第9話 対決

大会参加者は六名、その中から予選を通し二人の決勝進出者を決めるのが大会の主な流れとなる。

問題は予選の種目だが、これにはとあるVRゲームが抜粋された。


「アライグマさん、予選種目は今話題の『Light Saber』というVRゲームですが、これはどういったゲームなんでしょうか?」


「これは迫り来る標的を手持ちのライトセーバーで切り裂きリズムを刻む新感覚リズムゲームです。現在海外に拠点を置くバーチャル四天王のNemuさんが最初に実況動画を上げ、世界中のVR愛好家から人気のゲームにまで成長した作品ですね」


『Light Saber』は迫り来る標的を日本のライトセーバーで斬り付けるゲームであり、一曲を通して得点制の競技となっている。

今大会の予選では2ゲーム仕様に設定して、それぞれの合計得点の上位二名が決勝進出を遂げる方式であった。



「お兄さんは誰が優勝すると思う?」


「まあ、ルカかな。予想っていうか願望だけど」


「ルカちゃんか、確かにあの子はゲームの腕に長けてるよな、そして何よりも可愛い」


確かにルカはゲームの才能に長けているが、それはFPSの枠組みに限ることは自供済みである。

しかし今回の競技種目はリズムゲームと格闘ゲーム、彼女の長所が一切封じられてはいたが、それでも飛鳥はやり遂げてくれることを信じていた。




「おおーっと!!これは早速高い得点が出ました。一番手柏木メアリは培われた動体視力で初手から高得点を輩出、90.23点です!」


「応援ありがとうございます、大佐殿♪」


「うおおおおお!!」


彼女のリスナーと思われるアカウントは歓声を上げ、場は完全にメアリのテリトリーに染め上がる。

流石は今期待の新人だ、人を惹き寄せる力はルカに及ぶ程の力量を持っていると言っても過言ではない。

そして次々に別の参加Vtuberもゲームをプレイして、一巡目の順位が決定する。

一位は柏木メアリ、二位新人Vtuber『Nana』を挟み、三位にルカが追随する結果であった。


「なるほど、一巡目終了地点での結果は大型新人の柏木メアリが二位と2.58点差で首位に立っているみたいですが、これは予想の範疇といったところでしょうか?」


「そうですね。柏木メアリは優勝候補の一人でもありますし、予選で活躍を見せてくれることは想定の範疇と言えるでしょう。それよりも注目すべきは三位に着いているルカの方だと思います、彼女が二巡目から巻き上げてくれるかは注目の見所ですね」


現在ルカの順位は三位、二巡目で巻き返しを謀らなければ決勝進出条件である二位以内を満たさなくなる。

巻き返しが必要、そう察した瞬間に別空間で見据える飛鳥にも緊張が迸り、無意味だと知り得ていても彼女に声援を送りたくなってしまう。


「頑張れ、ルカ!」


「熱いなあお兄さん、そんなにあの子を推してるのかいな」


「いや、推してるっていうか、まあ一応アイツの編集担当しているし……」


横合いから飛んできた袴女からの言葉に、飛鳥は礼式上丁寧に返答してみせる。

だがそんな事より彼には異様さとも捉えられる何かを感じていた、横に座る女にも、あの柏木メアリという女のことも。


「そうか、でもあのルカって女の子は今大会では優勝できそうにないみたいやな」


「……は?」


聞き間違いか、はたまた冗談か。いや、後者だとしても此処でその冗談を公言するのはセンスに欠けていると飛鳥は思えた。

ルカは優勝できない、そんな事思ってもわざわざ初対面の上に実際ルカを応援している人物の前で発言しないのはお約束って話だ。

それを彼女は堂々と言ってのけた、他人から向けられる嫌悪の視線など気にも止めず、初対面に対しての礼儀作法など知らず。


「お、おいおい、幾ら何でも応援してる奴がいる前でそれは無しだぜ?」


「え、本当のこと言って何がおえんの?だってそうでしょ、あの子には明らかに勢いが足りへんわ。私の後輩、柏木メアリと比べたらね」


「っ……おい、まさか……」


先程から彼女が発言していた後輩が柏木メアリを指し示していたのをようやく察した飛鳥は、一瞬状況を飲み込むのに時間を浪費してしまう。横に座る女があの大型新人と歌われる柏木メアリの先輩ならば、彼女は一体何者か。既に飛鳥の脳内は思案に余っていたのだ。


「そもそもこの大会は種目の公平性が重視されているから、必然的に万能さオールマイティーが求められる構造になっているんや。つまりであり一つのジャンルに卓越しているだけのルカちゃんではメアリちゃんには敵わないゆーわけや」


「はあ?何だよその言い草、まるでメアリは人間じゃないみたいじゃねえか」


「そりゃあ、あれは私と同じAIやもん。生身の人間なんて存在しないし、そんな旧世代のセンスで彼女は構成されてない。分かった?ルカちゃんが敵わないってのはそういう意味なの」


