第9話 暴走の果てに
「みんな銃を下ろせ。」
指揮官らしい制服の人間の命令で、警備ロボット達は銃を下ろした。
「銃を全てこっちによこせ!」
「言う通りにしろ!」
警備ロボット達は指揮官の命令に従い、銃をこちらの足元に投げてきた。2〜3挺の銃を拾い、腰にさした。1つはニードル銃と持ち替えた。ニードル銃には弾が入ってないからだ。
「おい、そこの警備ロボット!このメイドロボットをあそこのカートまで運べ!」
「やれ!」
警備ロボットはチラッと指揮官を見たが、言う通りにした。工場内を移動する為のカートにP子さんを乗せてくれた。俺は丸田管区長を盾にしながら、カートに乗った。
「いったい、どうしたんですか?こういう事はやめた方がいいですよ。」
丸田管区長のこめかみに銃を突きつけて、カートを運転させた。俺は助手席から、ロボットどもを威嚇し続けた。
「丸田さんこそ、どうしてここにいるんですか?付き合いのある会社だからって、何故俺がここにいる事を知ってるんですか?俺の身元はこの工場の人にバレてるんですか?」
「いやいや、たまたまなんですよ。ほんと、偶然で。」
「・・・・・。」
やっと一階に着き、もう少しで出口のゲートに入ろうかという辺りだった!カートは撃たれた。エンジン部分に直撃だったらしく、どんどん落下していく。敵も痺れを切らしたということか。
「丸田管区長、お世話になりました。早く飛び降りた方がいいですよ、多分爆発しますよ。では。」
「只野さん、もうこれ以上逃げない方が・・・・、」
俺は最後まで聞かずに、P子さんを肩に担いで、カートから飛び降りた。まだけっこうな高さだったが、踏ん張って足から着地出来た。凄い筋力がついている。撃たれたふくらはぎは痛いはずなのに、あまり痛みを感じない。遠くで痛んでいるような感覚だ。いったいどんな毒を打たれたのか不安になるが、今の状況では有難い。時間が経つにつれて、筋肉の量がみるみる増えていくのが分かる。太ももも、腕も、以前の1.5倍ぐらいになっている。この短時間でだ。ジャンプ力も走るスピードも、かなり上がっている。気がつくと背後でカートが爆発していた。丸田さんの姿は確認出来なかった。しかし、この工場に丸田さんがいたことは腑に落ちない。だが今は考えてる暇はない。俺は左右に動きながら走った。ロボット警備の銃の照準を惑わす為だ。けっこう後ろから撃たれたからか、1発も当たらない。ゲートにいた、ロボット4〜5体はあっという間に蹴散らした。1体は銃で一撃だった。もう1体は片手で頭を引っこ抜き、次の1体は横腹を蹴り飛ばし、それが最後の1体に当たって、爆発した。力が漲っている。ロボットの金属が、噛み続けて味のしなくなったガムのように、柔らかく感じる。ゲートは体当たりしたら、吹っ飛んでくれた。我ながら凄い。
外に出ると吹雪になっていた。
「くっそう、さっきまで雪なんか降ってなかったのに。」
氷河期のせいなのか、この辺の天気はとても変わりやすい。工場に着いた時は、久し振りに晴れてたはずだ。
さて、この海をどうやって渡ったらいいのか。近くに車も置いてない。俺のフォードはメイドロボットが近寄れないから呼んでも無理だろう。吹雪の中を見渡して、船でも通らないものか、探してみた。すると、200メートル程右に行った所に、細い橋が見えた。吹雪いていてよく分からないが、おそらく海を渡って公園まで続いているように見える。あんな所に橋なんかあったっけ?来た時は気づかなかったが。見落としていたのか?
