第10話 決着

合間の休憩も終わり、RACEも残すところ決勝戦のみとなった。

決勝で渡り合うのは当時予想されていたと思われるルカと柏木メアリの二人、所謂優勝候補だ。


「ここでRACE決勝戦の競技種目を発表したいと思います。対戦するゲームはアスリートファイト2というゲームみたいですが、アライグマさん、これはどういったゲームなんでしょうか?」


「アスリートファイト2は四十年前に普及したアーケードゲームですね。ゲーム形式は2D画面での格闘ゲーム、この種目が抜擢されたのは決勝進出プレイヤーが未プレイと思われる旧世代のゲームならば公平性が保たれる為だと考えられます」


司会者二人の説明と共にルカとメアリは規定の配置に着くと、いよいよ勝負が始まる緊張感がひしひしと伝わった。


「おや、もしかして緊張されてますか?ルカ様」


「まあ、少しばかりは……」


心拍を宥めるように胸を撫でるルカを見兼ねたメアリは、まだ活動期間が短いにも関わらず他人を心配する余裕を垣間見させた。

この状況下での冷静さは単純に言って常人とはかけ離れている、ルカは最大限彼女を警戒してみせる。


「ルカ様でも緊張するんですね。某はワクワクしてます、貴方と競い合えることが♪」


「それはルカもよ。メアリ、今日は精一杯全力を出し切りましょう」


「はい♪某は全力で挑むつもりでございます!」


一連の会話はマイクにより観客全員に拾われていた為か、生放送サイトでは既に『百合要素キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』や『尊いぃぃぃ』などというコメントが飛ばされ巨大ディスプレイに表示される。

これにはルカも苦笑せざるを得ないが、おかげで体を束縛していた緊張感は解けてくれた。


「これより決勝戦のルール説明を行います。RACE決勝戦は格闘ゲームでの勝負、最大限で参戦行い先に二本先取した方の勝利となります」


「さあ双方ともにキャラを選択し始めました。いよいよ決勝戦が開幕しようとしてます」


ルカはリーを選択し、メアリはレバンノフスキを選ぶと画面は一度暗転する。

そして再び画面が移り変わると、選択したキャラがファイティングポーズを構え試合開始の合図がなされた。


「決勝戦第一試合、スタート!!」


「行きますよ、ルカ様♪」


「っ____」


ほんの一瞬、メアリの笑顔に視線を向けたとき、あっという間にキャラとキャラとの間を詰まされ攻撃に転じさせてしまう。

気が散乱していたと言われればそうだが、何よりも相手の動きが速すぎて思考が追いつかなかったのだ。


「てやあああ、デス!」


「速い……!!」


情報通りの超攻撃的な戦法により防戦一方のルカ、とても素人には見えない機敏な動きで操作キャラのHPはみるみる削られていく。

やはりというべきか、メアリもまた決勝戦に備えて一通りのコマンドは確認してきてるようだ。


「ルカ様、このままだと某勝ってしまいますよ!それでもいいんですか!?」


「よくない、けど……!」


もうHPは殆ど残されていない、反撃の隙すらも与えないメアリの立ち振る舞いに圧巻され、今にも尽きそうなまでに追い込まれていた。


「そこ……!」


「おっと、勝負を焦りましたね。ルカ様!!」


「な……!!」


操作キャラの拳打で弱ダメージを追わせたルカだが、再起時に腕を捕まれ投げ技分のダメージを負ってしまう。

勝負あり。一回戦目はメアリの圧勝、そして


「……よし、把握した」


ルカの作戦通りに事が進み、これからの逆転の価値筋を逆算し始めた。


彼女は一回戦目は流しでプレイした。

要因は二つ、一回戦目は相手のプレイスタイル、立ち回り、対抗策を練る為。

そしてもう一つは、相手の油断を誘い対抗手段を模索させない為でもあったのだ。


「まずは柏木メアリが白星を上げたようですね、流石格ゲーが十八番なだけあります」


「――いや、案外勝負はこれからかもしれません。確かに一戦目を通しては柏木メアリの方が技量が上に見えますが、何か考えがある可能性があります」


二本先取の勝負で最も理想とされる勝ち方は初手二連勝、まず最初に勝利を収め勢い付いたときに相手を嬲り倒すのが最高の決着の着き方だが、これを成せるのはどんな相手にも瞬時にプレイスタイルを見分ける一種の才能が自身に保障されている必要があった。

