第9話 ネロ それは幸運な少女の不運な話

 マーガレットは先を急ぐ旅をしているらしい。

「一刻も早く勇者たちと合流したいんです」

 聞きもしないのに、ネロに話してくれた。

 ネロもかなり急いでいる。

 本来なら目の前の少女の無駄話に付き合っている場合ではない。 

 別に知りたくない、と突き放すこともできた。

 しかしネロはそれをぐっとこらえて耳を傾けた。マーガレットが話しはじめたその内容は、捨て置きならないものだったからだ。

「私のパーティーは爆炎の勇者が中心になっていて、魔獣退治と保護をメインにしています。数日前に海岸部で爆発があったの、知ってますか?」

 海岸部。

 ネロが向かうハルリアも海岸部だ。

 しかし爆発とはどういうことだろうか。衝撃波ではなく、爆発。

「昨日の騒動のことではなくか?」

 ネロは何も知らないという態度でマーガレットに聞き返した。

「昨日……。むしろそれを知らないんですけれど」

 昨日の衝撃波には多量の魔力が含まれていた。魔法使いならばすぐにわかったはずだ。

「この近辺で結界がおかしくなって、いろんな騒ぎが起こったんだ。火事になったり、川が濁ったり、動物が暴れたり」

「ああ、そっか。それで鉄道も遅れてたんですね」

「どこかに行ってたのか……、というのも変か。冒険者だものな」

「……はい。ヘリロトからコーカル行きの特急鉄道の中でした」

 なるほど、衝撃波が届かない場所にいたのだとネロは納得した。

 しかしそれによってさまざまな疑問も生まれてくる。

 国がなかなか動かないのは、カンバリアの東部のみの限定的な被害だからだろうか。コーカル近辺以外では影響が出なかったのだろうか。

 ネロは空を見た。

 カンバリアの誇りでもある科学部隊の戦闘機や飛行艇は、この広い空のどこにいるのだろう。

 倉庫の中か。

 ロキの苛立ちが伝わってくる気がした。

「途中で急停車して、なかなか動かないうえに別の車両に移っらされたり、停まらないはずの駅に停車したり、すごく混乱してたんです。大変でした」

 線路の結界がおかしくなっていたら、その修正も魔法師の仕事だ。

 鉄道警備局付き魔法師の混乱ぶりを想像してしまって、ネロはそっと胃のあたりを抑えた。

「それはどのあたりで? コーカルに入ってからか?」

「コーカル市郊外だったと思います」

「そうか……」

「……でも私の言っているのはそれとは別件なんです。昨日じゃなく、多分三日前。あれは巨大な爆発でした」

「爆発……」

 初耳である。

 この数日、そのような話題は一般社会に情報は流れていないし、魔法師団でも聞いていなかった。

 ロキもサヴァランも言っていない。

 あいつらも知らなかったのだろうか。いや、隠しているだけか。それともこの少女が嘘を言っているのか。

 もしくは、ハルリアとは違う場所のことなのか。

「その爆発の時、私たちはリテリアの森にいました。魔獣が近隣の村に出没して、その退治と原因を突き止めるという依頼を受けていたんです」

「近隣の村というのは?」

「ハルリア村と、その周りの集落です」

 やはりハルリア村だった

 しかし、爆炎の勇者、ね。

「もしかして、その爆炎の勇者とやらが、間違って大爆発を起こしちまった、とかか?」

 するとマーガレットは顔を真っ赤にして怒った。

「そんなわけないでしょ! 爆炎の勇者はカンバリアで三本の指に入る凄い勇者なんだから! それに爆炎ってのは称号でその勇者のイメージや強さを表すものなの! 別に爆発魔法とかそうゆうのを使いまくってる危険人物じゃない! そんなこと言ってたらネロさんなんか勇者になったってカッコいい称号なんてつかないんだからね!」

