第一章 9 金貨よりも価値あるものだってある
「ワタクシの……シュヴァリエガァァァ! 金貨千枚もかけたシュヴァリエガァァァァ!」
三大寺 高禅を失ったヘイザードが発狂し叫び声を上げる。
二人の対決は終わったが、まだこの姉弟の戦いは終わってはいません。
むしろ、私はここからの
「ぐぅぅぅぅぅぅ! この損害は! 何が何でも埋めなければなりませんんん!」
とヘイザードは金貨の詰まった袋を振り上げ、
「皆さま、キチン村の皆さま! お聞きください!」
ふふふ、いいですね。いいですね。盛り上がってきましたよ!
「そこにいる娘、ニーナは人間ではありません! ハーフビーストなのです!」
そのハーフビーストという言葉が村中に響き、
その言葉の衝撃を、始めに受けたのはもちろん――
「……姉さんが――ハーフビースト?」
実の姉だと信じていたヘタ君でした。
ニーナは青ざめ、ヘタはうろたえた表情で、姉から他人へ変わったニーナを見つめる。
「ご存知の通り、ハーフビーストは魔物が人間の女を孕ませ、母体を殺して生まれてくる大罪の子――『人類の敵』なのです!」
そう、この世界でのハーフビーストは、魔物が人間を使って生み出す
「そして、この娘をワタクシに差し出したのなら! 一人につき金貨を十枚差し上げましょう! 村人全員で、ワタクシにその娘を差し出しなさい!」
なぜ、ヘイザードがこんなにもニーナ欲しがるのか。
それはもちろん、高値で売れるからです。
ハーフビーストとは、大抵は人間にとっては『美しい容姿』になる。
幼少期は守りたくなるほどの『
そんな存在だから、人間達の持つ思想とは裏腹に、それを奴隷として求める人間は多いようです。浅ましいですね、人間って。
「さぁ! さぁ! さぁ! 皆さんお立ちなさい!」
とさらにヘイザードは煽る。
村ぐるみでハーフビーストを囲っているなんて、バレたらそれこそ、この村の終わり。いえ、そもそも女一人のために金貨を得るチャンスを見逃す人なんて、明日の食糧にも困るような、この貧乏な村にはいませんよね?
「売ってやる! 必ず売ってやるぅぅぅぅ! ワタクシの知り合いには、お金持ちがたくさんおりますぅぅ」
ヘイザードは小さい瞳でニーナを見る。
その眼に宿る狂気にニーナは怯え、体を震わせた。
「庶民の食べるものと同じものは口にできないと言って人を食べる美食家! 死にかけている女を抱くことでしか果てることのできなくなった政治家! 死体で彫刻を掘る
それはそれは、ずいぶんと腐った人間の数々。
そんな人間に売られ、どんな最後を迎えるのか、私とっても気になります。
「――クソッ! 姉さんは絶対に渡さない!」
意地らしくも、ヘタは実の姉ではない半獣を
おやおや、どうやら、彼には、血の繋がらない姉が、ハーフビーストであるかどうかは関係ないようですね。
ですが、妖魔の声に惹かれるように、村中の人間が、みんなぞろぞろと集まってきましたよ。
「皆さん! そのガキとシュヴァリエを――
おっもしろくなってきました! この人数で襲いかかれば、子供のヘタ君はひとたまりも無いでしょう! 同じ村の人間にボコボコにされる泣き顔のヘタ君も見てみたいですし、ヘタを守るために龍之介がこの村の人間の残らず虐殺する姿も見てみたい!
まさに二者択一! どちらもとっても楽しそうです!
「ほら! 金貨です! 私は約束を守る商人です! だから! おはやくぅぅぅぅぅぅ!」
ヘイザードが地面に金貨をばらまき始めた。
いいパフォーマンスです! 素晴らしい! もっと金貨をばら撒いて、煽って、騒いで!
よしっ! そこの腰の曲がったご老人が金貨を拾いましたよ!
さぁ、それを握りしめて、枯れ木のような腕を振り上げて!