よって格闘ゲーム初心者のルカにはこの理想の勝ち筋を決めるのは不可能、ならば次に理想手に近い勝ち方とは何か?

正解は二回戦からの二連勝である。一回戦目は流しの試合、できる限り自分自身のプレイスタイルを表に出さず、相手のプレイスタイルを見定める一勝明け渡しの賭けへと講じる。


この勝負スタイルを行うことで一戦目に勝利を収め二戦目で巻き返された際よりも相手に手の内を明かす機会を少なくさせれる、つまり今のルカにとって最も勝つ確率が高い勝ち方なのである。


「それでは次の試合の準備が整ったようなので、これより二回戦を執り行ないたいと思います」


「このままの勢いで押し切らせてもらいますよ、ルカ様!」


――不思議なものだ、もう後がないと言うのに、絶対的逆境にも関わらず自分はゲームを楽しもうとしている。

いや、これがゲームの本質なのであろう。勝利の可能性を見いだせたとき、人は笑わざるを得ないのが本能だ。



「それでは二回戦、スタート!!」


司会者の掛け声と共に試合が再開され、メアリは一回戦目と同じく超攻撃型戦法で一気に間合いを詰め込んできた。


「食らいやがれです、勝利への布石を!!」


「――そこだ!!」


メアリが攻撃に走った瞬間、ルカはタイミングを見計らい投げ技を決めた。

するとHPゲージは15%程消費され、メアリは何が起こったのか分からない様相を顕著に示す。


「ならこれなら……!」


復帰後メアリは続けざまに攻撃を仕掛けるが、またしても投げ技により回避された挙句ダメージを負わされた。

そう、メアリは既にルカの術中にはまっていたのだ。


「こ、これは何ということでしょう!超攻撃的な戦法のメアリにルカは連続投げ技で対抗しています!まさかこんな戦い方があったとは流石の私も想定外です!」


「これは物凄いプレイですね。アスファイ2の投げ技はダメージ量は通常より大きいですが、その反動でコマンド技との相性は悪く、何よりカウンター技なので攻撃のタイミングと同時に打ち込まなければ発動しない難易度の高い技です」


