死が二人を分かつまで

時雨ハル

死がふたりを分かつまで

 僕は、彼女に恋をしている。

 白いクリームを纏い、赤い苺をかぶった彼女。言葉を交わすことは少ないけれど、時折見せる妖艶な笑みに、僕はどうしようもなく捕らわれていた。

 けれど僕も彼女も、所詮はショーケースの中に閉じこめられていて。彼女はいずれ、名も知らぬ者に買われていき、そして……ああ、その先は考えたくもない。同じ運命にある僕は恐怖しか感じないのだけれど、驚くべきことに彼女はそれを喜ばしいことと感じているというのだ。

 恐怖に震える僕に、彼女が笑いかける。

 ――怖いの?

 余計な装飾のない真っ直ぐな言葉。それでも、その響きには十分すぎるほどの魅惑がある。

 ――貴女は……怖くないのですか。

 僕は情けない声しか出せないけれど、それでも構わないと思った。彼女の前では、どんな虚栄も無意味だ。

 ――怖くないわ。

 彼女は凛と、しかし色のある声で言う。

 ――私に価値を見いだしてくれるなら、私を買うことで幸福になれるなら……ねえ、それってとても、名誉なことだと思わない?

 ――僕は……そんな風には考えられません。

 ――そう。

 短く返し、彼女はまた笑みを浮かべる。

 ――どちらにせよ、もうすぐ時間よ。

 ふと、彼女の笑みが消えた。今まで見たことのない辛そうな、けれどそれを押し隠した表情。

 いつの間にか、閉店の時刻が迫っていた。それまでに買われなければ、廃棄処分、なのだろう。

 ――私はね、

 彼女の声は、笑っているようにも泣いているようにも響いた。

 ――誰にも必要とされずに捨てられることの方が、怖い。

 その言葉が終わると同時に、来客を告げるベルが揺れる。入ってきたのは若い男性だった。店に入ってすぐに、彼の目は彼女に向けられたままだった。

 嫌な予感は、現実となる。

「あの、このショートケーキ下さい」

 ああ、彼女は、買われていくのか。

 ――お別れね。

 彼女は悠然と微笑んでいた。

 ――嫌、だ。

 絞り出すように言葉を紡ぐと、彼女は驚きの表情を向ける。

 ――行かないで、行かないで下さい……。

 上手く言葉が出てこなくて、そんな子供じみたことしか言えない。彼女は僕をじっと見つめて、悲しげに笑った。

 ――私、あなたのこと嫌いじゃなかったわ。

 それきり彼女は、去っていった。

 ――ショートケーキさん!

 僕の叫びは、彼女には届かなかった。絶望とは、こういうことを言うのだろうか。

 彼女を買った男は、まだ未練たらしくショーケースを覗いている。届かないと分かっていても、僕は彼を睨み付ける。届かないはずなのだが。彼はふと僕に目を向けたのだ。またショーケースを見回して、僕を見る。まさか、という期待が湧き上がる。

「え、っと。じゃあチーズケーキも」

 先ほどまで憎くてたまらなかった彼が、天の使いのように思えた。僕はトレイに乗せられ、それから箱に詰められる。彼女と共に。彼女の言う喜びは分からないけれど、僕は満たされていた。

 いずれ来る死も、貴女と一緒なら恐怖はない。残された短い時を、貴女のそばで過ごしましょう。もう、絶対に、離れないから。


 ずっとずっと、一緒にいましょう。

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