第10話 最終回(少し長めのエピローグのようなもの)
ここは我らが主人公、只野J三郎が勤務していた、太平洋の無人島だ。ここに一台の高級ドローンカーが降りて来た。この日も勤務の、滑舌の悪い警備員が、建物から出て出迎える。そして車から降りて来た2人の男に敬礼をした。
「第八管区太平洋第十六派遣隊、関口源三、勤務中異常無し。」
「了解。楽に休め。」
男の1人が敬礼を返し、こう答えた。
「お疲れ様です。どうもどうも。では、メールでお知らせした通り、今日は引き継ぎされる隊員は来ませんので、このまま帰宅して下さい。」
「了解しましゅた。」
そう答えると、警備員は制服を着替えに、建物の中へ戻っていった。
この無人島の警備を依頼しているお客様は、たまに家族だけでこの島で過ごしたいとの理由で、一定の期間警備員を返してしまう事がある。今回もそうメールされていた。
「大佐も演技がお上手ですね。」
この男が軍の公安にいた、優秀なスパイだったという噂は、案外本当かもしれないと、大佐と一緒に車から降りた男は考えた。そうその男とは、あの山田&ジョンソンの創業者の孫だかなんだかの、貧相な山田だ。只野も一緒に、この島で映像のデータを探した、あの山田だ。あの時よりも全然堂々と、シャキッとした印象に見える。
「これも任務のうちです、山田教授。」
大佐と呼ばれた男は、この無人島担当のいつもニコニコとした、少し調子の良い丸田管区長だ。しかし、滑舌の悪い警備員が帰った後は、あのニコニコとした人の良さそうな印象は全く無くなっていた。軍人の顔に戻っている。一見して厳しそうな、滅多に笑わないタイプの人間だと思わせるような雰囲気を持つ。顔のデザインを変えずに、整形もせずに、こうも印象を変えられるものなのだろうか。そう、彼は軍の人間だったのだ。ある任務の為に警備会社の管区長の肩書きを持ったのだ。もちろん、この警備会社は軍と密接な繋がりがあり、軍の依頼を受けて管区長に採用したのだが、その事は会社の上層部とごく一部の人間しか知らなかった。
「もうすぐ潜水艦が着くはずです。下に降りましょう。」
この島には、実は海底から入れるゲートがあり、地上の警備員に全く気付かれずに、出入りが出来た。
2人はエレベーターで地下に降り、あの研究室のような部屋がいくつもあったフロアに入った。そう、只野が怪しんで、色々探っていたフロアだ。奥の入り口の前に山田教授が立つと、ガチャッとドアの鍵が開いた音がした。一瞬でどこかの身体の部分のデータを読み取ったらしい。中は窓の外から見るよりも広く感じる。実験器具やら、実験用のテーブルやら、何かの機械やらが並んでる部屋の奥に、またエレベーターがあった。2人はそれに乗り、更に地下に降りていった。
エレベーターを降りると、そこは洞窟を改造した港になっていた。天井まで4〜5mほどの高さがある。大型の潜水艦が入港できるぐらいの広さで、周りにはクレーンやら、潜水艦へのタラップやら、潜水艦をメンテナンスする為の足場がある。低い管制塔のような建物や、港の奥の方には倉庫がいくつか並んでいる。そこそこ立派な秘密基地のような感じだ。ちなみに、港の出口にあたる所に大きなハッチがある。大型潜水艦が出入り出来るぐらいの扉だ。この向こうは、やはり大型潜水艦が入れるぐらいの部屋になっていて、仕切られている。この部屋は水位が調整出来る様になっていて、普段はこの地下の洞窟型港と同じ水位にしてある。潜水艦が出る時はこの部屋に入り、ハッチを閉じて密閉し、海水で満たしてしまう。この部屋の外は海中に繋がっていて、そうやって逆側の扉から海に出られる仕組みだ。
丸田大佐と山田教授が降りると、既に大型潜水艦が到着していた。多少の荷物と共に担架に乗せられた男が降ろされていた。只野J三郎だ。意識は無いが生きてはいた。様々な機械を取り付けられていた。山田教授は担架に近寄ると、素早くモニターをチェックして、付き添ってきた白衣の男に状況を聞いた。
「よし、異常はないようだな。すぐに研究室へ運んで下さい。」
丸田大佐と山田教授は、担架と一緒にエレベーターに乗り込んだ。あの、警備員が巡回してる研究室らしき部屋のある階の、1つ下の階で降りた。実はこのフロアと更にもう1つ下のフロアが、本当の研究室のフロアだった。上の研究室は簡単な作業しか出来ない、いわばダミーの様なフロアだった。この階は只野の状態をチェックするフロアで、もう1つ下の階は、丸田大佐が只野の首に押しつけた、筒の中に入っていた蚊を飼育して、研究しているフロアだ。只野の状態を調べるフロアには、普段は人はいないのだが、実はこの蚊のフロアには、常時、研究者が5〜6人いたのだ。この地下の洞窟型の港から出入りしていたので、地上からは全く気づかれなかった。この蚊は、何故かこの無人島でしか生息しておらず、何故かこの無人島でしか繁殖も出来ない。他の場所に移すと数日で死んでしまう。不思議な生物だ。だから目が離せない故に、常時、研究者を置いて観察させていた。