現段階でルカの優勢が成り立っている要因は二つある。

一つはルカの鍛え抜かれた洞察力を活用した投げ技でのダメージ量稼ぎ、そして二つ目がメアリの超攻撃攻撃型なプレイスタイル。


相手側に勢いがあるのなら、その勢いに逆らわず相手にダメージを与えればいい。

ようは先にHPをゼロにさせた方が勝つ、手段は何でもいいわけだ。


「うおおりゃあああ!!」


「まずい、このままじゃ……!!」


合計八回目の投げ技が発動した時、メアリが操作をするレバンノフスキのHPがゼロになり『K.O.』の文字が大画面に表示された。


「に、二回戦目に白星を上げたのはルカです!何ということでしょう、これで両者共にリーチです!」


「これは熱い展開ですね、ルカの方も相当仕上げて来ているみたいです。勝敗は次の試合で決まりますが、全く持って予想が付きません」


展開される熾烈な戦いに会場は熱狂の渦に飲まれ、決勝戦も残す所最後の第三戦目へと突入しようとしていた。

ここまではルカの、いや、飛鳥の作戦通りだが、次の試合で相手も対策をしてこない程馬鹿ではない筈だ。

ならば向かい合う彼女が取る行動は一つ――


「やりますねルカ様、なら某も本気を出させて頂きます」


「ええ、上等……」


正真正銘の実力で叩き潰しに掛かる、それが後先を無くした者の単純な行動理念だ。

実力と策略、一体どちらが勝るのかは神のみぞ知る。双方にできることは少なかとも二通り、神を味方につけることか、神に抗うことかである――。


「三回戦、スタート!!」


運命の掛け声が電脳空間に反響して、二人は一斉に手前のコントローラーを操作し始めた。

最初に間合いを詰めたのはまたしてもメアリ、最早流れ作業の如くルカは投げ技を決めようとする。が


「その手にはもう引っ掛かりませんよ!」


「しまっ……!!」


間合いを詰めて来たと思えば手前で屈み込む要領で投げ技を回避すると、そのまま目にも止まらぬ速さでボタンを連打した。


『ダークグレイムバスター』


降り注ぐ強攻撃の嵐にルカのHPは三分の一程削られ、敢えなくスタンを取られてしまう。


「まずい、スタン状態だ……!」


スタンとは気絶を意味しており、この状態に陥ると1.5秒間の間は何もできない状態になってしまうのだ。

それだけの時間が与えられれば簡単に間合いを詰められ、更にコマンド攻撃を仕掛けられる厳しい展開に持ち込まれてしまう、まさしく四面楚歌な展開だ。


「この勝負、もらわさせて頂きます!」


「っ……!」


何か勝つ術はないかと必死に模索したとき、ルカは飛鳥からの言葉を思い出した。


――お前の強みは動体視力だ、それなら投げ技と防御を徹底的に極めればいい。勝負ってのはどれだけ自分の得意分野押し付けたかで決まるもんだからよ。


一週間前に飛鳥直伝の格闘ゲームの基本技術を教わった際に貰い受けたアドバイス、自身の得意分野を活かせ、その言葉が今になってルカの心を照らし付けた。


「くらえええ――デス!!」


「……っ!!」


メアリの操作するキャラから一発ダメージを受けた瞬間、ルカは脅威の反射神経で攻撃のタイミングに合わせ防御ボタンを連打する。


「こ、これは何ということでしょう!わざと初手の攻撃を受けることでスタン状態から復帰、その後の連撃も見事回避してみせました!」


「これはスーパープレイですね。連撃のタイミングに合わせて防御状態を維持することで防御形態の崩壊を防ぎ、少しでもHP消費の倹約に努めましたと捉えられます」


そして連撃を終えたメアリの操作キャラは一瞬だけ隙を作り、間合いの距離は十分に近い。反撃するなら今がその時であった。


まずは一撃を入れ、こちらの流れに持ち込んだところで必死に覚えたコマンド技を発動、持ち前の反射神経と動体視力で相手が何かをする前に攻撃を仕掛けみるみるHPを削った。