「お、おお……すまん。悪かった」

 あれはうちの勇者がバカやったんです! と言うのかと正直思ったのだ。

 できればそうであってほしかった。

 衝撃波に加えて謎の爆発など、嫌な予感の重ね掛けはやめて欲しい。

 あちこちで結界は奇妙に書き換えられ、リテリアからも修理依頼。その修理依頼が来たのは二日前、いや、すでに三日前。

「ほんと失礼しちゃう。これだから田舎者は」

 カチンときた。コーカルは確かに首都ではない。しかしリンミー家はコーカル市設立当初から市長を歴任している。先祖代々まるっとバカにされた気分だった。

 けど怒ったりなんかしないさ。俺は大人だからな。

 そう自分に呪文を唱え、ネロは先を促した。

「それで? その爆発がどうしたんだ?」

「あ、あー。えーっと、その爆発なんですが……、爆発、なのかな?」

 マーガレットは自信なさそうに首をかしげ、歯切れ悪く続ける。

「たぶん爆発だと思うんですけど、物凄い強烈な光と、……炎? を見たんです。海の方でした」

「ハルリア村に……その時いたのか?」

「いえ、村の中ではなかったです。その周りの森の中です」

「海のほうっていうのは、ハルリア村の方向ってことか?」

「そうです。森を歩いていたら、突然強烈な光と……いえ……炎と、衝撃と……、最後に爆音」

 思い出したのだろう、マーガレットは腕で自分の体を抱き、微かに震えて青ざめた。

「一瞬でした。そして、私は、吹き飛ばされたんです」

「吹き飛ばされた?」

「だと、思います。目の前に強い光の炎が迫ってきて、衝撃波と音をビリビリ感じたと思ったら、凄い力で引っ張られるような感覚がして、空気と空気の壁の細い隙間を無理やり通されてるというか、なんか、もう、抵抗できない……見えない力で」

 ぶるぶると、いや、わなわなと震えだす。

「気がついたら、ホリエナの湖のほとりでした」

「ホリエナ……?」

 ホリエナ湖。

 カンバリアの首都ヘリロトの郊外にある、国立公園指定がされている湖だ。

 ホリエナ湖の周囲には森があり、森も湖も一年の大半が霧に覆われ、《ホーン》が生息している。

 《ホーン》とは一角獣のことだ。一角の白馬が有名だが、一角であればどんな神獣でも《ホーン》と分類される。

 生物学的ではなく、魔生物学的な分類である。《ホーン》の一角部分には法力や神力、もしくは魔力を作り出す器官があるとされ、魔法道具の原料として乱獲の対象となっていた。見た目も美しいので、剥製やペットとしても闇取引されている。

 これから向かうリテリアの森にも《ホーン》はいる。ただ、リテリアの森で有名なのは《フーイ》と言われる翼のある神獣だ。

 いずれも稀少であり、乱獲対象であり、厳重保護対象だ。 

 そしてホリエナ湖の特徴はもう一つ。 

 精霊の棲み処。

「……なんでホリエナ湖に?」

「わかりません。湖のすぐきわでした。あたりは薄緑色で、……霧がかかっていたんです。近くにこのロッドが落ちていて、それを拾おうとしたら湖に落ちました。……ロッドは湖に浮いていたんですけど、それに気が付かなくて」

「そのロッドは沈まなかったのか?」

「え? ……あ、はい。浮いていましたね」

「霧の中、お前はそれが見えたんだな?」

「……ええ」

「なんでだ?」

「さあ? ……でも言われてみればなんででしょう。その時は必死だったので深く考えませんでしたね。急いでロッドをつかんで、岸に戻って、さんざんさまよって。やっとの思いで人道を見つけて、森から脱出したんです。脱出して初めてホリエナ湖の森だと知りました。すっごい驚きました。だってリテリアの森にいたんですよ? リテリアのどこかだと思うじゃないですか」

「そうだな。でも、……注目するべきはそこじゃないぞ。おい、そのロッドをよく見せてみろ」

 ネロはマーガレットからロッドを借り、まじまじと観察した。

 古木の柄に大きな宝石。

 よく磨かれているが、作られて百年は経っている。

「姉君が賢者だと言ったな?」

「え? あれ? 言いましたっけ?」

「言ったんだよ、酔っ払い。で、本当に賢者か?」

「ええ。そりゃあもう、立派な賢者ですよ。同じ魔術師職業学校を出て、法術高等学校に進み、その後、私立の魔法学院に入ったんです。それから教会で一年間法術師として勤め、その後、勇者に乞われて冒険者になりました」

