第一章 10 男の子は漢の背中を見て育つ

 村での諸々もろもろの喧騒後。


 騒動が落ち着いた頃には、もう、すっかり夕暮れになっていた。


「……姉さん……」


 ボクは姉さんを見つめる。いや、ヘイザードが言うには実の姉じゃない。


 この人は――


「……ごめんなさい。ずっと黙っていて……」


 姉さんは否定しなかった。


「私がハーフビーストなのは……あなたには、ずっと言わなきゃいけないと思っていたの」


 震えるその人は目を伏せたまま、


「でも……私は怖かった。あなたに本当の姉ではないと知られてしまったら……あなたに二度と『お姉ちゃん』と呼ばれなくなってしまう……それが本当に怖かったの」


 姉さんは涙を流した。そして、溢れる涙を手で拭う。


 そしてどこか、なにかを諦めた様子で――いつもの優しい笑顔をボクに向けて


「でも、それはしょうがないことよね。本当は血も何も繋がっていない。私は薄汚いのハーフビースト。そんな私が――あなたの家族になれるなんて……」


 その人の言葉を、


「――聞いて。ボクにはね……お姉ちゃんがいるんだ」


 ボクの言葉にその人は目を見開く。


 ボクはそんなことお構いなしで、その人を否定し続ける。


「お姉ちゃんは優しくて……温かくて……柔らかくて……すごく綺麗で! 背が高くて……物知ものしりでね、ボクにいろんなことを教えてくれる。文字も、言葉も、なんでも、知ってる。なんでも教えてくれる」


 姉さんは決して薄汚く何て無い。


「力もあって運動もできて、よく村の力仕事を手伝ってた。実はお父さんより力持ちなんだってお母さんが言ってた。縫物ぬいものが得意で、母さんから良く習って服を作ってた。ボクのこの立派な服も……お姉ちゃんが作ってくれたんだ」


 父さんも母さんも、亡くなる前の婆ちゃんも、その人をハーフビーストだなんて一言も言わなかった。


「料理も得意でね……ボクはお姉ちゃんのソラニのスープが一番好き――」


 ボクは生まれた日――その人に出会い、触れたあの日から――ずっと――


「あのね……ずっと言いたかったけど……恥ずかしくて言えなかったんだ」


 この人はたった一人の――


「お姉ちゃん……大好きだよ……」


――大切なお姉ちゃんだったんだ。


「ヘタ……私の大切な……たった一人の私の弟……」


 ボクと姉さんは強く強く抱きしめ立った。


「ひどいことを言って。ごめんなさい。お姉ちゃん。どこにも行かないで」


 もう二度と離れないようにと願いを込めて、力一杯抱き合った。


「ありがとう。ありがとう。私も大好きよ。どこにも行かないわ。ヘタ。どこにも行かない。ずっと――そばにいる」


 そして、ありがとうと言う感謝を込めて。



「…………」



 その様子を、少し遠くで見ていたそのシュヴァリエが、ボクらに背を向けた。


 それに気付いたボクは――


「龍之介!」


 彼の名前を。呼んだ。


 龍之介はその場で立ち止まり、だけど振り返らない。


 赤い燃えるような夕陽に向かい立ち、そのまま、その光に溶けて消えてしまいそうになる。


 龍之介が消える前に――ボクは彼に伝えなければいけないことがある。


「ボクの大望は……ヘイザードの言うとおり……大きなものじゃないかもしれない……」


 ボクの大望を叶えるその見返りを――ボクはすぐに龍之介に用意できるとは思えない。


 それでも――ボクにできることは――



「どうか、ボクのシュヴァリエになってくれ!」



 お願いすることだけ。精一杯、彼にお願いする。


 龍之介は振り返らず、ただ、燃える夕日の中で、応えた。



「ワシなんかでええのか? ワシは☆1の最低ランクのシュヴァリエじゃぞ……」



 彼に言ってしまった、自分の言葉を後悔する。


「……そんなワシでも………」

「――ボク達に……力を貸してほしい」


 彼の言葉をさえって、再びボクは彼に頭を下げる。


 あれだけ龍之介をけなし、否定した卑怯なボクに、応えてくれるとは思わない。


 それでも――ボクは、もっとお前と一緒にいたい。


 彼がひるがえる。纏った黒い服が、バサリと風を起こす。



「ワシの名は神楽木 龍之介かぐらぎ りゅうのすけ。家なし金なしのハグレもん。じゃが、ワシはお前さんたちの心意気に――感動した」



 龍之介はその場でひざを折り、足をつけて地面に座る。


 拳を固め、固めた拳を地面に乗せたまま、頭を下げる。


 見慣れない彼の所作――


「どうか、この命……お前さんたちのために使わせてくだせい!」


 これを彼の世界では、土下座というらしい。


 忠誠を誓う――そんな所作なのだと、あとで龍之介は教えてくれた。


 深々と頭を下げた後、ゆっくりと顔を上げると、後ろに沈む夕日の光と彼の笑みが重なった。


 あまりにもまぶしくて、本当にかっこよかった。


 こうしてボク達はパートナーになった。

 ヘタレのマジェスティと☆1のシュヴァリエ。


 まさに最強コンビの誕生だった。


 だけど、この出会いが――


 ボクの願いが、後に自分自身を苦しめるということを――


 ボクはまだ、何も知らない。



「完全勝利ですね。私の予想は見事にうらぎ――いえ、上回りましたね」


 私は三人の顛末てんまつを見送る。


 正直、龍之介を見くびっていました。いや、見誤っていました。


「たった一夜で殺し屋ディーパ―ズの四十七人を殺したというのは、決してまぐれではなかったのですね」


 私がつぶやくと同時に、どこかで不気味な気配を感じた。


 瞬時に振り向き、警戒態勢を整えるが、その不気味な気配は、またどこかへ消えてしまった。


 まるでかのような、凡庸な村の風景と囲まれた山脈だけが目に映った。


「……気のせい……ですか」


 そんなはずはないとわかっていながらも、私はその気配が何者だったのかと考える。


 このまま、龍之介についていれば……きっとわかること。


 彼はきっと……もっともっと私を楽しませてくれる。


「まさかこんな所で会うとな―― 


 村のどこかで、龍之介を見つめるその男が――確かにわらっているのを、私は感じている。

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