俺の先生の関係は(後)

 改札を抜けて、ここからは徒歩で学校に向かう。というのも、駅から学校は思いの外近い。10分も歩けば着く距離で、しかも一応バスまで出ている。本当に遅刻ギリギリの時は走るよりバスに乗る人もいる。

 俺は切羽詰まってる時以外は、バスの利用はしないけどね。だって金かかるし。

 少し早めの時間ではあるが、それなりに同じ制服を着た生徒がチラホラと見える。うちの学校の遅刻のボーダーラインは、朝のホームルームが始まる8時40分なので、この時間に来る生徒はかなり優秀と言えよう。

 俺はいつも8時半ジャストに着くよう計算して家を出るので、この時間はなんか新鮮だ。登校してる人が少なく、回りに人がいないから圧迫感も少ない。以外にいいんじゃないか、この時間。

 ただ問題があるとすれば、先生の隣を歩いてることか。さっきからチラチラと見られているのを感じる。まあ、真波先生は美人で有名だから、そんな先生と隣を歩いてたら注目したくなる理由はわかる。


「友瀬君、少し離れたら?」


 俺が居づらそうな顔をしていたためか、先生はそう提案してくれる。普段だったら、そうですね、なんて言って離れたかもしれないが、今日はそういう訳にはいかない。


「話したいことがあったんです」

「相談事?」

「相談というか……我が儘ですかね」


 眉間に皺がよって、少し難しい顔をする先生。


「えっと、その……昨日、おかずがどうのって話したじゃないですか?」なるべく回りに聞こえないように、静かに喋る。

「ええ。けどあれは、お断りしたはずだけど」先生も同じように、俺に聞こえる声で話してくれる。

「わかってます。でもそれって、一緒にゲームをしないからですよね」

「そうだけど……それが?」

「一緒にゲームをしないのと、おかずを受け取らないのは、果たして同じなのかなと思って」


 また難しい顔をする。


「俺、先生とまだ一緒にいたいんだと思います」


 素直に気持ちを伝えると、先生は驚いたように目を開いた。


「けどそれは……」

「わかってます。教師と生徒という間では、あまり良くないことだってことも。けれど俺は、まだ先生と一緒に色々ゲームの話したり、何でもないことを話したりしたいんです。一緒にお昼が食べたいんです」

「友瀬君……」

「いつもなんて、いいません。先生にも立場があるし、予定もあるから。でも、それでも待ってます。今日もいつもの場所で待ってます。スマホはしまっておきますけどね」


 没収されたら嫌だし。もうイベントは終わったから、大義名分もなくなったし。

 先生は特に何も言わなかった。伏し目がちになって、前を向いていた。


 言いたかった我が儘は全て言った。あとは先生次第だよな。こればかりは、先生が納得してからでないといけない。俺が決めていいことじゃない。


 学校が見えてきた。一緒に隣を歩きながらも、けれども会話はない。そしてそのまま、俺たちは校門を潜った。


 ~~~


 自分の机の上で突っ伏していると。「おはよ」と鹿嶋の声が聞こえた。顔をあげて隣を見ると、鹿嶋は丁度机の上に鞄を置いていた。

 中から教材やら筆記具やらを取り出しながら、「上手くいかなかったの?」と心配してくれる。


「一応、言いたいことは言ったよ」

「反応は?」

「……いまいちだったな」


 こればっかりは、相手が相手だから仕方ないことだ。


「そっか」

「おう」

「……もしさ」

「うん?」

「……ううん。上手く行かなかったデートしてあげるよ」

「なんでそうなるんだよ」

「可愛い女子と一日遊ぶんだよ? 元気になるでしょ?」


 どこから来るんだよその自信は。と思ったが、これは彼女なりの気使いであることはわかってる。気の使い方に問題はあると思うけど。

 けれどお陰で少し、気持ちは楽になった。


「ありがとよ。その時は頼むは」

「いいよ。友瀬の服をコーディネートしてあげる」

「今そんな金ねぇ~よ」

「そうだったね。じゃあどっか適当にブラつこうよ。何も考えないでさ」

「……そうだな」


 それもたまには、ありかもな。

 始業の鐘が鳴る。それとほぼ同時に、教室に担任の先生が入ってきた。


 ~~~


 昼休み。俺はいつもより重くなった弁当を持って、屋上扉の前に来ていた。普段だったら、この後先生がやって来てゲームの話をするが、今日はどうなるかはわからない。

 むしろ、来ない方が自然というか、当たり前だと思う。相手は先生であり、こうやって一生徒に干渉的になるのは、教師としてのモラルが足りないと判断するだろう。それはここ二日くらいで知っている。


 だけど俺は諦めてはいなかった。来てくれることを望んで、願って、期待している。それが以下に低いことだろうとも、俺はあの人がこの階段を、ヒールの音を鳴らしながら歩いて来るのを待っている。

 とはいえ。一人で黙々と待っているのも馬鹿らしいと言うもの。スマホは来たときのことを考えて出せないから、今度は暇を潰せるものを持ってきたほうがいいかもな。


 ゲーム以外で暇を潰せる物ってなんだろうな……本? 俺あんま読まないけど、それくらいしか考えられないな。一人遊びっていったらゲームだったから、ボキャブラリーが圧倒的に足りない。

