プロローグ 2 冒険ってのはいつだって面白い
「龍之介さん。もし、よろしければ……その魂を使ってもう一度――異世界に転生いたしませんか?」
手を差し出すセレスヴィルと、その声がまっすぐワシの胸に響き渡る。
やれやれ、またわけわからん言葉が飛び出してきた。いい加減、ワシの頭もオーバーヒート寸前じゃ。
「異世界に……転生? なんじゃそれは?」
「言葉そのままです。あなたの生きてきた世界では、あなたは死んだことになっています。死んだ者が生き返っては、世界の秩序が壊れます。なので、あなたを元の世界に戻すことはしません。諦めてください」
確かに死んだヤツが墓から蘇ってきたら、それはもう、大パニックになるじゃろうな。
「ただし、別の異なる世界――かつ『シュヴァリエ』としてなら、再び生きることを許します」
「……シュヴァリエ?」
また知らない言葉が飛び出してきた。
あぁ……
「シュヴァリエとは、『私』が選んだ人間の総称です。『私』がその人生と、その後の人類史の影響を総合的に踏まえ、偉業を成したと認め、この『星の海へ』と運んだ人間は――」
「ちょ、ちょっと待て! ワシが偉業を成したじゃと!?」
このへんな空間に連れてこられるのは――人類史に残る偉業を成した人間だけ?
じゃあ、ここにいるワシもそんなことを成し遂げたのか?
「もちろんそうです。ここは誰でも来れる場所ではありません」
驚いたのう。ただのチンピラだったバー店員のワシがそんなことをしていたとは!
はて……? 一体ワシは何をしたのか――……うーん。
「ワシの偉業ってのは一度も風邪なんかの病気にならなかったことか? それとも虫歯にならなかったことか?」
「いや、そんな小学校の特別賞みたいなやつじゃないです。もっと、普通の人間では到底かなわないような魔物やら怪物を倒したとか――」
「怪物……? わかった! あれじゃろ! 三丁目の野良犬、通称ケルベロスをぶちのめしたことじゃろ! あいつは強敵じゃったからなぁ~」
「いや、そういう悪ガキのステータスみたいなやつじゃじゃなくて。もっと……その……伝記とかお伽話、伝説みたいに、後の人間に語り継がれるような――」
「ま、まさか!? 中学時代に教頭の
「いや、だからそういうのじゃないです! というかあなた
「高級車なら水中でも運転できるかもと――それで
「やっぱりあなた馬鹿ですね! 大馬鹿者ですね! あと竜宮城に行きたいなら川じゃなくて海へ行ってください!」
「なるほど! そいつは気づかんかった!」
言われてみればその通りじゃ。じゃがそうなると――
「はて……それでもないとすると他に何かしたかのう?」
思いつくものを全部口にしたが、そのすべてが否定されてしまった。これ以外になにか――
考えていると、女神は呆れたように、ため息をついた。
「……まぁ、わからなくても仕方ないですね。あなたは、オマケらしいですから」
オマケ? 今、この女神はオマケと言ったのか? オマケってのは……あれじゃよな?
お菓子とかにある、『おめでとう! もう一本どうぞ!』みたいなやつじゃよな?
「あなたは、オマケで選ばれました。ですから、あなたは『オマケのシュヴァリエ』です」
「なんじゃそれ! オマケのシュヴァリエってなんじゃ!」
「いやぁ、龍之介さんはラッキーですね。そのおかげで、あなたはこれから火花飛び散り、血と臓物飛び出す魅惑の『異世界』へ行けるのです」
「異世界ってそんな世界なの!? ていうか火花飛び散りって何じゃ! 血と
「そうですね。龍之介さんのオマケはどちらかと言えば、五枚集めて応募できるタイプのオマケではありませんから――『貯まった』ものではありませんね」
いやオマケのタイプの話じゃないんじゃけどぉぉぉ!! そのドヤ顔むかつくのう!
「まぁまぁ、先ほどは物騒な異世界を言いましたが、他にもいろんな世界があります。平和で穏やかな
なんか……
「ただし、異世界に転生するあなた達シュヴァリエには『いくつかのルール』を設けます」
セレスヴィルは細く綺麗な指を、一つずつ立てて説明する。
「①あなたは転生する異世界を自由には選べません。『星晶石システム』による『召喚』という形で異世界に転生します」
召喚? よく聞くファンタジーとかにあるあれか?
「②あなたは、あなたを召喚した主人――『マジェスティ』と呼ばれる者から、その人物が持つ『大望』を聞き、その望みを叶えるための
ほお。つまり召喚された人の願いを叶えると言うことか。
「③あなたは転生先で生前と同じように、偉業を成すことを目指してください。あなたが異世界先で、また私に選ばれるほどの輝きを魅せることができたなら、再びこの『星の海』へと導かれます」
また偉業か。生前、ワシが何をしてオマケをもらえたのかもよくわからんのじゃが……。
「この三つのルールを守って、清く、楽しく、異世界ライフを満喫しちゃってください!」
と、セレスヴィルが
……召喚だとか、マジェスティだとか、奮闘だとかルールに異世界ライフ……ここまで聞いている限り……こいつはまるで――
「なんというか、ゲームの世界みたいな話じゃのう」
「おや、これまた核心を……まぁ、『設定』としてはそんな感じです」
あぁ……設定とかあるってことは、やっぱりゲームなんじゃな。
「それと、異世界先での言語等には問題ありません。別に言語が通じずに悪戦苦闘する姿とか、見たくありませんし。そういうのは貴方の知力等に基づいて私が与えます」
問題ないと言われても、中卒かつ在学時代に授業すら、ほとんど受けなかったワシの知力に問題はないんか? ワシは『学』がなかったからのう。
「じゃあ、そのマジェスティとかいうワシの主人(?)になるような奴が、どうにも気に食わなかったらどうすればいいんじゃ?」
「召喚に応じないことも可能です。やっぱり他人の願いに共感できない場合もありますから。そう言う場合は、拒否して頂いて結構です。拒否した場合は、またこの場所に戻ってきます」
つまり、主人を選ぶ権利くらいはあるんじゃな!