「そんな馬鹿な、急に動きが……!!」


相手が防御ボタンを押すよりも早くダメージを与え、まるで動きが急に変動したかのように思わせ判断を鈍らす。

終盤で慣れない動きでの追い打ちには流石のメアリでも瞬時に対応し切れないのだろう、これぞまさしく奥の手、あっという間に優勢を奪った。


「この一瞬で決める!」


ルカはラストスパートを掛けるかのように連続的に打撃を放つと、何れメアリのHP残量はゼロを向かえる。


『K.O.』


大型ディスプレイには勝負が決した意味を持つその二文字が表示され、立て続けに『勝者 ルカ』との文字が出現した。


「き、決まりました!!RACE初代優勝者はゲーマー系Vtuberルカ!!見事な逆転勝ちです!!」


「これは見応えがある決勝戦でしたね。後半はルカの作戦が光ったと思います」


ルカの優勝が決まった瞬間、会場には演出と思しき彩色溢れるライトが灯され、観客達は大きな熱狂に包まれていた。

勝利の余韻も束の間、ルカは設置されたゲーム操作端末から立ち上がり、前方に佇んていたメアリの元まで歩み寄る。


「優勝おめでとうございますルカ様、途中まで勝てると思ってたんですけどね」


「本当にギリギリの戦いだったよ、正直終盤はゴリ押しだったんだけど」


終盤の連続攻撃は相手に守備の時間を与える必殺技を極力減らし、攻撃発動時間が短い技を重点的に放っていた為に何とか押し切れた形で勝利をもぎ取った。

本当に厳しい戦いだった、これだけの作戦を仕組んでようやく勝てるまでに柏木メアリは強かったのだ。


「勝負には負けてしまいましたが、百合営業に興味があればいつでもお申しください!」


「あはは、心の片隅にでも置いておくね」


勝負が終わり、RACEイベントも和やかムードでエンディングへと突入した時、関係者特別室でもその光景は中継として伝わっていた_____



-RACE 関係者特別室-


ルカの優勝が決定した瞬間の映像は飛鳥の元にも伝わり、彼は激しくガッツポーズをしていた。


「良くやったルカ!お前なら優勝するって信じてたぞ!」


敢えてキャラの必殺技を控えるプレイスタイルは彼女にしか真似できない代物であり、ここ一週間のルカの努力が彷彿とされた。

実際に買ったのはルカだが、飛鳥もそれだけ彼女が優勝したのが嬉しくて堪らなかったのだ。


『えーそれではこれより優勝者インタビューをしたいと思います。Vtuberのルカさん、今の心境をお聞かせ願いたいのですが』


『そうですね、本当に自分が勝てたのが不思議なぐらい奇跡の出来事です。たくさん練習しましたしね』 


ルカは蔓延の笑みをカメラに見せながら、今までの努力を赤裸々に口外してみせる。会場の巨大ディスプレイには既にお祝いコメントが流れており、彼女のファンからしたらここまで感極まることはないだろう。


『それでは最後にルカさん、何か皆さんに言いたいことはありますか』


『はい、実はルカの事務所から新しいVtuberプロジェクトが始動するので、宣伝しときたいと思います』


突如として話の流れが一変すると、歓喜の余韻に浸っていた飛鳥も再び中継映像に見入ってしまう。

そして次の瞬間、ルカの口からとんでもない言葉が放たれる。


『ネクステ初男性Vtuberプロジェクト「Project:Asuka」始動します!』


「……は?」


まるで彼女が何を言っているのか理解に掛けたが、そのAsukaという名前には強烈な違和感を呼び起こした。

そう、何の偶然かプロジェクト名と自身の名前が一致していたのである。

そう、何の偶然か


『アスカ、約束だよ♪』


「……はは」


いや、これは必然だった。

この場で、このタイミングで発表するということは恐らく冗談でも何でもない、それに彼女は今カメラの前で飛鳥との間にしか伝わらない『約束』という言葉を堂々と発言したのだ。


「ってええええええ!?」


部屋には驚嘆とした叫び声が響き渡り、飛鳥は飲み込めない状況に目を丸くしたのだった。



   _____________


「ああ、例の男は確かに確認したわ。面白い奴とは思うけど、まだ眠れる才能みたいやな」


電脳空間にポツリと佇むのは予選まで飛鳥の隣で大会を観戦していた袴を着込んだ女、何やら通話画面を開き誰かに何かを報告する。


「でも、いくらアンタさんの要求でも私をあんまりパシらんといてや。一応ウチ四天王の一人なんやけどな」


意味深な発言、そして


「けどきっとアンタさんが一目置く言うことは凄い男なんやろな。せやろ?ワールドマスターさん」


「――ああ、いつかこの世界を変えてくれる逸材だ」



    ____________

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電脳世界の技術的特異点《シンギュラリティ》~Vtuberになりました~ 紅桜景厳 @benizakura

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