第一章 5 龍之介(チンピラ) VS 三大寺(槍の化身)


「同調――シンクロ――」


 『すべての私』と私が繋がる。


 その中から、この槍のシュヴァリエ『三大寺 高禅さんだいじ こうぜん』の情報だけを検索――終了――解析―――完了。


「昨日は見事に間を外されたので、退散したが……あのとき、最初に見た時に、拙僧は確信していた。貴公とは必ず殺し合う運命さだめだと……」


 三大寺が龍之介の周りをぐるりと歩く。


 そして、龍之介と三大寺、互いが村の通りに向かい立つ。


 その二人の光景を、ヘタとニーナ、ヘイザードが両雄に別れて見守る。

 三大寺 高禅――龍之介とは別の世界の住人。


 とある世界のとある時代――大陸一の城下町じょうかまちにて。

 一人の槍の僧が話題を集める。


 『武』がただの見栄や趣味となり果てた時代にも関わらず、その一人の僧は。まるで取り憑かれたかのように――時代に逆行するように――槍の修行だけに没頭した。


 そしてそれは早々に実を結び、さらに時間を経て昇華され、噂となった。


 彼こそ大陸で知らぬ者なしの『真の武人』なり――と皆が讃えた。

 彼は大陸で歴代でも最高峰『最強』の槍使いとなった。


 高禅は背に置いた武器を取り出し、構えをとって、前に突き出す。


「これは拙僧が愛槍あいそう鬼蜻蛉オニヤンマ』」


 三大寺は自分の自慢の『武』を見せつける。


「『槍』と言うには、やいばが着いておらんぞ?」


 龍之介の言うとおり、三大寺のその槍には、先端にあるべき凶器がない。


 それはただの――


「いかにも!この『鬼蜻蛉オニヤンマ』には、槍頭やりほがない。つまりは――ただの頑丈な棒でござる」


 だが、高禅はそのことに対し、何の引け目もなく、不貞不貞ふてぶてしく語る。


「拙僧が生きた時代は天下泰平の世であった。故に平和を生きる者を脅かす行為――いかなる理由においても、人を殺生することは禁じられていた」


 彼は愛槍を地面に突き刺し、仁王立ちとなって、生前成した、その誇りに語る。


「それは武に生きる拙僧とて同じこと。武術など……このまま廃れてしまうと、その時代、誰もが思った」


 三大寺 高禅は生まれる時代が悪かった。


 もしも、大乱の時代に生まれていたのなら、間違いなく『武術家』ではなく『英雄』か『豪傑』になっていた。


 その時代が平和でさえなければ――


「しかし、それでも拙僧は時代ながれに抗い、武を求めた。求め続けた。日々鍛錬たんれんし、日々がれ、日々愛し続けた」


 岩ほどの拳を固め、龍之介に「どうだ!」と言わんばかりに見せる修練の成果――その拳、体だけ見ても、凡人に辿り着ける領域ではない。


 それほどに、三大寺には無駄がない。研ぎ澄まされている。


「いつしか門下が増え、拙僧は数々の奥義を編み出し、ついには最強の槍術使いとまでうたわれた」


 三大寺はそのまま、見せつけた拳を解き、突き刺した槍を手にして、改めて構えを取る。


「故に――槍穂がないと侮るなかれ――」


 その先端の延長線が、真っ直ぐ、龍之介の喉笛に突きつけられる。龍之介に与えるプレッシャーは、尋常ではない。


「……確かにのう。その槍には確かに、凶器がついとるな」


 龍之介の言うとおり。その先端には、触れれば『なにもの』であろうが、砕き破壊してみせるという凶器狂気が備わっている。


「さらに……我が編み出した『究極の奥義』もお見せしよう――」


 三大寺の背後に気迫オーラのようね蒸気が浮かぶ。

 それに相対しても、未だに龍之介の表情には余裕がある。


「なんじゃ――勝負の前に坊主のタコ踊りでも見せてくれるのか?」


 その飄々ひょうひょうと発言か、龍之介の態度か、その両方か。


 瞬間、さらに三大寺の気は大きく膨れ、背後がまるで陽炎のように禍々まがまがしくゆがむ。


 これは昨日、龍之介が感じた三大寺の狂気とも言うべき『殺気』の具現した姿。


「1度目は知らぬこと――許そう。だが、2度目はない!ワシをタコと言うなァァァァ!」


 三大寺が怒号を上げ、飛び出した瞬間――二人の距離は十二分にとられていたにも関わらず、まるでシーンが十コマほど途切れたかのような現象――互いの距離、その間合いが一瞬で詰まる。