「っ――」


さっきから冗談のようにも聞こえるが、彼女は至って真面目な表情で虎視眈々と俄かには信じ難い言い分を述べてくる。

柏木メアリはAIとしての存在、横合いからガヤを飛ばす袴女も本体はAI、そしてそれらが意味する内容もまた飛鳥にも察しがつく。


「メアリは決して格闘ゲームだけが取り柄じゃあらへんで、全てにおいて人並み以上の能力を習得インプットしてるんや。これが私らがイクシードと言われる所以かな」


「……やっぱりそうか、まさかイクシードのVtuberさんと実際に会えるとは思ってもみなかったぜ」


只者ではないのは強ち予想はできていたが、まさか人間でないとは想定外だった。

イクシード、確かNegafectプログラムが埋め込まれた中身が実在しないVtuberであり、その能力は全てにおいて卓越しているというのがエリの情報だ。

柏木メアリがイクシードなら、少なくとも中身を持つルカは敵わないと考えるのが普通なのだろう。


「悪いがそれはあんたの憶測でしかない、イクシードだか何だか知らないが、人間がAIに敵わないなんて道理はねえだろ?」


「……ぷっはは!やっぱあんたおもろいわ、将来絶対大物になるで」


「はあ?」


言われたら言い返す作法で飛鳥は反撃に講じると、何のつもりか女はゲラゲラと高笑いを上げる。本当に彼女の思考回路は読めないものであった。


「それじゃ、この目で見届けようや。この大会を制覇する者が誰なのかを――」


二人は再び画面に視線を戻すと、二巡目も終端の局面に向かっているのが把握できる。

最後の一人が終わり、会場の巨大ディスプレイには確定した順位が表示されると、再び観客を大きな盛り上がりをみせた。


「予選一位通過、柏木メアリ。二位通過、ルカ。よってこの二名は決勝戦進出です!」


「やりました!これも全て大佐殿のおかげです♪」


「……ふう、何とか勝ち上がれた」


何とか二巡目で巻き返しに成功したルカは予選突破の緊張感から解放されると、嘆息を漏らし落ち着きを取り戻そうとした。

だが勝負はこれからだ、決勝の対戦種目は『アスリートファイト2』格闘ゲームは柏木メアリの得意分野であり厳しい戦いは避けられない。


「それではこれより三十分程休憩に入りたいと思います。引き続きRACEをご覧ください」


会場の選手は一度楽屋へとボタン一つで転移して、イベントの一部は終わりを告げた。



    ________


第一部終了後、飛鳥は予選突破を祝おうとルカの楽屋へと足を運んだ。

普通こういう場面では励ましてほしくない人もいるが、彼にとってできることと言えばこれぐらいだった。


「ルカ、入るぞ」


「――うん」


返事を貰い受け飛鳥は楽屋の中に足を踏み入れると、そこにはいつもと変わらず笑顔を振りまくルカの姿を視認する。

あれだけの観客の前で緊張感も尋常ではなかった筈だが、やはりそこは慣れなのであろう、本番でも十分落ち着いてゲームに集中できていた。


「予選突破おめでとう、取り敢えずこれで準優勝は確定だな」


「まあね、でも、肝心なのはこれから。相手はあの柏木メアリ、格闘ゲームが十八番の相手にどれだけ奮闘できるか不安でならないわ……」


「不安か……」


確かに、現実的な話をすると決勝戦はルカにとって厳しい試合になるだろう。

ただでさえ利は向こうにあるのに、実は中身がAIなんて逆境過ぎて口が裂けてもこのタイミングでは言えない。


だがそれでも、飛鳥はルカが優勝することを信じていた。


「大丈夫だルカ、お前は勝てる。思い出せ、夜な夜な繰り返した俺との特訓の日々を」


励ますときはより具体的に、ただ『頑張れ』や『必ずできる』だけでは激励の要素に欠ける。

誰かに活力を与える行為というのは明確な理屈を提示しなければ響かないときがある、だからこそ飛鳥もまたルカに向け勝つ算段を伝えようとした。


「いいかルカ、さっき俺はメアリの動画を確認した。その結果分かったことは一つ、アイツは格闘ゲームでは超攻撃型の先方を使うことだ」


「超攻撃型?」


「ああそうだ、防御も惜しまない攻撃重視の戦術。だったら今までの特訓を活かせば何とかなりそうだろ?」


飛鳥には作戦があった、格上相手でも十分対抗できる算段が。

それはわざわざ飛鳥が仕事を放置してまで夜な夜なゲームに取り組んでいたルカだからこそ可能な策略であり、恐らく勝つ為にはその手法を繰り出すしか方法はなかったのだ。


「……本当に、あれで何とかなるの?」


「ああ、だからルカ、俺の作戦を聞いてくれ。柏木メアリから勝利を模擬取る為の算段をな」


飛鳥はルカの耳元で決勝戦の作戦を囁くと、彼女は耳を疑うような発言でも聞こえたかのように目を見開くが、本人は至って本気である。


「でも、それはあまりにも賭けに出過ぎてるんじゃ……」


「まあ犬に噛まれたと思ってやってみようぜ。どの道無策で倒せる相手じゃなさそうだからな」


飛鳥は自身に満ち溢れた様相でグッドサインをしてみせると、不安要素で満たされていたルカも次第に落ち着いた声色へと変貌した。


「……分かった。私、絶対優勝する」


「その活きだ!頑張れよルカ、何てったって勝ったら俺が何でもしてあげるんだからよ」


「分かってるって、何でもしてくれるんでしょ?な・ん・で・も♪」


約束をチラつかせるとやけに上機嫌になったルカに何やら違和感のようなものを覚えるが、彼女のモチベーションが上がっただけ良しとした。

だが後にこの“何でも”という言葉が伏線になっていたことは飛鳥もまだ知らない話であった。




    ____________

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