第8話 初老男の哀れな暴走
マンションを飛び出してすぐに、高速に乗った。俺の愛車、ローライダー系に改造したフォードAは絶好調だった。ほんの5、6分で鶴見口を抜け、横浜ドームを出た。外は吹雪だった。氷河期真っ只中の現代では、いまでも毎年、気温は下がり続けている。でも、不思議とあの無人島だけは、真夏の気温のままだ。
あっという間に川崎に着くと、高速を降りた。チッタの前に車を降ろし、ロビーへ駆け込んだ。クラブチッタ川崎は何百年も続く歴史あるライブハウスで、キャパは500〜600人ぐらいだろうか。まだ昼前なので、人は少なかったが、ロビーにあるフードコートは開いていた。今日のライブに出るらしいバンドメンバーや、そのスタッフらしき人たちが、早めのお昼を食べていた。顔を見た事があるような気もするけど、バンドの名前なんて覚えてるわけがない。その時ふと、ビックさんの特徴を聞くのを忘れていた事に、気がついた。やばい。年も性別も年齢も何も知らない。とりあえず、コーヒーを買って、一番前の真ん中ぐらいの、一番目立つテーブルで、様子を伺っていた。すると20代後半の、ドレッドヘアで、痩せて目つきの鋭い、腕に蟻のタトゥーの入った男が、吹雪と一緒に入って来た。あれか?
その時、後ろから誰かに肩を叩かれた。振り向くとそこには40代前半の、小太りで冴えない中年男性がニコニコして立っていた。
「スパイダーライダーさんですよね?」
「はい。もしかして、あなたがビックアント・・・さん?」
「そうです!はじめまして!」
丸顔で腹が出ていた。地味な紺のセーターを着て、ジーンズに白いスニーカーを履いている。背の低い、人の良さそうな笑顔のおじさんだ。随分とイメージと違った。ドレッドヘアの男はバンドメンバーのテーブルで話していた。
「どうしました?」
「いえ、すいません、よく、私が分かりましたね?」
「それはまあ、いろいろとありますから・・・ね。」
一瞬、おじさんの目つきが鋭くなったような気がした。
「そうですか。それで、時間も無いんで、さっそくなんですけど、アレは持ってきてもらってますか?」
「勿論ですよ。じゃあ先にトイレで、生体IDのスキャンをしましょうか?」
「その前に、モノを見せてもらっても良いですか?」
「そうですね。ここでは何なんで、じゃあ私の車まで来て下さい。」
ビックさんの車は、地下の駐車場に停まっていた、平凡な白いワゴンタイプだった。コンクリートの剥き出しの壁に囲まれた駐車場には車は2,3台しか停まっていなかった。もちろん人もロボットも誰もいない。僕らは車の中に入った。何やら胡散臭い機械類やモニター、工具などが所狭しと置かれていた。運転席の足元から取り出した箱の中に、例のニードル銃が入っていた。そうそう、これだ。特殊なパルスを帯びた針の弾丸が、ロボットに当たると、特殊な電磁波が出て、ロボットは気絶して動かなくなる。勿論、所持するのも作るのも違法だ。ロボットに危害を加えたら懲役3年以下、殺したり破壊したら懲役15年以下で執行猶予無しの実刑だ。だからロボットを殺す目的の銃など、あってはならない。
「調整はしてありますか?」
俺は銃を構えながら聞いた。
「いちおう、やってあるはずですけど、そこはあまり信用しないで下さい。なにせ、専門家もいないし、見よう見まねですから。」
「分かりました。大丈夫です。」
「使い方は分かりますか?」
「はい、実際の場で撃ったことは無いですけど、普通のニードル銃の研修は受けてますんで。」
「警備さんでしたもんね。」
「何でもご存知なんですね?」
「まあ、まあ、いちおう調べさせて頂きました。」
「・・・・・・。」
「では、IDのスキャンをさせて頂きますね。」
ビックさんは、後部座席を取り払い、荷台兼作業場となっている場所に担架を出して、そこに僕は、上向きに寝かされた。空中に出したモニターを見ながら、長さ30㎝程の、プラスチックの持ち手の先が、丸い輪っかの形になっている道具で、ビックさんは、俺の全身を隈なくスキャンした。その輪っかは、頭を通せるぐらいの大きさで、オーロラ状の光線のようなモノが出ている。その輪っかに、頭や腕や足を通した。胴体などは、服の上から、胸、腹、腋、側面、背中、お尻、股などを、一通りスキャンした。それを3回繰り返した。
「もっと速く終わるように、改造出来たら良いんですけど。」
「でも、そんな簡単な機械で、スキャン出来るんですね。」
「はい、終了しました。」
「これで、僕は何を失ったんですか?」
「いえいえ、何かを失ったわけでは、ん、ちょっと待って下さい。」
さっきのドレッドヘアで、蟻のタトゥーをしている男が、車に向かって急いで走って来た。ビックさんは車を降りて少し離れたところで、何やら報告を聞いている。やはり仲間だったんだ。という事は、フードコートにいた連中も仲間なのか?