この蚊こそが、この物語の始まりだった。この島に昔、人が住んでいたのは本当だ。しかし寂しい漁村程度で、先祖代々細々と漁師をやってる家が20〜30軒あった程度だった。それが今から50年前に突然、この島の住民が次々と原因不明の病気にかかった。一度高熱が出た後は、すぐ治り普段と変わらないのだが、脳がおかしくなってしまった。まず記憶に異常が出る。全ての記憶が無くなる者、飛び飛びに覚えている者、現実が見えなくなり、ずっと妄想の中に入り込んでしまう者、記憶を全て無くした後に、全く別の記憶を自分で作ってしまい、以前の自分とは全くの別人だと思い込んでしまう者もいた。そして、最終的には全員、気が狂ってしまい、お互いに殺し合いを始めた。最初に、ある家族が全員惨殺された事件が起こった。そして次第に次々と島の中で殺戮が起こった。そこで、国の伝染病の研究機関が調査に乗り出し、この蚊が原因の病気であるという事が、発見された。そして、島民は全員、本土の研究室に移されて、調べられたが、全員亡くなってしまった。もちろん、マスコミにも伏せられ、公にはされていない。そして、今も秘密裏に研究されている。国はなんとか軍事的に利用出来ないかと、他国に知られないように、トップシークレットになっている。研究者たちには、この蚊はドリーマーと呼ばれている。
只野は、あの廃棄場で丸田大佐に取り押さえられ、首にこの不思議な蚊を押し付けられてから、ずっと意識がなかった。たまに笑ったり、泣いたりしてるので、何か夢を見ているらしい。そう、あの廃棄場を脱出し、この島で家族を持ち平和に暮らした物語は、全てこのドリーマーに侵された、只野の夢だったのだ。なんと哀れな。
そして今、只野は研究室のベッドに横たえられ、様々な設備に繋がれて寝ている。その様子を見たり、データを見たりしている白衣の研究者が2人、それに大佐と教授だ。あとは別室に5〜6人いるらしい。どうやら大佐はこのプロジェクトのリーダーらしい。
「様子はどうかな?」
大佐が山田教授に尋ねた。
「はい、前回とほとんど同様で、意識はありませんが、その他は全て正常で、全くの健康体です。」
「そうか。それで今回は何か特別な事は無かったのか?」
「それが、今回は少しいつもと違う部分が出ています。非常に興味深い。」
「違うとは?どういう所なんだね?」
「色々あるんですが、今回彼が見た夢は、けっこう現実に影響されてるんですよ。例えば大佐や彼のマンションのロボットのメイドが夢に出てきています。これは今までには無かった事です。」
「それは意外だな、夢は現実に影響されるもんじゃないのかな?」
「普通の人はそうです。しかし、このドリーマーに刺された後は、記憶を無くしたり、全く現実と関係の無い世界を作り出し、そこから出なくなったりと、あまり現実の影響は受けていない症例が多かったのです。だから、もしかしたら、ドリーマーに対する耐性が出来てきたのかもしれません。」
「この病気の解毒剤が作れる可能性が出てきたということか?」
「まだまだそこまでは何とも言えません。もっとデータを集めないと。それにまだ今回の解析も全て終わってないですから。ただ、可能性としては、出てきたと言えるでしょうか。」
「よろしく頼む。」
「それよりも、今回面白いのはロボットのメイドに対して恋をした点です。今までの症例は全てネガティブな夢を見るものでした。しかし今回は、恋というポジティブなものが初めて出ました。これは非常に興味深い。」
「恋というのは、あの昔あったと言われる伝説のあれか?彼は何処でそんな情報を仕入れたのか?」
「それは謎です。これは推測ですが、遺伝子から出たのかもしれないと、予想しています。」
「遺伝子?このドリーマーは遺伝子まで侵すのか?」
「まだ、仮説というか予想でしかないですが、その可能性も調べる価値はあると思います。で、なくては、我々現代人が恋や結婚なんて発想は出来ないかと。」
「まあ、確かに大昔の言い伝えみたいなものだからな。どういう気持ちか想像も出来ないしな。」