 今後ゲームができないことも考えないといけないかもな。さすがに趣味が一つってのも味気ないし。何か新しいものを開拓しよう。


 そんなことを考えながら、弁当を広げ、予備に持ってきた箸入れを手前に置き、手を合わせて「いただきます」と挨拶する。

 いつもよりギッシリと詰まったおかずを見て。食べれるかな……? と少し不安になった。食べ盛りとはいえ、自分に入る量は理解している。思ったより少食なので量は調節したつもりだが、実際に全部食べれるかどうかは、食べてからじゃないとわからないな。


 そんな一人の時間が過ぎていく。

 静かだ。先生が来る前は、こんな感じだったと思う。あの頃に戻っただけだというのに、こうも物悲しいものなのか。

 音というものは偉大なのだなと、ご飯を租借しながら思った。


 それから数分。ゆっくりと食べていると、唐突に何も考えない時間がやってくる。ただぼーっと屋上に続く扉を見て、ただただご飯の味を確かめる。視線だけふらふらと動かしながら、手は自動的に米を口に運んでいた。

 カツン。と、遠くの方で音がなる。手を止めて耳を澄ますと、またカツンカツンと階段を登る、または廊下を歩く音が聞こえた。

 階段の下を覗き混む。まだその人は姿を表さないが、すでに誰が来るのかはわかっていた。ヒールを鳴らしてこんなところにやって来る人なんて、この学校で一人しかいない。


 その人が姿を見せた。綺麗な赤茶色の長い髪、整った顔立ち。真波先生だ。

 先生は何故か顰めっ面で登ってくる。明らかに不服、または怒っているととれる顔だ。来てくれた嬉しさよりも、自然と俺は身構えてしまう。


 先生はそのまま登ってくると、いつものように俺の隣に腰を下ろした。今日は菓子パンがない。すでにお昼は食べてしまったのだろう。

 それから少しの無言。こちらを見るような素振りはなく、こちらもどう対応したものかとわからなくなっていた。

 これって話しかけて大丈夫かな? でも来てくれたってことは、話す気はあるってことだろうし……けれどそれなりに我が儘言ったんだから、怒ってるのは当たり前のような気がするというか。

 なんてゴチャゴチャ考えていたら、「友瀬君」と声をかけられ。冷水を浴びたようにビクリと肩が震える。


「私はあなたにとてつもない怒りを覚えてしまったわ」

「……はい」

「でもそれ以上に、それを良しとしそうな私に怒ってる。とても……それはもうとても」

「……どういうことですか?」


 自分で自分が許せないみたいなことか? けどなんで?


「私は、あなたの事を少なからず好意的に思ってる。それはたぶん、一生徒ではなく、異性としてもゲーム仲間としても」

「はい……えっ?」異性として?

「あなたと話をするのは楽しかったし、こうやって隣り合ってお昼をするのも楽しい。だから教師の範疇を越えることを、自分で許そうとしてる。縁をもう少し大切に扱いなさいと、そう言っている」

「じゃあ!」

「一通り聞いて。……だけどそれで一線を越えてしまうのは、教師の私が許さない。どう取り繕ったってあなたは私の生徒で、私はあなたの教師。それ以上でもそれ以下でもない関係でなくてはならない。つい今朝までは、そう思う自分が勝っていた。だからあなたとの距離を、強引だったけど戻そうとした」

「……はい」

「けどあなたは、私の考えなんてお構いなしに我が儘を言ってきた。あなたは物分かりがいい子だと思ったから、そんなことを言われて驚いた。でもそれと同じくらい、あなたが同じ気持ちだったことが嬉しかった。年甲斐もなく、少し浮かれてしまったわ」


 全くそんな風に見えなかったので、俺は少々驚いている。むしろ困ったような表情に見えたんだけど。


「私が教師じゃなかったら、ここまで悩んだりしないんだけどね。ただの私は、少なくともあなたを受け入れている。けれど教師の私は、やっぱり拒絶してしまっている」

「先生……」

「だからこの時間まで、色々と考えたわ。自分の気持ちと、あなたの気持ち。そしてこれからどうするのがいいのか」

「はい」


 先生は大きく息を吸ってから、俺を真っ直ぐに見据える。俺もそれに応えるように、姿勢を正して先生を見た。


「さすがに毎日は来れないわ。けれど、週に二回。私はここでお昼を取ることにする」

「それって」

「だってそうしないと、私のためにあなたは毎日ここでご飯になるでしょ? それじゃあ友達との友好関係に亀裂が入るわ。私のせいで、あなたを友達のいない生徒にはしたくない。だからこれは妥協案。しかたなくよ」


 妥協案だろうがなんだろうが、また先生と一緒にいられる時間が作れたことに、嬉しさが溢れた。


「めっちゃ嬉しいです」頭を下げて「ありがとうございます」

「……正直に言いますけど」先生を見ると、少し照れたようにそっぽを向いて「私も少なからず嬉しいから」と言った。そこに写ったのは、教師としての真波幸恵ではなく。ただの、一人の女性としての真波幸恵が居た。その表情を見た俺は、顔から火が出るんじゃないかってほど照れ臭くなり、自然と顔を見られないように下を向いていた。


