第一章 6 血の弾丸<ブラッド・バレット>

 彼の内ポケットに入っていた得物ぶき。それは彼が生前に最後まで所持していた愛銃トカレフ


 トカレフは暴力団にとってはありふれた自動拳銃。

 その銃の最もな特徴をあげるなら、それは『安全装置がない』ことだろう。


 唯一、撃鉄げきてつをハーフ・コック状態にしておくことで、発射を防ぐ状態になるが、それは確実な安全装置とは言えない。つまり、携帯しているだけで、常に暴発が付きまとう危険な拳銃といことになる。


 だが、その危険性と引き換えに、龍之介は瞬時に、最小限の動作で引き金を引くことができた。


 つまりは、中ポケットから銃を引き抜き、狙いを定め、引き金を引く。

 そこに安全装置の解除も、銃弾の装填も、撃鉄を起こす必要もない。


 撃鉄が雷管らいかんを叩き、銃弾が銃声と共に発射される。


 予備動作の少なさ、勿論、達人、三大寺の槍の動作をもってしても、比較にならないほど、簡略化されている。

 銃には、体に作る溜めも、型も、体重移動も、力すら必要としない。


「なにぃぃぃ!」


 高禅も見たこともない現象こうげきに声を上げる。


 三大寺の生きた時代には、黒色火薬に類似するものが存在していない。


 トカレフの銃弾の目にもとまらぬ速さ。銃弾の初速は420m/s。運動エネルギーは350ジュール。さらに銃弾には貫通力がある。当たれば人を――加護で身体ステータスが向上しているシュヴァリエといえども、殺すことができる――正真正銘の凶器。


 弾丸は真っ直ぐ一直線に三大寺高禅の額に向かって突き進む。狙いも問題ない。前述した最低ランクが高ランクのシュヴァリエに勝つ条件であり、これが『不意打ち』!



 だが、銃弾は三大寺高禅に当たることはなかった。



 確かに三大寺は動揺していた。

 だが、高禅の構えた槍の間合いの最先端に、銃弾の弾芯が触れた瞬間――槍は彼の思考、意志とはまったく別に銃弾これの殺意を感じ取り、固い槍先が最速最短の動きで、銃弾を弾き飛ばした。


 弾かれた弾丸は、その方向を大きく変え、三大寺とは別の、どこかの壁か何かを打ち抜く。


「――なるほど。これまた珍妙な……」


 これが三大寺 高禅の恩恵とは別の、体得した技術と力量。


 先ほど一瞬で龍之介との間合いを詰めた移動術の奥義『縮地』に加え、無意識に体を動かす奥義『無我』――どちらも達人のみが、その生涯を費やし体得するものを、この男はあきれるほどの修練の末に、体得している。


なまりか何かを、僅か指先のみの動作で、しかも信じられないほどの速度で打ち出してきおった。あの一撃を受けていたら、この頭蓋ずがいなんぞ、ひとたまりもなかったであろうな……」


 だが、無論自分には通じないという含みがある。


 そして、今の攻撃が二度と彼を脅かすことはない。


 不意打ちでこそ成功する龍之介の切り札は、あっさりと受け止められ、見切られてしまった。


 高禅はもう二度と、トカレフの銃口の先に立つことはないし、次は彼が狙いを定め、引き金を引くより早く、今度は彼の槍が龍之介の頭蓋に突き刺すことになるだろう。


 これが本当のシュヴァリエ。人を超えた達人の御業みわざ


化物バケモノ染みた反射神経じゃのう……」


 龍之介のあの笑みが薄らぎ、感心した表情をする。


 これで、もう決着は着いた。


 私に不満があるとすれば、龍之介が軽はずみに忠告し、出し惜しみをしたこと。

 龍之介が銃を取り出す際に、意味深げに内ポケットに手を入れ、示唆しなければ――三大寺は警戒も、構えもとらなかったかもしれない。


「互いの手もだし晒し尽くした。では、今度こそ、我が全霊の一撃を――」


 そして銃を取り出し、引き金を引いた時――龍之介が引き金を一度ではなく、込められた銃弾、そのを三大寺 高禅に撃ち込んでいれば――もしかしたらその銃弾の一発が彼の繰り出す槍をすり抜け、三大寺に致命傷、もしくは深手ふかでを負わせられたかも知れなかったのに。