固めた拳で、純真無垢な子供の顔面に大人の一撃をお見舞い――
「……え?」
とヘイザードの唖然とする声。
金貨を拾い上げたその一人の老人が、それを――
金貨をヘイザードの顔面に向かって投げつけた。
ヘイザードが驚きから、喚くのを止めると途端に、重たい静寂が流れた。
「この村から出ていけ……こんの――外道が!」
しゃがれ、弱り切ったその老人。さらに彼に習ったように、他の村人も、ばら撒かれた金貨を拾い上げ、そのままヘイザードに投げつけ始めた。
「な! 何をするのですか! なにを投げつけているのですか! それは金貨ですよ! 小石なんかじゃぁありませぇん! 金貨なのですよぉぉぉぉぉ!」
あまりの出来事、さらに投げつけられる金貨が痛いのか。
ヘイザードはその場に
「ワシらは情けない老人じゃ。もう自分一人では生きていくこともできない……若い者の足を引っ張ることしかできない年寄りじゃ」
最初に投げつけた老人が、村に残った二人の姉弟を見つめた。
「じゃが、そんなワシらにニーナは優しくしてくれた」
また、一人の老人は言う。
「ニーナはのう。ワシが『二度と来るな』と悪態をついても、『それだけ元気なら、まだしばらく大丈夫』と笑って返してくれる子じゃ」
一人の老婆が言う。
「わたしが大切にしていた服を縫ってくれて、『まだまだ美人』というてくれた子じゃ」
言葉は増え、皆が各々、感謝を述べる。
「二人は他の若い奴らのようにこの村を捨てることもできた。なのにそれをせず、ワシたちと一緒にいてくれた子じゃ」
これが、この村の意志。
「そんな子を、ワシらがお前なんぞに渡すと思うたかぁ。ワシら皆……ヘタと同じ気持ちじゃ!」
金貨を投げつけながら――村人の想いが一つになっていく。
私はため息と、不意に笑みが出てしまう。
そうですか。それがあの愚かなニーナが、最後まで見捨てなかった皆さんの答えですか。
――これだから、人間観察はやめられない。
「みんな……」
ヘタは周りを見渡し、涙を浮かべ始めた。そして、自分の間違いに気づいた。
「ふん! そこの若い兄ちゃんがやらずとも、ワシがあんな坊主なんぞ、のしてやったわい!」
おっと一人調子に乗ったやつ――こいつだけはぶっ飛ばされて這いつくばる姿が見てみたいです!
「あっありえないぃぃ! お金で動かない人間なんて! そんなの! アリエナィィィィィイ!」
あっはっは! 見て下さい! みっともなく叫び狂いのたうってますよ! これはこれで
「――どうじゃ……わかったか……お前が求めていた
龍之介もヘイザードを鼻で笑う。
「金貨ですよ! 金貨ァ! ほらっ! 金貨! 金貨ですよぉぉぉぉぉぉ!」
叫び回るヘイザードに、龍之介はその胸倉を掴み、にっこりと笑いかける。
「今度はお前の番じゃのう」
そして固めた拳を突きつける。
その拳――あの三大寺 高禅をぶっ倒したあの
「や、やめ……たしゅけ……」
ヘイザードは助けを求めるため、乗ってきた黒光りの馬車を見る。
……おやおや、いつのまにあんな遠くへ。どうやら風向きが怪しいと見るや、いち早く退散していたみたいですね。なんとも
囲まれた孤独で哀れな自称、大奴隷商人ヘイザード。
「さて、お前さんは……怒らせたワシと、
さて、彼は自分を救うために――自分の命に一体いくらの金貨を積むんでしょうね?
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいい!」
その言葉にヘイザードは人生最大の悲鳴を上げ、地面に大きな水たまりを作り上げる。
いやっほう! こいつが見たかったんですよ私は! やっぱり悪人はこういう目に遭わないと! バッドエンドなんてクソったれです! やっぱりお話はハッピーエンドで終わんなくちゃ! 爽快です! 痛快です! え? 私の手首がハンドミキサーみたいですって? 何言ってるんですか。見て下さい、綺麗な猫の手ですよ。忙しいときに借りたくなるでしょ? ほらほらこの手で背中を掻いて上げたらきっと気持ちいいですよ――ってそれは
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