「しかも面白いのが、途中でそのロボットのメイドを認識出来なくなる所なんですよ。」
「ん?どういうことなんだ?」
「最初から話すとですね、まずここでまた記憶を無くした状態に戻りましたよね?あれは半年前でしたよね?」
「ああ、あの時は今回のように暴れたりは、ほとんど無かったな。」
「はい、前回はこの島で勤務してる最中に、夢の世界に入ってしまって、戻って来なくなりました。外から何を言っても、色んな刺激を与えても、全く反応せず、目は開いてるのに、何も見えてない状態で、ずっと体育座りしてました。」
「ああ、覚えている。」
「それでまたドリーマーの毒を脳から抜いて、少しずつ脳を正常に戻しました。そして正常に戻した状態で半年生活させて、またドリーマーに刺されると。まあ、いつもの作業です。すると彼の脳は、横浜のマンションで同じロボットのメイドと数年前から暮らしているという妄想を作りました。」
「でもそれは実際に、現実もその通りなんだろ?」
「はい、5〜6年は同じロボットのメイドを使っています。しかし、これまではそんな事は鼻にもかけませんでした。空気のような存在というか。同じ電子レンジを5年使っても何とも思わないですよね?うちにもロボットは何体かいますが、ただの道具としか思えないですよ。」
「それは当たり前だ。実際ただの道具だからな。」
「それが彼は、その道具に、変な愛着を持って生活してきたという妄想を、作りあげたのです。実際は新しい実験に入って3ヶ月しか経ってないのに、もう何年も前から、そのロボットに特別な感情を抱いてきたと、それが徐々に大きくなってきてる、という妄想です。」
「・・・・。」
「それで、それがどんどんエスカレートして、そのロボットを自分のものにして、結婚して、子供を作って、という所までいくわけですよ。」
「結婚なんて知ってるはずが無いがな、一般の人間は。」
「その通りです。まあ、それで、その為に暴走して、あのロボットの廃棄工場まで行くわけなんですよ。」
「でも何で廃棄工場まで行かなければならなかったんだ?マンションのロボットを連れて逃げるとかは、何でしなかったんだ?」
「そこですよ、途中でそのロボットの顔を認識出来なくなったんです。この島の勤務から横浜のマンションに帰ると、全く別のロボットのメイドがいたと思い込んだのです。しかし、実際に横浜のマンションにいたのは、今まで一緒に数年間を暮らしたロボットだったのに、ですよ。まず顔が違うと思い込んだんです。全く一緒なのにですよ、全く同じロボットなのに、別の顔のロボットだと、思ってしまったのです。それでそのロボットのメイドは数年前の更新されたデータを出してきて、こういう事はありましたが、今は変わってないですと。それも自分の都合のいいように、誤って聞いて、誤って認識しました。数日前にこのロボットは入れ替えられたんだと、思い込みました。それで廃棄工場に送られたと思い込んで、乗り込んで行ったわけです。」
「それもこのドリーマーの毒の影響なのか?」
「もちろんそうです。この毒は脳に作用します。記憶を無くしたり、飛び飛びにさせたり、妄想を現実と認識したり。」
「・・・・・・。」
「それで廃棄工場にあったロボットを、これまた自分が恋をしているロボットだと思い込んで、持ち去ろうとしたわけです。」
「そこで俺に取り押さえられたのか。」
「そうです。」
「それで俺は、彼の夢の何処で出てきたんだ?」
「はい、あの時大佐がこの男にドリーマーを刺したじゃないですか、あれで気を失いましたよね?しかし面白いのはそこからで、解析した結果、彼の夢の中では、あの状況からロボットを連れて廃棄工場を脱出した事になってるんです。」
「俺は夢の中では殺されでもしたのか?(笑)」
「いえ、ただ弾き飛ばされて、また彼を追いかけるというような展開です。彼は夢の中では、ドリーマーに刺された事によって、スーパーマンのような超人になっています。それでこの島に戻ってくるんですよ。」
「この島に?」
「はい、しかもあの、僕も参加したお芝居があったじゃないですか、あの、この島に疑惑を抱いてきたので、ごまかす為に、昔のこの島の住人の孫が来た。という。」
「ああ、あれか、思えばドリーマーに刺されてるのに、色々と現実が見えていたんだな、今回は。しかもかなり早い段階で。」
「そうなんですよ、そんな事も始めてのパターンです。それで、彼は夢の中で、その我々が作った嘘のストーリーを更に発展させてるんですよ!これは相当面白い(笑)。」
「発展というと?」