 妙な空気が流れて、二人して無言になる。見かねた先生が咳払いをして沈黙を破る。


「一先ず、水曜日と金曜日でいいかしら?」


 先生がいつ来るかのことだろう。先生がいいなら俺はなんだっていい。


「大丈夫です」

「じゃあ私は……」


 そそくさと離れようとして、咄嗟に「先生!」と引き留めた。


「どうかした?」

「あっの……お昼……もう取りました……よね」

「ええ。それが?」

「その……もしよかったらなんですけど。おかず少し食べていきませんか?」

「えっ? ……ああ、そういうこと」


 俺の言葉の意図を読んだのか。再度座り直して、俺からお箸と弁当箱を受け取る。


「何がお勧め?」

「今日のお勧めは、このだし巻き卵です」

「じゃあいただきます……うん、美味しいわね」

「ありがとうございます」

「本当はいけないことなのよね~」


 だし巻き卵を味わいながらそう呟いた。けれど先生の顔は、どこか幸せそうに見える。


「早速自分にかした約束を破りそうになる。このご飯を毎日食べたいと思っちゃう」

「来る時は、少し多めに持ってきますよ。俺も先生に食べて欲しいところではあるし」

「……甘えたいところだけど、教師としてそこはお断りしておきます。気持ちだけ受け取るわ。だからこれで最後」


 色々と反論をしたいところでは、見惚れるほど綺麗な笑顔をされてしまったので、口から出そうになった文句が飲み込まれていく。

 まあ今はいいさ。これから一緒に食べる時間があるんだ。その時にでも、少しづつでいいから先生にも出来る料理を研究していこう。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」


 弁当箱と箸を受け取り、お互いに頭を下げる。顔を上げた時に目線が合って、このやり取りが妙に可笑しくって笑ってしまった。そんな俺に釣られて、先生も笑う。その表情は、とても可愛らしかった。


 ~~~


 翌日。普段どおり登校してくると、今日は校門の前で服装チェックが行われていた。検査をしている先生を見てか、周りの生徒は校門に差し掛かる前に服装を正している。まあそれもそうだろう。だって今日も担当が真波先生なのだから。

 あの人は普通に話しかけているが、生徒の方はどこか遠慮したような、そんなよそよそしさを残しながらその挨拶に返事をしている。怖いと言えば怖いが、そこまで怯えるほどか? と、鼻を鳴らした。


 校門に差し掛かる。先生は俺に気づくと「おはよう。友瀬君」と、いつもと変わらない平坦な声で挨拶をしてくれた。


「おはようございます。真波先生」

「服装は」

「バッチリですよ?」わざとらしくブレザーを広げて、シャツも入っているアピールをする。

「うん。心配はしてないわ。服装は真面目だものね」

「服装はってなんですか」

「なんでもないわ」


 素知らぬ顔で視線を外す真波先生。服装は真面目でも、校則破ってゲームはするもんね。とでも言いたいのだろうか? というかそれは、先生だって同罪なんですが。

 しかしこんな人目につくところで、そんなこと言えるわけもなく、けれどどうにかしてやろうと思った俺は、通り過ぎ様に「先生も服装は大丈夫ですね」と小声で伝えた。

 キッ! と鋭い目付きで睨まれるので、ビビりながらも通り過ぎていく。

 さすがに調子に乗りすぎたかな。

 反省しつつ教室に向かう。

 校舎に入ったところで、「友瀬」と鹿嶋の声がしたの振り返る。

 片手を上げて簡単に挨拶を済ませ、隣に並ぶ。


「いつの間にあんなに仲がよくなったのよ」

「よくなったって……真波先生と?」

「うん。なんかムカつく」

「なんだよそれ?」


 鹿嶋は眉間に皺を寄せながら「なんとなくだよ」と、どこか怒ったように言った。

 そう言えばこいつ、真波先生の話しするなって言ってたし、もしかしなくてもそんなに好きじゃないんじゃ……。


「嫌いなのか?」


 ストレートに聞いたら、「嫌いじゃないよ」と当たり前のように返ってきた。


「じゃあなんでそんな顔してるんだよ」

「……友瀬には一生かかってもわからないこと」

「だから教えてほしいんですが?」

「ぜっっったいやだ!」


 壮大な拒絶のされかたをした。少し心が痛む音がする。

 時折、鹿嶋のことがわからなくなる時がある。普段は理解のあるいい奴なんだけど、突然不機嫌になるのは一体なんなんでしょう? 今度、同じ女性としての意見を先生から聞いてみよう。


「でっ? なんでそんなに仲いいの?」


 結局最初の話しに戻って来た鹿嶋に、なんて言おうか悩んだ。ただ公にできることでもないので、少しだけおちゃらけたように見せて、「秘密かな」なんて嘯いて見た。

 あの時の鹿嶋の顔は、一生忘れられないと思う。

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先生がゲーム好きなことを俺だけが知っている 滝皐(牛飼) @mizutatu

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