってやれよ。同じ冒険者、自由民として、この公僕を叩きのめしてくれよ」
そう言ったのは、一番先に復活を果たした組合長だった。
ネロの肩にポンと手を乗せて、にやっと笑う。
この組合長、けっこう余裕そうだぞ。
不意をつかれた攻撃で吹き飛ばされたが、まともに組み合ったらナルシスト魔法師を倒せるんではないだろうか。
だが完全にネロを差し出す気でいる。
そして組合長の言葉に、まだ復活できていない冒険者たちが賛同し始めた。
「やってやれよにーちゃん!」
「受けて立てよ、それが冒険者だろ!」
「怖気づいたのか坊主!」
「弱虫か!」
なんだろう。一応味方側にいるはずの奴らから罵倒されている気がする。なぜだろう。不思議だ。
そういえば、マーガレットはどうしているだろうか。ネロの思考が逃避した。
ちゃんと情報を得られていればいいが。
そして、この状況、サヴァランに筒抜けだったりしないよな。まあ筒抜けだったら、ここで杖を抜いた言い訳をしなくて済むので、それはそれでかまわないんだけど。
けど、いい加減眠りたい。
ほぼ徹夜だったんだけどなぁ。
睡眠不足過ぎてお腹痛くなってきた。
先に宿を取っておけばよかった。
そんなことを考えながら、ネロはベルトに差していた杖を抜いた。
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