「はい、あの我々の、古そうに見えるように作ったアパートがあったじゃないですか、あのアパートで暮らし始めるんですよ。しかもこの島の所有者、まあ僕がやった役なんですけど(笑)、に交渉して、この島の住み込みの警備員になるんです。もちろん大佐の警備会社とは契約を切らせたのだったかな?まあ、そこは夢なんで、ご都合主義で話しは繋がっていきましたが(笑)。」
「やはりドリーマーの毒に耐性が出来ているようだな。夢に没入する事なく、現実世界も認識してるな?」
「そのようです。」
「よし、解毒剤が作れれば、ようやく実用化の目処が立つ。頑張ってくれ。」
「まあ、まだまだですけど、でもそうなったら、今まで死んでいった、たくさんの実験体の人達も浮かばれますね。」
「それは言うな。我々も人体実験などという時代遅れも甚だしい事はしたくなかったのだが、やむを得なかったのだ。知ってるだろう?それに彼等にもそれぞれ事情があり、半ば望んで志願したものがほとんどだ。只野氏もその内の一人だ。」
「はい、よおく存じ上げてます。しかし、あれだけいた中から生き残ったのが只野さんだけというのは、中々厳しい結果ですね。また、実験体を集めないと。」
「それは何とでもなる。まあ、色々な事情のある人間は、案外多いものだ。」
「そういうものですか。」
「それにしても、不思議だな。我々の目は本当にこの世の中を、ありのままに見てるのだろうか?」
「急にどうしたんですか?」
「いや、何か、彼の目は本気だったからな。あの目は、自分の命なんかどうなってもいいから、その代わりにどうしても守りたいものがあるって目だったよ。でもそれは、彼の錯覚だったんだよな?彼は誰を愛してたのかも分からなくなってたんだろ?そもそも愛していたのかどうかも、今となってはあやしいんだよな?それじゃ一体彼は、何に命を懸けたのか?人間はそんなに哀れなのか?」
「でもそれはドリーマーの毒の作用ですから、」
「そうだとしてもだ!そうだとしても。じゃあ、我々が命を懸けてとは言わないまでも、人生を懸けて取り組んだ仕事があったとして、それが錯覚から出たもので、本当は悪いことだったのでは無いと言い切れるのか?誰かに毒を盛られたのに、気づかない事があるんじゃないのか?誰かに洗脳されたのに気づかない事があるんじゃないのか?自分では気づかずに、映像や活字の情報に騙されて恐ろしい仕事についてはいないか?自分ではそれが誇り高い事だと思っていても、その陰で人々を不幸に落としてはいないだろうか?」
「それは、このプロジェクトの事を言ってるのですか?だとしたら、何処で記録されてるのかも分からないですから・・・」
「このプロジェクトもそうだ。でも世の中の色々な事もそうではないだろうか?人それぞれに言えるんではないだろうか?人間って一体、何て哀れなんだ。我々は何て愚かで、何てマヌケで、目も見えず、耳も聞こえないのか?」
「なんだか、哲学的というか、私にはよく分からないです。」
「それだよ!そういう、分からないからいいや、考えても無駄だ、誰かが解決してくれるよ、っていう民衆の態度が問題なのではないだろうか?」
「一体何の話をしてるんですか?大佐。大佐、大丈夫ですか?」
「・・・・・」
「大佐?大佐?大丈夫ですか?何か心配な事でもあるんですか?」
「ああ、いや、すまない。大丈夫だ。少し興奮してしまった。いや、何もない。ただ、あまりに彼が哀れで。」
「でも、このプロジェクト次第では、我が国の戦況は随分と有利になると、私は確信しております。だから・・・。大佐、大丈夫ですか?顔色がよくないですよ。お疲れになられてるのではないですか?」
「ああ、少し疲れたようだ。今日はもう失礼するよ。」
「はい・・・、お疲れ様です。・・・・・」
3ヶ月後
「やば!寝過ごした!」
只野はいつもの警備の仮眠室のベッドで目を覚ました。時刻は04:45、いつも通りの時間だった。
「あれ?いつもの時間か。何かずっと寝ちゃった気がしたけど。気のせいか・・・。」
只野はいつも通り顔を洗い、身支度を整えて、いつもの時間に立哨を始めた。生あくびが出る。
「それにしてもよく寝た気がする。たまにあるんだよなぁ・・・。ようやく三連休かー、今回は少し長かったな。早く関口さん来ないかなー。」
何度目かの実験の始まりだった。
おわり
無人島の警備員 横浜いちよう @yagosan8569
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