 魔術と法術を身につけ、そして教会勤めをしていたから賢者か。

 ずいぶん安いものだと思ったが、この場で言うことではない。

「その姉君はこれをずっと使っていたのか?」

「最初の冒険で手に入れたと言っていました。でも、他でもっと良いのが手に入ったので、私にくれたんです」

 もっと良いもの、か。

「その、もっと良いものとは、どこで手に入れたんだ?」

「買ったんだそうです。すっごい高かったって言ってました。新品の魔法ロッドですって。見せてもらいました。白銀でできた、そりゃあもう美しいロッドでした」

 新品で、白銀。

 おそらく最先端の魔法技術と高名な意匠によって作られたのだろう、と予測するが、ネロは鼻で笑いたくなった。

 このロッドに残る気配。

 これは相当な力をもった精霊が宿っていたものだ。

 それこそ昔の大賢者が、精霊との壮絶な交渉の果てに宿したものだろう。

 おそらくホリエナの精霊。

 この柄に使用されている木も宝石も、ホリエナの森と、湖もしくは地中から採取したものだ。

 精霊とは、肉体を持たない生物とされている。肉体を持たない生物の中には、朝露と共に生まれ霧となって散る、儚い者もいる。

 それは妖精と呼ばれた。

 魔法使いや召喚士は、強力な精霊を呼び出し、力を借りたり使役したりする。

 だが、どうして人間ごときの命令を精霊がきくのか、その理由は定かにはなっていない。

 己を呼び出すことのできた人間を讃え、褒美として力を与えてくれているのだという研究者もいる。

 そうかもしれない。否定はしない。

 けれど、ネロは知っている。

 精霊召喚は、術者と精霊の命をかけた戦いである。

 精霊を思うがままに使うことができるのは、その壮絶な戦いに勝利した者だけだ。戦いに敗れた術者には、それ相応の怪我や呪いが降りかかる。時には死さえも。

 悪魔召喚よりも精霊召喚のほうが良しとされる風潮だが、やっていることは同じなのだ。

 また、逆もある。

 力を持った精霊が肉体を持ちたいと思い、人間に声をかけることもある。欲をもった悪魔が、人間世界に入り込みたいと思って、人間を惑わすこともある。

 人間が精霊や悪魔を召喚するのと違うのは、精霊も悪魔も、なぜか弱い人間ばかりを狙う点だ。

 そして、強い人間に声をかけてくる精霊や悪魔は、総じて魔王級のヤバさをもっている。

「お前、運が良いのか悪いのか、分からないやつだな」

「え? どうゆうことですか?」

「このロッドは、姉君が新調したロッドよりももっと価値のあるものだ。姉君がお前をかわいがっていて、わざわざこれを託したのだとしたら、相当なかわいがられようだ。姉君がこのロッドの価値を分からず、お前におさがりとしてくれてやったとしたら、お前はそうとう運がいい。はは」

「ネロさん?」

「運がいいが、このロッドは壊れている」

「壊れている? まさか! あ、でも……」

「思い当たる節があるのか?」

「はい。昨夜です。酔っぱらっていて暴発させたのだと思ったんですけど、……、絡まれて、絡んできた人とかを眠らせようと思ったんですよ。けれど、唱えた呪文が術に変換されなくて、魔力だけがたまって、ボカン! 酔っぱらってたからじゃなくて、……このロッド自体が壊れていたから……?」

「ああ。……中に宿ってた精霊が、忽然と姿を消している」

「えっ……」

「四大元素の中でいうなら、水と風を司る精霊だな」

「精霊の宿ったロッドだったんですか……これ」

「そうだ。これだけ古く、しかも状態の良い木と宝石。なおかつ常に精霊の力と接していたのなら、このロッド自体にも魂が生まれるなどしていておかしくない。だが、その気配がない」

「……は、はぁ……」

「だからー、このロッド自体に魂があるはずだってことだ! 簡単に言えば、聖剣の一種のはずなんだよ、このロッドは!」

 なんで理解しないのかな、この魔法使いは。本当に魔法使いだろうか。

「ええ? 聖剣の一種?」

 魔力や法力の宿った剣を、魔剣もしくは魔法剣と呼ぶ。そして聖剣とは、聖なる力をもった剣とされている。

 だが、一般的に言われている魔剣や聖剣のほとんどは、魔法剣なのだ。

「そう。例えば、俺の持ってるこの剣。大雑把に言えば、魔剣だ。正式分類は魔法剣。魔剣はその剣そのものに魔力が備わっているもの。で、魔法剣とは、魔法をかけたり精霊を宿したりして、力を後付けしているものだ。魔法剣は量産できるが、魔剣は自然発生だから、作り出すことはできない。聖剣も同じ。このロッドは、元は精霊を宿した魔法剣の一種だった。だが、その強力な精霊の力に長年さらされていて、ロッド自体が変化した。そして魂を持ち、何らかの力を得た。つまり、聖剣の一種だ」

「す、凄い。そんな凄いロッドだったなんて……」

「その上、かなり強い精霊が宿っていたんだ、相当なものだぞ」

「うわあああ、お姉ちゃんありがとう!」

「が、壊れているんだ」

 歓喜のあまり涙しそうになっていたマーガレットだが、ネロの言葉に一瞬にして沈んだ。

「しかも、精霊がいなくなっただけじゃない。ロッドの魂が消されている」

「………………つまり、」

「つまり、死んでる」

「…………そんな」

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