第一章 7 女神の単純明快!?解説講座


「同調――シンクロ――解除」


 ――ふう。

 ようやく私は『私たち』との繋がりコンタクトを終え、自分を取り戻すことができた。


 これ、便利なんですけど、どうしても私固有の意識が薄くなっちゃうんですよね。まぁ、そんなことは置いておいといて。


 まさか、こんな結末になるとは思いませんでした。真剣勝負とは、本当に最後まで、わからないものですね。


「拙僧は……負けたのか……?」


 瀕死の三大寺は、まだ自分の敗北がわからない様子で、仰向けに倒れたまま、くうを見ていた。


〈女神のありがたい解説〉


 結果を見てから解説すると、龍之介の勝因はあります。


 一つ目は、拳銃トカレフを使って三大寺を油断させたこと。


 龍之介は三大寺より遙かに進んだ『先の技術世界』のシュヴァリエ。

 だから、三大寺は想像もしていない未来の武器自動小銃を使われたことで、あれを女神が与えた『恩恵』だと勘違いした。


 (龍之介にはまだ話していませんでしたが)シュヴァリエのランクには、ちゃんと意味があります。☆の数は、『私』が与えた恩恵や神具の数です。


 つまり☆3の三大寺には三つ、☆1の龍之介には一つの固有の超常能力恩恵神秘道具神具を、『私』は与えています。


 もちろん、チュートリアルを最後まで受けた三大寺はそれを知ってます。


 知っているからこそ、龍之介の拳銃の一撃を見て、三大寺は龍之介が、まさに今、そのを使ってきた。


 そして、自分はそれを見切ったと油断してしまったんですね。


 その結果、彼は龍之介の真の恩恵を知らないまま、不用意に間を詰めてしまった。


 二つ目は、龍之介が三大寺の『塵芥』を完全に破ったこと。


 ます、先ほどから述べているように、三大寺の恩恵の一つ『塵芥』――この恩恵の真髄なかみは『威力の拡散と物理法則の無視』。


 通常、万物の力の衝突には、神が作った物理法則ルールに基づき、『運動量保存の法則』と『作用・反作用の法則』がついて回ります。


 そして、その物理法則が抵抗力となり、威力を分散・浪費させ、放った衝撃に無駄ロスを生んでしまう。


 しかし、三大寺 高禅は、その現象理論すら確立されていない時代に、その原理を体で感じ取り、その力を無視して、対象だけに一撃を通すことはできないかと考えた。


 え? ありえない? 物理学的に不可能?


 いえいえそもそも、この広い宇宙、いえ無量大数に等しい世界に、ルール破りの例外事象なんて、いくらでもあるんですよ。


 若かりし頃の彼が、その奥義を思いついていたのなら、持ち前の高速の体重移動と槍捌きの技術、さらにその直向きな努力によって、『破壊はかいの奥義』を実現できたのかもしれません。


 ですが……悲しいことに、三大寺がその理論を思いついたのは、病に伏していた晩年。


 その時、それを体得する肉体も、会得するための時間も、三大寺には残されていなかった。


 しかし、『彼を見出した私』が、こんなを利用しないわけがありません。『私』はこの逸話を元に、この『塵芥』の能力をデザインし、恩恵として三大寺に与えました。


 まぁ、そこには、『若かりし活力に溢れた肉体を取り戻した彼が、努力してもこの奥義を会得できないかもしれなかった』という、悲しい結末を迎えないための――慈悲がありました。


 さて一方、龍之介の恩恵。それが、三大寺に止めを指したときに明確になったあの単純明快たんじゅんめいかいな能力『ブラッド・バレット』。


 これは、三大寺の塵芥ほど複雑でもなんでもありません。


 名前そのまま、龍之介の『血液が爆発する』というシンプルな能力です。


 着火は龍之介の意志。燃料は彼の血液。


 もちろん爆発の痛みは、自分にも降り注ぎます。

 つまりは完全なる攻撃特化。諸刃の剣。自爆特攻。


 一歩間違えれば、自分ごと爆発させかねないところが、彼の愛銃トカレフとマッチして我ながら良いデザインです。


 ふむ。三大寺の塵芥とはうってかわって、これ以上、大して説明することがありませんね。


 だが、龍之介はこの塵芥を完全に見切っていた。


 おそらく、塵芥の一撃目を見たとき、龍之介はこの防御不能なはずの『塵芥の発動条件』を、正確に把握したのでしょう。


 『塵芥の発動条件』とはなんなのか。


 それは、三大寺の特定の構えから放たれる槍の一撃――その一撃を対象に、ぶつけなければならない。


 だから、槍の一撃が『当たらなければ発動しない』。故に防ぐには、回避すればいい。

 だが、もうひとつ。放った一撃が、『対象に伝わらなければならない』。


 塵芥の二撃目――龍之介が塵芥を受け、後方に吹き飛ばされたと思われたとき、龍之介は三大寺の一撃を避けられないと感じ、わざと槍に向かって突進した。


 そして槍の一撃を受けたとき、そこから全力で踏み込んで、更に背中の血液を爆発させ推進力に、槍と衝突した部分を爆発させ破壊力に変えて、槍の威力よりも強い力でぶつかった。