「いざ、尋常に――勝負!」


 高禅が再び『縮地』で龍之介との間を詰める。

 時が止まったかのように、簡単に、二人の間は一瞬で詰められる。


「破ァァァァァァッ!」

 繰り出される槍の切っ先に対し、龍之介は身をひるがえす。


 先ほどは、この身のこなしと足捌きで、彼の奥義『塵芥』を紙一重で回避した。


 だが、今度は違う。空中を高速で動く蠅を狙う蜻蛉のように、六角の槍の先端が滑るように追尾ついびし、龍之介に衝突――その威力を物語るかのような爆発!


 同時に、龍之介は突かれた先へと真っすぐに吹き飛ばされ、背後、遠くのくずれた壁を突き破って、廃れた家屋の奥へと姿を消した。


 この瞬間、黙りこくっていたヘイザードは飛び上がり、


「ほっほっほ! 結構結構! 所詮☆1なんぞ、私のシュヴァリエの敵じゃありません!」

と拍手と喝采を持ってヘイザードは勝利を宣言をする。


 ヘタとニーナは青ざめた表情でその光景を呆然とみている。


 だが、私と三大寺高禅には――衝撃が走っていた!


「ば……ばかな……」


 さすがの三大寺も、信じられないと言った様子で狼狽えている。


 それも仕方が無い。私から見ても、確かに『塵芥ちりあくた』は決まったように見えた。これに加えて、さらにその腕に手応えのあった三大寺なら、なおのこと。それなのに――


 バラバラと崩れ、吹きこぼれる砂埃。その埃に、うっすらと黒い影が映る。


「痛てててて……ったく。ワシの一張羅スーツが埃まみれのボロボロじゃ……」


 そして、崩れた家屋の中から龍之介が、しかもまだまだ余裕があると言わんばかりに、自らのその足で出てきた。


 塵芥を受けたにも関わらず、龍之介は五体満足。いや、背中にかすり傷が少々。


「拙僧の……一撃必壊いちげきひっかいの至高の奥義、『塵芥』が防がれた――だと……」


 逆に傷一つない高禅は、一切の余裕がなくなった。


 それもそのはず。自身の生涯をかけ、さらに転生して、ようやく手に入れた最強最終奥義が、あの龍之介には、その一切が通じなかった!?


「わからんのか? お前さんの言う一撃なんぞ、ワシにとっては屁でもないわ」


 龍之介はスーツについた埃を手で払いながら続ける。


。そうじゃのう……お前の力なんぞ、ただクラスメイトの弱虫ッ子に振るう小デブのイジメッ子パンチじゃ。そんなんじゃあ、鹿喰かじき中学全校生徒を背負ったことのある番長ワシには勝てん」


 三大寺の一撃が軽い? そんなはずはない。三大寺に与えた身体ステータス強化の加護は、龍之介の倍以上!腕力差だけでいえば子供と大人ほども違う。


 なぜ――確かに、槍は龍之介に突き刺さっていた。『塵芥』の発動条件も満たしていたし――待ってください……何かを見落としているような。


 『塵芥』の発動条件……万物必壊のあの恩恵は、力を伝えなければならない。

 つまり、防ぐには回避するしかない――当たらなければ発動しない。


 だが、発動条件はそれだけじゃないのでは――?


 現に龍之介は攻撃受け弾き飛ばされた――いや、なぜ龍之介はその場で粉微塵にならず、弾き飛ばされた?