その時、背後から撃たれた!肩に担いだP子さんに直撃した。衝撃で俺とP子さんは、地面に叩きつけられた。俺に怪我は無い。しかしP子さんの右の太ももから下がちぎれていた。P子さんが盾になって、俺は怪我をしなかったらしい。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!P子さんっ!ちくしょうー!てめぇらぁー!ぶっ殺してやる!」
俺はロボット警備達に向けて、めくらめっぽう、メチャクチャに銃を撃った。それで1つ目の銃の弾が切れて、投げ捨てて、もう1つの銃に持ち替えた。ほとんどロボット警備達には当たってないらしい。俺はP子さんを担ぎ、P子さんの足を拾うと、ダッシュで橋に向かって走った。
「ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!P子さんが治らなかったらどうしたら、ちくしょう!あいつら絶対ぶっ殺す!」
俺はいつの間にか泣いていた。泣きながら走っていた。
「やっと取り戻して、やっとここまできたのに、何で、何で、ちくしょう!あいつら絶対許さねぇ!もし、もしP子さんが死んでしまったら、もし、もし、そしたら俺はどうしたら、どうしたらいいんだ、ちくしょう、そしたら俺はもう、もう、生きてはいけない、もう、生きる気力は無い。この、この恋を知ってしまったら、知らなかったあの頃の俺には戻れない。死んでいるように生きていたあの頃。生きてるのか死んでるのか分からなかったあの頃。あの自分に戻るぐらいなら死んだ方がマシだ。」
橋に着くとそれは線路だった。昔はこれで貨物を運んでいたのだろう。俺は吹雪に煽られて、転びそうになりながらも、なんとか走り続けた。足が思うように動かず、鉛のようだ。随分時間がかかった。何故か身体に力が入らなくなっていた。毒のせいだろうか?しかし幸運なことに、ロボット警備達は橋には入らなかった。そうプログラムされてるのかもしれない。とにかく助かった。向こう岸の公園には、俺の愛車フォードAがエンジンをかけて待っていた。
あれから一年が経った。
俺は、あの警備員として勤務していた無人島の、あの映像のデータを見つけた家に住んでいる。もちろん家は、改装してきれいになっている。
あのあと俺は必死でフォードAを飛ばして逃げた。しかし何故かロボット警備達も、警察も追って来なかった。不審に思いながらも、念の為、横浜には戻らず、ビックアンアさんに連絡をとって、しばらく川崎や蒲田のビックさんの事務所やガレージを転々として匿ってもらった。そして、P子さんを生き返らせてもらった。もちろん、見返りは要求された。俺の脳と内臓の神経の詳細なデータを、何日もかけてスキャンされ、コピーされた。それが何の役に立つのか?どうお金になるのかは、全く分からない。とりあえず、俺自身の身体には、何の害も出ていない。もしかしたら、東京あたりに俺のコピーがうようよ歩いているのかもしれない(笑)。でも俺はそんな事はどうでもいい。全く興味がない。それよりも、そのぐらいの事でP子さんが手に入るなら、安いものだ。そう、今俺はP子さんと一緒に暮らしている。しかも、廃棄になる寸前だった為か、違法にもならなかったらしい。警察のデータやインフォメーションを見ても、捜索もされてないし、俺自身もお尋ね者にもなっていない。案外、被害届も出されてないのかもしれない。あの工場としては大失態だろうからな、隠したかったのかもしれない。とにかく良かった。
P子さんは何かのリミッターを外してもらって、主人とメイドの関係から解放された。しかしどうしても、愛とか恋とかいう感情はプログラム出来ないらしく、そういったものは期待出来ない。でも俺は構わない。嫌われてるわけではないし、一緒に暮らせるし、そして、子供もいる。ビックさんに頼んで作ってもらった。もちろんP子さんには、自分の子供という愛情も何も無いが、でも3人で仲良く暮らしている。それで充分だ。他に何がいるのか?何もいらないだろう。愛されなくても構わない。俺が愛する事の出来る家族らしいものがいれば、それでいい。
何故この島に住めたかというと、ビックさんだ。世の中狭いもので、なんとビックさんとこの島の所有者の山田&ジョンソンの創業者の孫だかなんだかの、あの貧相な山田さんと知り合いだったのだ。俺がこれからも色々なデータを提供する事、街から離れて隠れて暮らしたい事なんかを説明して、住まわせてくれる事になったのだ。あの地下の研究室のような所は以前、山田&ジョンソンの組織の人が使っていたらしい。これからは俺のデータを取る事に使うそうだ。ビックさんと繋がってたということは、あの会社もちょっと怪しいのかもしれない。まあ、それもどうでもいいけど。だから俺は建前上はここの管理人という事になり、侵入者が出たら、去年まで勤めていた警備会社の丸田管区長に連絡する事になっている。だから他の警備員はもうこの島には来ない。丸田さんは何も言わなかった。ここに警備員を手配する気遣いがなくなって、むしろ喜んでいるようだった。やっかいな事には関わりたくない、という性格なんだろう。
「パパ!」
3歳ぐらいの男の子の姿をしたロボットが、俺の座っている、庭に出してある椅子に向かって、トコトコと走り寄ってくる。
「走ると転ぶわよー。」
P子さんの声が、庭に面したウッドデッキから聞こえてくる。俺は椅子から立ち上がり、子供も抱き上げた。俺の子供は、手にロボットのおもちゃを持っていて、それを俺に向かって、誇らしげに見せてくる。何て、何て幸せなんだ。俺は今が、人生で一番幸せだ。この瞬間が永遠に続けばいい。こんなに、こんなに幸せな気持ちがあったなんて、俺は、俺は知らなかった。良かった。本当に、良かった。ようやく人生が始まった気がする。
俺は子供を腹の上に乗せ、庭の芝生の上に寝
転がっているうちに、いつのまにか寝てしまったらしい。どこか聞き覚えのある男性の声で目が覚めた。
「笑ってるんですかね?」
「そのようだな。夢でも見てるんだろう。」
「これもあの蚊の毒の影響なんですか?」
「知らん。俺は科学者ではないからな。ただの軍人だ。」
「でも今回は、随分思い切った行動に出ましたね。それに毒が切れるのも少し早かったのでは?」
「そうかもしれんな。」
「丸田大佐もお目付役が大変でしょうね。」
「任務だからな。」
俺は突然目を開いた。場所はあの、俺が突撃した工場の中のようだ。そこでは中年男性2人が、倒れている俺を覗き込んでいる。その内の1人は、・・・・丸田管区長?
次の瞬間、何か薬を打たれたと感じた。そしてすぐに意識を失った。
「すぐ研究所に移送しろ・・・」
丸田管区長らしき声が、遠くで聞こえた気がした。
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