「すいません、急いで出なくてはいけないようです。軍が近づいてるようで。スパイダーさんも急いで出て下さい。」
彼の顔からは、先ほどまでの余裕が無くなっていた。想定外だったらしい。
「軍が近づいてるって、よくある事なんですか?」
「いえ、初めてですが、ちょっと説明している時間も無いんで、もう行きますね。」
そう言うと、2人は急いで白いワゴンに乗り込み、全速で走り去っていった。
「軍が絡んでるって、一体何が・・・・」
俺は、とりあえず考えるのを後回しにして、急いでチッタの正面に停めた車に戻った。確かにカーナビの地図には数十台の車のマークが出ていた。
「やばいのか?」
「えっ?何か言った?どうしたの?」
ロボットのメイドを乗せていた事を忘れていたので、後部座席から声がした時は、かなりびっくりした。
「何でもない。」
精一杯、平静を装ってそう答えると、俺も急いで車を飛び立たせた。軍の車は俺とは別方向へ飛んで行ったので、ビックさんを追ってたのかもしれない。もしくは、全く我々とは関係が無かったのか。いずれにせよ少しホッとした。
これでようやく、P子さんを救いに行ける。まだ無事だろうか?仕事は辞めるしかないだろう。当たり前か、ロボットを撃つ事になるかもしれないからな。しかし、もう俺にはP子さんのいない人生は考えられない。どんな形でもいい、一緒にいたい。
「あそこよ。」
目の前には海に面した大きな公園が広がっていた。釣りをしてる人達が、けっこう多い。物好きだな。そして、公園から500mほど離れた対岸に島があり、その上に廃棄工場が建っていた。やはり、かなりでかい。
「私はここまでしか近寄れないわ。」
「えっなんで?」
「廃棄される日時が来ないと、あそこへは近寄れないようにプログラムされてるのよ。」
「またプログラムか。ほんっっっっとに、ロボットって奴は!分かった、じゃあここで待っててくれ。」
俺はもう一度、工場内の地図の3D画像を空中に出して、内部を頭に叩き込んだ。溶鉱炉は地下1階と地下2階らしい。俺は一人で車を降りて、公園の入り口に戻った。確かトレーラーが停まっていたはずだ。あー、あった。そっと運転席を覗き込むと、上半身だけのロボットが充電中だった。俺は迷わず、ニードル銃で運転席のドアの鍵の部分を撃ち、ドアを開けた。ロボットの電源が入ったが、次の瞬間にはニードル銃を撃っていた。反動はほとんど無かった。ロボットは少しバチバチっと音がしたが、すぐに動かなくなった。
「もう後戻り出来ないな。」
俺はケーブル類を強引に引き抜いて、ロボットを助手席に押し込み、運転席に座った。ハンドルの下を少し見て、必要なケーブルを繋ぎ、すぐにエンジンを掛けた。簡単に動いた。車の改造は好きなので、このぐらいは朝飯前だ。トラックを飛ばして、工場の裏手の搬入口に向かう。積荷のチェックをしたら、荷台はカラだった。適当な品物の搬出書類は、メイドロボットに作らせておいた。
「こんなもので行けるのか?」
搬入口は大きな入り口が三つに分かれていた。一度に何十台ものトラックが、荷物を降ろせるようになっていたのが、ゲートの向こうに見えた。しかし、まずはゲートを通る必要がある。ゲートは3ヶ所あり、俺は左のゲートに並んだ。トラックは右のゲートにもう一台が停まっていただけだった。
「もう戻ってきたのか?何か問題でも?」