「破ァァァッ!」


 そして間髪入れずに、三大寺はその手の槍を振るった。

 正確無比、余分なものをすべて削ぎ落としたかのような――最速最短の動きで突き出す。


 槍は、僅かに龍之介が身を躱すことで外れ、龍之介の後ろにある家屋の壁に衝突する。


 紙一重で避けた龍之介だが、それはギリギリ避けられるほどの余裕を、三大寺は、わざと与えたに過ぎない。

 そして、当たらずも、三大寺のその一振り――それだけでも、並の達人では届き得ない見事な形と、その一撃が壁に響く。


 空振り――打ち損じ――否、それだけでは終わらない。


「こいつは――」


 放った槍の一撃は、湖の水面みなも全体へ伝わる波紋のように、衝突した壁だけでなくそれに触れる窓、屋根、柱……放たれた壁に接する家屋のすべてに……連鎖的に伝わっていく。


 その後、家屋は音を立てながら、崩れはじめ……瞬く間に全壊し、小さな瓦礫の山へと姿を変えてしまった。


 普通の現象ではない。まさに奇跡の技。


「これぞ、我が槍、至極の奥義――」


 そして、この奇跡これこそが、加護の様な身体ステータスの底上げではなく、それぞれのシュヴァリエに『私』が与えた『恩恵』。


 恩恵とは――彼ら、彼女らの持つ逸話、伝説を形にし、超常の力として私がデザインし、与えた唯一無二の特殊能力。


 そして、三大寺 高禅に与えた恩恵それこそが


「万物必壊『塵芥ちりあくた』――なり


 触れるものすべてを粉砕する、まさしく『破壊の奥義』。


「…………」


 さすがの龍之介もその威力、光景みわざに言葉を失ったようだ。

 再び距離を、先ほどよりさらに一歩だけ間を空けた。


 龍之介も、気付いたはずだ。今の攻撃はすべて武術家特有のデモンストレーション――つまりは見せるための攻撃だ。


 そして、これらはすべて、三大寺 高禅の武人としての誇りであり驕り。すべてを曝け出し、不意打ちではなく、正々堂々と勝負し、勝利するという彼の流儀自己満足だ。


「――三大寺!少し待て……」


 ここでヘイザードは、この二人の勝負を中断する。

 三大寺はまたしても間を外された、といった不満の表情で口元をへの字にした。


 だが、それでも自分の主人であるヘイザードの言葉に従う。


「そこのシュヴァリエ……見れば貴様、まだ未契約の『野良シュヴァリエ』じゃないですか?」


 同じく間を外された龍之介も、不満顔ながらも構えを解いて、ヘイザードの話を聞いた。


「☆1とはいえ、シュヴァリエはシュヴァリエ。この世界では、貴重な存在です。盾に使えば肉壁くらいの役割にはなるでしょう」


 最低ランクとはいえ、私が選び、作り出したシュヴァリエを、ただの奴隷商人風情が肉壁扱いとは――身の程知らずめ!


「どうです? 私と契約いたしませんか?」


「――なっ!」

 ヘタが驚いた声を上げた。


 だが、そんなヘタを無視して――いや、気にも止めずに、ヘイザードは続けた。


「どうやら……にわかには信じられませんが、お前はそこのガキに召喚された様ではないですか。先ほど言っていたそのガキの大望は、姉と一緒に幸せになりたいなどと言う小さなもの……。小さい小さい。大した目標もなく漠然と幸せになりたいのであれば、一人でなっていなさい」


 ヘタを指さしケタケタと見下すヘイザードを、龍之介はただ見据えた。


「それに比べ、私の大望――それは『お金』です。私はお金が大好きです。誰よりもお金を手にし、誰よりも惜しげもなく使いたい!あらゆる快楽を買い、あらゆる贅を尽くしたい!」


 語るヘイザードに龍之介も三大寺もまだ黙したまま。

 それを良いことにヘイザードは更に調子に乗り、饒舌じょうぜつに語り始める。


「私は世界一のお金持ちになりたいのです!どうですか!シンプルで素敵でしょう!私の大望!どうですか!私の野望!熱望!切望は!」


 この男もまた、なかなかの――


「もちろん、あなたにも、快楽と贅を味あわせてあげましょう。お金で買えないものなど何もない!どんな物も、人の心も、愛も、仲間も、幸せも、なんでもかんでもお金は買えるのです!それを最も持っている者こそ――すなわち『神』なのです!」


 愚かもの! 金を女神と同列にするなど、浅ましいにもほどがある!