選ぶ世界を選べるというのなら、それは結構なこと――
「ですが、拒否できるのは三回まで。それ以上拒否した場合は選り好みのし過ぎ! やる気無さ過ぎ! とみなして、『消滅』して頂きます」
やっぱり物騒じゃのう!
「ちなみにマジェスティがその望みを叶えられないまま死んだ場合や、シュヴァリエが特に何も偉業を成さなかった場合は、その転生先で死んだら『消滅』となります」
消滅が当たり前になりすぎてきてないかのう!?
「はい。何かほかに質問はありますか?」
Q:「先生! バナナはおやつに含まれますか!」
A:「含まれますん」
Q:「先生! どっちですか! セーフですか! アウトですか!」
A:「限りなくセーフに近いアウトのような、『なにか』です」
なんじゃこいつ! 急にテキト―なやる気無い物言いに変わってきたぞ!
バナナがおやつに含まれるのか含まれないかは重要じゃろうが!
「どっちですか!――ってなんかワシの体が光りだしたんじゃけど!ワシの
会話の途中、突然ワシの下半身が光り消え始めた。
「ちょっと! 下ネタはやめてください!
いや、そんなこと言ってる場合か! 突然、自分のバナナが光り出したら、慌てるじゃろ!
「というかずいぶんと早いですね。まさか私との会話中に、召喚されるとは……」
これが転生!? ワシはさっそく、どこかの世界の人間に召喚されそうになっているということか!? まだ聞き足りないことが山ほどあるような気がするんじゃが!
「普通は平均で十年くらいこの空間で過ごすんですが――龍之介さんは本当にラッキー(?)ですね」
「十年!? この空間に十年もいたら気が狂うじゃろ!」
「大丈夫です。時間をつぶすためにボードゲームとか用意してましたから!」
いや、ボードゲームで十年も潰せるわけないじゃろ! ボードゲームがボロボロになるわ!
「ふふふ。ただのボードゲームじゃありませんよ。構成に2年もかけた、この超大作のTRPGも用意してましたから! こいつはすごいですよ! 噛めば噛むほど味が出てくるスルメのように、何度やっても違う展開になる――まさに私が作り出した嗜好の! いや至高の――」
「よくわからんが、お前かなり暇人じゃろ!」
よかった! 逆に召喚されてよかった!
「……さてと。まだ話していないこともいろいろあったのですが――仕方がありません」
とセレスヴィルはいままでのやりとりをリセットするかのように、真剣な目と口調になる。
凛とした顔、真剣な眼差しと、立ち振る舞いからくる、この神々しさ――
こうして見れば、確かにセレスヴィルは女神そのものだった。
「女神セレスヴィルが問います。神楽木 龍之介――あなたは異世界に転生したいですか?」
「…………」
一度、真剣になって考えてみる――目を強く閉じ、口を結ぶ。
眉をひそめ、柄にもなく唸ってもみる。
なんて――これは、考えているフリじゃ。
答えなんて、とっくに決まっていた。
「まぁ、このまま消滅しても『面白くない』しのう。わかった。異世界転生じゃかなんじゃかしらんが、やってやるわい!」
ワシの抑えきれない興奮……この顔を見て、セレスヴィルも優しく笑う。
「あなたの転生先に――第二の人生に輝きあらんことを――」
その言葉と共に、光が全身を
突然の浮遊感、そこからさらに体に急激な――どこかへ引き込まれる
これは――どこかへ一直線に落ちていってる!? どんどんと速度が増してるぞ!?
だがワシは、その力に負けないように――
「まぁ見とれ! 今度の人生は――もう少しマシにしてみせるからのう!」
と、強がりを口にして、セレスヴィルに別れを告げる。
これから、どこに行くのか。どんなやつに出会うのか。
楽しみで、この血が
そしてワシは初めての異世界転生先へと、向かった。
◇
「――
彼が消えた後の空間。
私は彼の名を口にし、先ほどの騒がしいやりとりを思い出す。
自然と頬が緩む。
「ふふふ……」
久々に、人間っぽい楽しい時間を過ごさせて頂きました。
でも、その時間が過ぎれば――残るのはこの無音の空間だけ。
彼は去り――またひとりぼっちの空間に残される――私。
「…………ふぅ」
自分のため息が自棄に大きく聞こえる。
でも、この静けさには馴れている。私はもう、ずっとこの静寂の中にいた。
「……それにしても……」
……彼は大丈夫だろうか。
私は彼の座っていた椅子に座る。まだ、彼の熱が、わずかに残っている。
神楽木 龍之介には、まだ『
「うーーん」
私は、このままで良いのかと――自分に問いかけてみる。
彼の残温が、冷え切っている私の体を、僅かに温める。
「いやいや……これは、他のシュヴァリエと、かなりの差。不公平ともいえなくはないですね」
そう。これは決して、公平ではない。
これでは、『私』の計画は上手く働かないかも知れない。
すべてのシュヴァリエには、チャンスを与えなければならない。
それは、オマケで選ばれたあの男にも同じはず。
「……ふふふ。いいでしょう。少しサービスしてあげましょうか」
どうせ、彼はオマケのシュヴァリエ。たぶん異世界先でも長くなることはないでしょう。
彼の残した熱も、無くなってしまった。
また、私の体と、心が、冷たくなっていく――その前に。
もう少しだけ――彼との、あのオマケの時間を、共に過ごしてもいいのかもしれない。
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