ゲートの透明な板の向こうから、ロボットが話しかけてきた。戻ってきたってことは、ここを出たばかりのトラックだったか。
「ああ、もう一つ降ろす荷物があったのを忘れてた。」
「ん?さっきのドライバーロボットはどうした?」
ゲートのロボットは、人間の顔を精巧に模していない。グレーの金属製で、目は緑のライトで、口は網になっていた。もちろん表情はない。目も口も動かないからだ。
「ああ、急に故障したんで、俺が呼ばれたんだ。昼飯を食べに出たところだったのに、いい迷惑さ。まあ、故障してたから、荷物を降ろし忘れるなんてロボットらしくないミスをしたんだろうが。」
ゲートのロボットは考え込んでるようだ。いや、ロボットは考えないか。データを解析しているのだろう。その時、近くを飛んできた小さな丸い機械が喋った。「お前!ロボットを殺したのか!」
それと同時に警報が鳴り響いた。工場中に聞こえるような大きな音だった。
「ヤバっ!」
助手席の下に押し込んでいた運転席のロボットが、スキャンされて見つかったらしい。俺は焦って、強引にゲートにトラックを突っ込んだ。ゲートの真ん中の辺りが少し凹んだが、強引に突破するには時間がかかりそうだ。
「ゲートを開けろ!」
俺は空中に浮かぶ丸い機械を撃ち落とした後に、ゲートのロボットに銃口を向けた。その間にも、警報は鳴り続けた。
「侵入警報!侵入警報!警備ロボットは至急第3搬入口に急行せよ!繰り返す、侵入警報!侵入警報!警備ロボットは至急第3搬入口に急行せよ!」
というアナウンスも流れ始めた。ヤバい、もう少しなのに!P子さん!
「早くゲートを開けろ!」
「あなたはロボットを殺したのですか?」
「うるせぇ!くそう!」
俺はゲートのロボットを撃ち殺し、その前にあった機械類もニードル銃でめちゃくちゃに撃った。すると、運の良いことにゲートが開いた。しかし、さっき強引にトラックを突っ込んで、ゲートが曲がったせいなのか、完全に開ききってはいない。俺はまた強引にトラックを突っ込んだ。ギリギリだ。こすりながらも、トラックの運転席が全部通過したところで、後ろの荷台がつっかえてしまって、停まってしまった。少しずつ警備ロボットが集まってくる。俺はアクセルを全開にした。トラックは唸りを上げた。後ろの荷台の連結部分が千切れて、運転席と前側の荷台だけがゲートを通過できた。しかしエンジンからは煙が出ている。
「ちくしょう!もってくれ!」
俺は制止しようとする警備ロボット数人に突っ込みながら、工場の中をトラックで飛んで行った。すると、地下まで吹き抜けになってる場所に出た。
「運が良い。」
俺はその吹き抜けを地下に向かって降りて行った。しかし、トラックはそこが限界だった。地下1階の階段に引っかかったところで、いよいよ爆発しそうになったので、俺は運転席から階段に飛び降りた。階段を走って地下2階に降りる後ろで、トラックは爆発した。警備ロボットが上から追ってくる。地下2階に降りると、100mほど先にでっかい溶鉱炉が見えた。50m四方の穴がいくつか並んでいた。中には真っ赤なドロドロしたものが見える。そこに向かって、吊り下げられたロボットが、列を成して落とされていく。頭から吊り下げられたロボットは同じ型のようだ。まさしく、P子さんと同じ型だ。俺はP子さんがいないか、ざっと見渡した。吊り下げられた列の中にはいないようだ。少し離れたところに、吊り下げられるのを待つロボットが、たくさん並んでいた。俺はそこへダッシュした。前から2番目の右から9番目にP子さんがいた!流石だ、これが愛の力ってやつなのか、たくさんのロボットの中から、一目でP子さんを見つけられた。