 私はそんなに安い神ではありませんよ!


「迷うことなど、何もないでしょう。あなたはただ私に仕え、その娘をこちらによこせばいい。そうするだけで――」


「――わからんのう。さっぱりわからん」


 ようやく、龍之介がヘイザードの言葉を切り落とす。


 ヘイザードも馬鹿だ。馬鹿な龍之介に長話は無意味。

 この男に伝えたいなら、三行三十文字以内に収めてなければなりませんよ。


「お前の大望が、ヘタの大望より大きいというのが……それがワシにはさっぱりわからん」


 おっと失礼。ちゃんと話はわかっていた様子。


「お前の大望こそ、所詮お前だけのものじゃ。ワシから言わせれば、そっちのほうが『一人でやってろ』って話じゃ」


 ぽかんと開いた口のふさがらなくなったヘイザード。


「じゃが、ヘタの大望は違う。自分だけが幸せになるなんて、意味がないと吠えた」


 そして龍之介はヘタの方をみる。ヘタは少し恥ずかしそうに目を伏せたが、


「ワシはそっちの方が立派じゃと思う」


 すぐにその言葉に顔を上げ、目を開いた。


「なっ! ☆1のシュヴァリエと私の☆3シュヴァリエが戦えば、ランクが高い者が勝つのが必然! すなわち貴様の死なのですよ! 命が惜しくないのですか!?」


 狼狽ろうばいし言葉をあらげるヘイザードに


「知らんのか? ワシらは一度、死んでいるじゃぞ? いわば、この人生はただの――」


 そのたぎる拳を固め、


「――そんなもん……これっぽっちも惜しくはないのう!」


 龍之介は高らかに笑う。その目には、何の後悔も、何の躊躇ちゅうちょもない。


「こいつは狂ってる! こんな大馬鹿者見たことがない! 三大寺! こいつを殺せ! 貴様の槍でこいつを、粉々にしてしまいなさいぃぃぃぃぃぃい!」


 龍之介の態度にヘイザードは、無様な叫びを上げる。


 だが、高禅はその龍之介の応えには、どこか満足げな顔をしている。


「逆に、聞きたいんじゃが……三大寺――お前さんほどの男が、なぜこんな奴に仕える。お前さんの振る舞い、その偉業を聞けば、お前さんこそ、こいつの大望カネとは無縁じゃろ」


