第一章 8 満足して死ねる人生を送れ

「なぜ……拙僧は……」


 未だ何が起こったのかわからず虚空を見つめる三大寺。


「そうじゃのう――」


 三大寺が負けた原因を尋ね、龍之介はとぼけるように、倒れた三大寺 高禅の横に座り、同じみ切った晴れ渡る高いそらを見上げた。


「――わからない。拙僧の一撃は完璧だった。なのにどうして――なぜだ……」


 三大寺では、最後まで理解できなくて当然。


 私も、今持っている全能力を使い、ようやく解析できた驚愕の事実です。

 おそらくは、このすべてを龍之介自身も完全に理解し切れてはいないかもしれません。


 それならば、多生ルールを曲げてでも、教えて上げるのは女神の慈悲なのかもしれませんね――と慈愛溢れる私は、四足でゆっくりと二人に歩み寄ります。


「いや、さっきから言うとるじゃろう? お前さんの一撃がんじゃ」


 軽い? 何を言っているのですか龍之介さん。

 あれだけのことを見事にこなしておいて、誤魔化すなんて……性格悪いですよ?


「拙僧が生涯をかけ編み出した一撃は――そんなにも貧弱だったのか?」

 三大寺が龍之介に聞き返した。


 龍之介は、青い空を見ながら、首を横に振って答える。


「いいや――お前の一撃は確かに完璧じゃった。じゃが、がなかったんじゃ」


「中身?」


 おやおや? おやおや? な、なにやら話がおかしな方向に――


「お前は何も分かっておらんのう。お前は、お前の生きた世界で最強と謳われたんじゃろ? じゃが、お前を最強と言ったのは、『誰も殺そうとしなかった』そんな三大寺 高禅を、みんなは最強と言ったんじゃ」


 あるぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――?


「ワシらのるうこの暴力なんてもんは、簡単に、いつでも、どこでも、誰か傷つけられる」


 龍之介は自身の血にまみて、焼きただれた拳を見ながら続けた。


「じゃけど、お前さんは、それを自制し、誰も傷つけず、ただ己の技を極め、高め続けた」


 な、なにを言っているのですか……りゅ、龍之介?


「自分を律し、厳しい修行に耐え、槍にすべてを捧げるその姿を見て――皆が憧れ『最強』と讃えたんじゃ。自分もああありたいという想いが、お前さんを『最強』にしたんじゃ」


 あぁ――これって――もしかして………


「それが、転生したらなんじゃ! 人を殺してこそ『最強』じゃと? そんなのは三大寺 高禅の一撃じゃなか。そんなのは、だだっ子パンチじゃ。ワシの番長パンチには敵わん!」


 やっぱりこいつ――何にもわかってねぇぇぇぇぇ!?


 そんな原理ありませんから! だだっ子パンチも番長パンチも、パンチには違いありませんから! そこに技術やら筋力の差はあっても、おもいで差とかできませんからァァァァ!


「もし、お前の一撃が――お前の時代、お前をしたった者の想いものせた、三大寺本来の一撃じゃったなら、さすがのワシの番長パンチでも、歯が立たんかったじゃろうがな――はっはっは! いやぁ、あぶなかった!」


 いや! なんでこんな話になってるんですか!? 私のさっきの長々としたこの一話の大半をしめたありがたい解説が、なんか恥ずかしいことになってます!


 もうやめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!


「最後に拙僧の体を殴った時――お主の拳が爆発した。てっきり、あれが女神から賜った『恩恵』の力かと思っていたが……」


 そうです! 大体普通の人間のパンチが爆発するはずないでしょう!


「え? 恩恵ってなんじゃ?」


 いや、それもお前はわかってなかったんかいぃぃぃぃぃぃ!


 もう、カットしてください! 私のあの長い解説全部なかったことにしてください!

 なんか私がすっごい馬鹿みたいです! 恥ずかしいです!


「ふぅむ。いや、だが、拙僧はお主の話に納得した」


 お前もそれで納得するんかいぃぃぃぃぃ!


 私の苦悩を余所に、三大寺は深いため息と、それに対した晴れやかで穏やかな顔に変わる。


「お主には……『感謝』しなければな」


 三大寺は目を閉じ、大切な何かを思い出す。


「お主のおかげで……拙僧は……拙僧を慕ってくれた者を裏切らずにすんだ」

と彼の言葉と同時に彼の体が、光の粒子と共に消失を始めた。


「拙僧は……人を殺さずに済んだのだ……」


 シュヴァリエの死――それは――


「おいどうした! お前さん光りだしたぞ!」


 すなわち、『完全なる消滅』を意味する。


「どうやら拙僧が……冥土へと行くようだ……」


 シュヴァリエは、この世界で生まれた存在ではない。


 ゆえ痕跡こんせきを残すことはできない。


 それが異世界転生のルール。それを、三大寺もちゃんと理解していた。


「お前やっぱりタコだったんじゃろ! 確かテレビで光るタコがいるって言うとったぞ!」


 いや、それタコじゃなくてイカァァァ! お前の世界で光ってたのは、イカだからぁぁぁぁ!


「だれがタコだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ボケェェェェェェェェ!」


 あと、あなたはなんでタコって言葉でキレるの!? タコに対して沸点低すぎじゃないですか!? 致命傷を受けて消滅しはじめてる体で、なんで起き上がれるんですか!?


「まったく、拙僧はハゲと言われても平気だが、タコと言われると無償に腹が立つのだ……」


 私は無償に気になってきましたよ! あなたとタコにどんなエピソードがっ!


「それを何度もタコタコ言いおって。拙僧も落ちたもんじゃ……」


 いや、私は落ち着かなくなってきましたよ! 気になって仕方がなくなってきましたよ!


「しかし、まさか『おもい』と『おもい』がかかった、単純たんじゅん奥深おくぶか奥義おうぎがあったとは――」


 そして、彼の体の消失が進み、彼本来の、魂と同じ、あるべき姿へと変わっていく。


「これに気付けぬ様では、拙僧もまだまだ未熟じゃった。ハッハッハ! いや、実に愉快ゆかい!」


 そうやって高笑いを浮かべる彼の姿。屈託も迷いもない豪快な――

 この好々爺こうこうやの笑顔こそが、彼をたたえ、世界中が死をしんだ三大寺 高禅の――『真の姿』なのかもしれない。


「本当に……なぜ『武』などという、終わりのない道を選んでしまったのか」


 寂しそうに自分に問う三大寺に、龍之介が尋ねた。


「――後悔しとるのか?」


 龍之介の言葉に、老いた三大寺は首を横に振る。


「拙僧にとって――これほど奥深く、これほど難解な道など他にはあるまい」


 そして、私のちょっとした負い目も知らず、彼は後悔とは真逆の、清廉せいれんで――本当に嬉しそうに


わしは大満足じゃ……」

という言葉を残した。


 それは、三大寺が生前最後に残した同じ表情と言葉。


 彼は生前の最後の時――自身の編み出し、見出した数多くの奥義を書に残し、弟子達に問わず、万人に分け隔て無く与え、伝えた。


 それは、いずれ自分と同じように武を求め、極めんとする者のため。己の最強を超える『新たな最強』の登場を信じて、託した願い。


 彼には『悔い』はあったが、満足はしていた。自身の見出した最強の奥義を体得することは叶わなかったが、自分を超える存在――その者のいしずえになれることを、彼はほこらしく思って、死んだのだ。


 そして、転生後、彼は出会う。自分より強い者――神楽木 龍之介かぐらぎ りゅうのすけという自身を遙かに超える最強に。


 きっと彼は、今度こそ、のだろう。

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