第10話 ネロ それは約束 爆炎の……
ネロは魔力をもって探った。
このロッドに起こったできごとを、できうる限り知ろうと試みた。
今更ながら昨夜のタリスマンへの探りを悔やんだ。
魔力と体力の消耗は激しい。回復できていない上、さらに魔力を繰ろうとすると、痛みがネロの細胞を襲う。
これ以上の魔力の消費は危険だと、体の全ての細胞が警告をしている。
けれど、ネロはどうしても知りたかった。
深部にあるのは、誰のかは分からないが、古い刻印だ。
おそらく、このロッドに精霊を宿した者の勝利の刻印、精霊にとっては呪縛の刻印だ。
かすかに魔力と法力が感じ取れる。
刻印はしっかりしているが、魔法力は薄れていたので、精霊は逃れようと思えばできただろう。
しかし長い年月宿り続けていたということは、ロッドとしての生き方をそれほど嫌がっていなかったのかもしれない。もしくは、持ち主のことを気に入っていたのか。はたまた、相当強い術者の手を点々としていたのか。
ともかく、精霊は自らの意志でロッドに宿り続けていた。
そして、ロッドに生まれた魂の気配。
精霊の眷属ともいえる、風の力をもっているようだ。妖精に分類できる。
この微力な魂が、精霊をつなぎとめていたのかもしれない。
精霊とロッドの魂の関係は良好だった。
それこそ、幼い妹を慈しむような、強い姉を崇拝するような。
そして、それらの情報を覆いつくす、謎の力。
魔力だろう。
うん。
魔力だ。
経験上、この種類の魔力にお目見えしたことがない。初めての魔力である。
かなり特殊だ。
よく分からないが、あまり好きではない。
なんだかざらざらしている。粒子が粗いというか、触っただけで肌がすりむけそうな感じだ。
でも質はいい。
うん。これは凄く質が良い。
そうか、このざらざら感はわざとだ。
あえて、魔力に触れるものに傷を負わせるような作りになっている。
これならば、微力の妖精程度ならば簡単に殺せるだろう。
そうか、これは殺す力なのだ。
感じ取っていた魔法の書き換えの失敗。それは殺すための魔力が、やすりで表面を削るように、ロッドを殺した痕跡なのだ。
この痕跡を探れば、どんな魔法なのか知ることができるかもしれない。が、難しい。
読み取ることが困難なくらいにボロボロだ。
なぜだ。
そうか。風に乗ったからだ。
マーガレットが感じたという、空気と空気の隙間。
きっと風の細道だろう。
魔法で作り出した風に乗って移動したのだ。
ものすごいスピード、もう瞬間移動の魔法レベルのスピード。
精霊が作り出した風だ。
そうか、精霊は逃げたのだ。
殺すための魔力から。
そして、自分のいるべき森と湖に戻り、そこで消えた。
ロッドから出て逃げ延びたのか、それとも、そこで力尽きたのかは知らないが。
「あの、ネロさん?」
ネロはそっと視線を上げた。
「……」
「大丈夫ですか?」
「疲れた。さっさと次の街に行って、宿屋で寝たい」
「……大丈夫そうですね」
「いや、どうしてそうなるんだ。疲れたと言ったじゃないか。心配してくれよ」
「心配しましたけど。そんなことより、ロッド、なにかありましたか?」
「お前なぁ。……、まあ、お前は……ほんとうに運がいいのかもしれないな。このロッドの精霊に、助けられたのかもしれないぞ」
「というと?」
「だって、お前は無傷だろう?」
この魔法使いを連れて逃げたのか、それとも逃げるついでに連れて行っただけなのかは分からない。
だが、この魔法使いの少女は、ハルリアの悲劇の被害者にならずにすんだのだ。このロッドのおかげで。
しかし、残された爆炎の勇者たちは、どうなのだろう。
「それに、精霊や魂はもういないが、ロッド自体には破損はないみたいだ。腕の良い魔道具師に頼めば、ロッドとして再び使えるようになるだろう」
「そ、そっか。……そっか、そっか……、そう、ですか……」
ロッドを返すと、受け取ったマーガレットはどこか冴えない笑顔でそれを見つめた。