「P子さん!P子さん!」
P子さんの肩を掴んで叫んだが、もちろん電源は入っていないので、応答は無い。でも、良かった、間に合った、良かった、本当に。
その瞬間、俺は右足のふくらはぎを撃たれた。最初は何が起こったか分からなかったが、倒れて、そしてすぐに痛みがはしった。気がつくとフロアの向こうから、続々と警備ロボットが走って来ている。ヤバい。20〜30体はいそうだ。俺は膝をつきつつ、警備ロボットに向けて、ガムシャラにニードル銃を撃った。最初に装填しておいた分の弾は、すぐに無くなった。腰に着けておいた残りの弾を装填する暇も無く、警備ロボットに囲まれてしまった。すると、その後ろから生身の人間が数人現れた。警備ロボットの指揮をしてるらしい、制服を着た中年の男2人と、スーツを着た初老の男と30代ぐらいの男。そして驚いた事に、丸田管区長がいる。え?丸田管区長?見間違いか?似てるだけか?いや、間違いない。丸田管区長だ!でも一体何故?
「銃を捨てて手を挙げろ!」
制服の男が叫んだ。俺は大人しく銃を床に転がし、手を挙げた。
「どうも、どうも、只野さん、丸田です。どうしましたか?」
いつもの無人島に様子を見に来る時と、全く同じ調子で、丸顔をニコニコさせながら、丸田管区長がこっちに近づいて来る。
「丸田管区長、ですか?」
「はいー、そうですよーそうですよー。どうしましたー?」
「何で丸田さんがここに?」
「いやいや、ちょっとこちらとはお付き合いがありましてね、それでまあ、」
もう目の前にいた。あれ?いつの間にこんなに近くに?そして手には何か小さな透明の丸いケースの様なものが握られていた。
「丸田さん、それは何です・・・、え?」
最後まで言い終わる前に、丸田管区長はその透明なケースを、俺の首筋に押し付けていた。
「何をするんですか!」
ケースの中に、小さな虫が、蚊の様な虫が、何匹か見えた気がした。しかし確認する間もなく、次の瞬間には力が抜けて、意識が遠くなりかけた。俺は必死で丸田管区長の腕を掴んだ。
「一体、何をした!」
すると、次第に毒なのか薬なのか分からないが、それが身体中に行き渡っていったらしい、急に力が漲ってきた。丸田管区長を掴む手の握力は、凄い事になっていたらしい。丸田さんの表情が歪んだ。
「これは何だ?俺に何をしたんだ?」
「いえいえ、ただの鎮静剤のはずですよ。あれ?おかしいですね?痛い痛い痛い!凄い力ですね!ちょっと・・・離して・・・うっ!」
俺は丸田管区長の腕を後ろに締め上げて、ニードル銃を拾い、丸田管区長のこめかみに押し付けた。何か、敏捷性も上がっているようだ。
「ロボットに銃を下ろさせろ!」
右足のふくらはぎからの出血は、いつの間にか止まっていた。痛みも感じない。何の薬を打たれたのか?ヤバいやつなのか?何でもいい、今はここから逃げられさえすれば良い。いや、必ずP子さんを連れて、逃げ切ってみせる。
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