「なんじゃ? 槍の名人とまで謳われたお前さんにも、まだわからんのか?」


 こうして、たっぷりの挑発を言葉に込め、龍之介は始めて、かまえを見せる。


 二つの拳を低く構えた、ノーガード。

 前足に体重をかけた思い切った前傾姿勢。

 晒された急所アゴがまるで、と三大寺を挑発する。


「来いよ殺人狂タコ野郎! お前のへなちょこ奥義なんぞ、ワシの拳骨げんこつでぶっ飛ばしてやる!」


 三大寺とは対極の隙だらけの型。

 しかし、龍之介の固めた拳が、三大寺の殺気同様に、いや、それ以上に周りの空気を陽炎のように歪ませる。


 そして、三大寺が龍之介の言葉に我を取り戻す。


「我が槍を……ここまで馬鹿にされたのは初めてだ――許さん!」


 同時に3度目の『縮地』! いや、今までよりも、さらに鋭い!!


「剛ォオオオオオッッ!」


 そして、鬼蜻蛉オニヤンマの先端が、晒された龍之介の顎を捕らえ、唸りを上げる。先ほど同様、再びその場で爆煙し、あたりに衝撃が空気に拡散かくさんする。


 見守っていた私、ヘタ、ニーナ、そしてヘイザードは吹き荒ぶ土埃に二人の姿を完全に見失った。


 砂塵さじんの中……私たちは勝負の行方……その結末を待っていると



「手ごたえあり!」



 高禅の言葉だけが、高らかにその場に響き渡る。

 三大寺にも、舞う砂塵で龍之介の姿は見えない。


 だが、三大寺には、今度こそ塵芥が発動した『感触』があった。


「南無阿弥陀仏――」


 勝利を確信した高禅は念仏を唱える。


 それが、己の一撃により、粉微塵となって消えた龍之介に対する、わずかに残った慈悲じひなのか――


「――言うたじゃろ。ワシに念仏は必要ねぇ!」


 砂塵が吹き飛ばされる。


 そこには龍之介の姿が確かにある。

 三大寺の槍は彼の顔面を突いてはいない。


 彼のその――右拳に衝突している!


「なにぃぃぃぃぃぃ!」


 そしてその直後。

 彼の愛槍『鬼蜻蛉オニヤンマ』を――逆に粉微塵に粉砕した!!


 そうか! わかりましたよ! 龍之介が狙ったのは、『塵芥の入力時間』!

 そしてあの龍之介の隙だらけの構えは、三大寺の攻撃を誘う誘導だったですね!


 それならば今の現状の説明が付く。そうだ。確かに塵芥は発動していた。

 龍之介にではなく、彼の手にある『鬼蜻蛉』に、『塵芥』が発動していた。


「うおっ!?」


 『塵芥』を熟知する三大寺は、その刹那の動きで、槍から手を離す。

 あと少し、もうほんの少し手を離すのが遅ければ、槍同様に三大寺も粉微塵になっていた。


 勝負あった。自慢の愛槍を失った槍使い武術家に何ができようか――と普通は思う。


 だが、三大寺は違う。もはや彼は、誉れ高き槍使いではない――


――ただの殺人狂だ。


ァァァァァァァァッ!」


 槍を完全に失ったその直後に、三大寺はすかさず手にある自慢の拳を握りしめ、隙だらけの龍之介に殴りかかっていた。それは恐るべき執念と殺人衝動さつじんしょうどう


 彼は破れるわけにはいかなかった。


 彼は


 だが、その狂気の拳さえ、空を切る。


 超人的な反応で、龍之介はさらに体勢を低くし、三大寺の拳を躱した。

 そしてそのまま、下半身に溜めた力を、膝のバネを使い解放する。


「唱えるなら!」


 振り上げられた『返す刀の一撃アッパーカット


 彼の左拳が再び閃光となり、三大寺の顎を貫くと、同時に爆発!


「ぐああああああああああああああああああ!」


 百キロを超える三大寺の巨体は、天高く吹き飛ばされ、


「自分に唱えてろっ!」


 着地と同時に合わせた『止めの右の一撃チョッピングライト』!


 さらに爆発!!


 三大寺の巨体が地面に叩きつけられ、鈍く砕ける音が辺りに響く。


「ひぃぃぃぃぃぃい!ワタクシのシュヴァリエがァァァァァア!」


 そして、このヘイザードのその悲鳴ゴングをもって――



 神楽木 龍之介 バーサス 三大寺 高禅の死闘は決着した。

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