 龍之介は首を傾げて尋ねた。


 龍之介の言う通り――三大寺の人生、その武に捧げた精神には、彼の体同様、金貨などを求めるほどの贅肉ぜいにくはついていない。


 すると、高禅は、低く静かに――その内に秘めたものを語り始める。


「拙僧は生前――最後まで誰も殺さなかった。無殺を貫き、三大寺流の槍術は人を殺さず、活かす『活人の術』とまで讃えられた」


 それは武術家にとっては誇り高きほまれ。


「だが、拙僧はずっと自分に説いてきた」

 しかし、武人にとっては違う。


 そもそも、その人生に悔いも無く、満足していたのなら――


「人を殺さずして、なにが武術か! なにが最強か! 武術とは『殺生の術』! 最強とは、強者きょうしゃを討ち果たしてこそ! つまりは人を殺してこそ!」


 満足できていたのなら――異世界になど転生しない。


「――故に、拙僧はあの女神に願った」


 彼の目指した武とは――


「転生し! 今度こそ、多くの『人間を殺したい』!」


 暴力ぼうりょく。つまりは殺しを目的とした、人間の本能の一部闘争本能


「剣豪を! 戦士を! 術師を! 達人を! 猛者を!」


 高禅の気が膨れ上がる。

 目が血走り、口元は歪み、清廉せいれんだった彼の姿が、禍々しく狂う。


「男も! 女も! 子供も! 老人も! 赤子も! ありとあらゆる人間を殺してみたい!」


 三大寺 高禅――彼は、狂ってしまっている。


 生前は清廉潔白で、槍一筋を貫き通した三大寺を――『私』が与えたシュヴァリエとしての第二の人生が変えてしまった。


 その秘めていた狂気を解放し、彼の魂を濁らせ、歪ませてしまった。


「主の願いは人の強欲! それすなわち敵を作る悪鬼羅刹あっきらせつ! これほどの極悪人ならば、この男の命を狙う者も多いはず! そう確信し、拙僧は契約したのだ!」


 三大寺は、敵が多そうだからヘイザードに味方する。そうすれば、殺す相手に困ることはない。彼の目的は闘争という経緯であって結果ではない。

 自分の槍を振るう場にこそ興味あって、その後の結末に感心なんて微塵みじんもない。


「そしてそれは、間違ってはいなかった! 喜べ! 貴公は我が歩む第二の人生! その覇道はどうの誉れ高き一人目の男!」


 三大寺の口ぶりからわかるように、彼はまだこの世界に来て日が浅い。

 龍之介より少しだけ――五日ほど早く、この世界に来た程度。


「貴様もまた武の道を歩む者ならば! この槍に挑んで見せよ!」


 だが、異世界転生した時期など、どうでもいい。


 彼の経歴、功績、加護かご恩恵おんけい――なにをとっても、どこを見ても、この神楽木 龍之介個人が勝るものがない。


 そもそも☆1のシュヴァリエが上位のシュヴァリエに勝つことなんて、卑怯な不意打ち、だまし討ち、またはすでに瀕死の状態でトドメの一撃……それも運が良ければ成功するくらいしかない。


 さらに、『私』が与えた龍之介の『恩恵』は肉弾戦用の『超近距離型』。

 その間合いは狭く、槍を得物にしている三大寺とは間合いが違いすぎるし、そもそも龍之介に私は恩恵の説明を完全には終えていない。


 確かに私はヘタがヘイザードと出会った時、それを感じ取り、まだ眠りについている龍之介を起こしたが――そのあと、私の制止を振り切り、あんな劇的な登場の仕方でヘタを助けるために三大寺と相対したのは、龍之介の責任。恩恵の話をしようとしたのに、飛び出していった龍之介が悪い。


 龍之介は圧倒的不利。相性が悪い。さらに、明らかに準備不足。


 それなのに、その差くらい十二分にわかっているはずの龍之介の態度――その余裕は、なおも微塵も揺らがない。


 むしろ、増長しているほど……彼は、龍之介は、未だにずっと


「悪いが、ワシが歩んできたのは武の道じゃない。じゃ。ワシは何の役に立たないならず者じゃ。お前さんのように、皆に讃えられたり、褒められたりはせん」


 一体、その自信はどこから来るものなのか。

 龍之介は、三大寺との差がわからないほど馬鹿なのか。

 わかっていて、それでも哀れに強がっているのか。それとも――


「じゃがなぁ三大寺。そんなワシも、お前さん同様、ずっと歩んできた……ずっといてきた」


 龍之介は自身の拳を胸にぶつけ


「自分の魂にこれがワシの限界なのかと――ずっと問い続けてきた!」


 その答えに、三大寺は満足そうだった。


 三大寺と龍之介は生前自分の信じた道を歩み、己を高めようとした似た者同士。


 たが、明確には違う。


 三大事は迷い、讃えられ、最後まで貫いた。

 龍之介は信じ、その道をさらに突き詰めたが、道半ばで倒れた。


 しかし、己の最後まで突き詰めた想いが、龍之介の揺らがない自信と折れない心――この姿。


「――面白い。良い勝負ができそうだ」


〈槍の武人 対 チンピラ〉


 この勝負は目に見えている――が、龍之介には唯一のアドバンテージが存在する。

 それは前述述べた彼個人ではなく――彼の生きた時代にある。


「っとその前に、お前さんが見せてくれたように……こっちも一つ見せてやろうかのう」


 龍之介は自身のスーツの内ポケットに手を忍ばせる。

 それに対し、三大寺も何か取り出すのか、と警戒けいかいを少し強めた。


 それでも二人には、だいぶ距離がある。この距離ならば何を仕掛けられても、構えさえ解かなければ、十全じゅうぜんに対応できると、三大寺には油断があった。


「こいつがワシの武器えもの――」


 そして、龍之介は内ポケットから、『あるもの』を掴み取り



拳銃ハジキじゃ!」

 一切の躊躇なく、の引き金を引いた。

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