「精霊とか、魂とか、これまで全然考えていませんでしたけど、……死んじゃったって聞くと、なんだか……悲しいですね……」
「そうだな」
「……、なんだか、これに他の精霊とか宿すの、やだなぁって……」
「……、なんか、それはわかる」
「わかります? よかった。……よかったぁ」
そう言って、マーガレットは泣きそうな笑顔になった。ちょっと胸が痛んだ。
「勇者と合流できたら、お願いしてホリエナの湖に行ってみます。そして、このロッドに宿っていた精霊を探してみようと思います」
「うん。思うように動けばいい」
「こうしちゃいられませんね! 早く勇者に合流しないといけない理由が増えました!」
「理由が増えたって。急いでた割には、酒場で酒飲んでたよな」
「……もう、いじわる! いいじゃないですか、少しくらい息抜きさせてくださいよ。……ホリエナからコーカルまで移動して、そこからやっとあの宿屋にたどり着いて、……せめて美味しいご飯とちょっとだけお酒、と……思ったんですよぉ」
ホリエナからコーカルは遠い。頑張れば一日で移動はできるが、息つく暇もないだろう。しかも、霧深いホリエナの森だ。そこから抜け出すのも一苦労だったはずだ。
「……仕方ないな、じゃあ、俺も一緒に探してやろうか? その勇者っての」
あまりにもかわいそうだったので、いや、かわいそうな未来が見えていたので、ネロは情けをかけずにはいられなかった。
勇者、生きてはいないかもしれない。
そう思っている。
しかしそれは口にはできない。
けれど、このまま何もせずにマーガレットを勇者探しに向かわせるのは、良心が痛む。
それに、ハルリアに起こった爆発とやらが、今回の衝撃波と無関係とは思えなかった。
この魔法使いと一緒に勇者についての情報を集めていったら、自然とこの異変についても情報が集まるのではないか。
魔法師にとっては鬼門である冒険者ギルドにも簡単に入り込めるのではないか。
ネロはニッと笑って見せた。
「俺もハルリア方面に用事があるんだ。ついでだよ。だから、……、ほら、聞き込みは一人よりも二人でやったほうがいいだろうし」
「……」
「…………、若い子に手を出そうとは思っていませんよ?」
「そんなこと思ってたんですか!」
「思ってないって! それにお前、ちょっと若すぎるし。せめて二十歳は超えていてほしいよな。見た目的にも」
「セクハラですけど!」
「そんなつもりはこれっぽっちもなかったんが。感覚がおっさんなんで申し訳ないな。……それに、一文無しなんだろ?」
「……そ、それは……」
「貸しってことで。勇者と合流したら、返してくれればいいから。旅費も面倒見るよ? っていうか、実は、酒場の女将さんに、若い女の子が困ってるんだから助けてやれって言われてんだよ」
頭をかいて、力なく笑った。
「……金だけ渡すほうがいいか?」
「……、いえ。……お金だけ渡されても、……返さないと喉に小骨が引っ掛かったような。そんな気分がずーっと付きまとうような気がするんで」
「……そこまで思いつめなくても……」
「いえ。その。……一緒に旅をさせてください。いえ、あの、それより、旅っていうか、……仲間を、仲間を探すの、手伝ってもらえませんか?」
お願いします、マーガレットは勢いよく頭を下げた。マーガレットも最悪の事態を想像しているのかもしれない。
自分の身に起こった異変と、ロッドの異変。
それを考えれば、もしもの事の現実味が増してしまう。
「ああ。よろしくな」
「はい! よろしくお願いします!」
しかし、《爆炎》の勇者か。
それがちゃんとした称号持ちであるならば、その勇者はなんちゃって勇者ではないかもしれない。本物の勇者。
もしも最悪の事態だったら、どうやってこの少女と接すればいいのか分からないので、爆炎の勇者とやらにはなるべく生きていてもらいたい。
まったく他人事のように、ネロは勇者の生存を願った。
ネロは存外冷淡なのである。
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