 槍の威力が伝わらず、相殺されたのであれば、塵芥は発動しない。


 ですが、槍の威力を相殺しても、龍之介の一撃には反作用がかかる。


 振り子同士が同じ高さの位置からスタートしてぶつかったとき、互いがはじき飛ばされるのは、反作用と運動量保存の法則の結果ですよね。


 しかし、塵芥には――三大寺には、それが働かない。

 だからあの時、三大寺はその場に止まり、加えて槍と衝突した部分の爆発による反動で、龍之介だけが後方へと飛ばされた。


 二回目――三大寺が龍之介に塵芥を放ち、防がれたあの時――三大寺には不思議な手応えがあったでしょう。その正体がわからず、三大寺も私も何が来たのかわからず、困惑し、激しく動揺した。


 その揺らぎが――防がれた奥義をなおも繰り返すという、愚挙に繋がった。


 そして、三つ目。ここまでの説明を聞いて、もう誰もがわかりきっている、最後にして


 それは龍之介が、こんな超常現象おんけいを、感覚的に理解し、さらに一度の試運転もなく、知らないはずの恩恵まで命のやりとりで使いこなし、応用までして見せた、三大寺とは比べものにならないほどの『才能』を持っていたこと。


龍之介のこれは――数々のシュヴァリエのなかでも、はっきりいって規格外です。


 まず、龍之介が異世界に転生された時のあの出来事を見ていた私は、気付くべきでした。


 あの時、呼び出したマジェスティであるヘタが気絶し、スターヴ・ドッグに襲われたあの時点。龍之介は、私が与えた加護のステータス向上能力を、今までの人生で備わっていなかった身体能力を、戸惑いはしながらも見事に使いこなしていました。


 生前持ち得なかった『加護のステータス向上』や『死ぬ直前の姿とは別の全盛期の肉体』を手にし、その変化に戸惑うシュヴァリエは多い。


 しかし、そのほとんどが、数時間、いや数十分での修練で自分のものにする。


 だが、龍之介は違う。彼のチュートリアルは途中だった――にも関わらず、転生後に瞬時に理解し、体が適切に動いていた。


 加えて発動の仕方も分からないはずの『ブラッド・バレット』を、龍之介は本能的に理解し、適切に操っていました。


 おそらく、一流のスポーツ選手や武術家、達人が持つ、思い通りに自身の体を動かす技術(ボディコントロール)と呼ばれるものを龍之介は持っている。


 それは、気の遠くなるほどの修練、忍耐で会得できますが、ある程度は生まれ持っての才能によってはじめから手にしている能力です。


 ですが、龍之介はこの力がずば抜けている。それこそ、修練なんて必要ないほどに彼は自分の体を思い通りに動かせる。


 おそらく人はこれを持つものを――『天才』と呼ぶ。


 さらに、才能はこれだけでなく、放たれた『塵芥』を自身の体で受け、体験したとき、にまで龍之介は気がついていました。


 『塵芥』の弱点。それは、三大寺が塵芥を発動させ、愛槍『鬼蜻蛉オニヤンマ』から放つ、刹那の時。技に力が伝わる始点の、わずかな瞬間に『零の状態入力時間』が発生することです。


 この『零の状態入力期間』の時に、龍之介は三大寺が槍に込め放つ力より、強い力をブラッド・バレットを使って加わえ、『塵芥』が発動する方向と対象を三大寺の意志から奪い取った。


 その結果、塵芥は龍之介ではなく三大寺を対象にし、結果、三大寺が持っていた槍が自壊し、そのまま三大寺に襲いかかった。


 これは――恩恵を与えた『私』すら予期していなかった弱点。攻略法。


 ですが、私は責められない。こんな技は普通はできない。


 そもそも、一撃必殺の塵芥を見ただけで理解したとして、自分を信じて死に向かって突進していける馬鹿なんて、シュヴァリエの中にだって希有まれなはずです。


 ましてや入力時間は、刹那――瞬きほども許されない一瞬しかない。


 その刹那の時間を見切り、命をかけた勝負のやり取り――その極限状態で、龍之介は、勝つためにさらに一歩踏み出した。躊躇いも迷いも許されない。


 これをおそらく――勇気と呼ぶのでしょう。


 龍之介は、確か、どこかの島国出身のチンピラ程度の存在のはず。


 死に際に『武』としての偉業を僅かに果たしてはいるが、本人の言うとおり、たいしたことなど何もできていないはず。


 なぜ、これほどの――三大寺すら遙かに及ばない才能を持って生まれてきたにもかかわらず、龍之介はその程度しかできなかったのか。


 それだけが――私と三大寺の龍之介に対する大きな誤算でした。


                               <解説終わり>


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