第二章 12 生まれ方は選べないが、死に方は選べる時もある

 不夜城で一夜を過ごし、ボクらはバラビアさん達に直接案内され、地上へと向かった。


「また遊びに来い。その時はギャンブルなどよりも、ありがたい講義をしてやろう」

 地上に近づいた頃、ユグド=ユグドラが話す。


「いや、次は徹夜てつや麻雀マージャンをやろう!やり方は教えたから次の時までに、そっちで道具を用意してくれ」


 龍之介とユグドは楽しそうに再会の約束をする。

 意外なことに、彼らはあの後、なぜか息が合ったようだ。


「わざわざ送っていただいて、すいませんでした」


「なぁに。安全に地上まで帰すのが、『約束』サ」

 同じハーフビースト同士、バラビアと姉さんも意気投合している。


 そして、長い迷宮を抜け、最後の扉に辿り着く。


「それじゃあ、地上でも頑張りなよ。店ができたらすぐに連絡すんだよ」

 バラビアが、しばしの別れの挨拶をする。


 ボク達もそれぞれが挨拶を返す。


「それじゃあ――地上へ出よう」

とボクは明日への、希望の扉に手をかける。


「ずっと、地下にいると時間の感覚が分からなくなるのう」

 不夜城を訪れてたった一日。でも、とてもそうは思えない時間を過ごした。


「きっと……最初に来た時と王都がまた違って見えると思うなっ!」

 ボクは期待を胸に龍之介に言う。


「――そうじゃのう」

 龍之介も姉さんも優しく笑う。


「さぁ!行こう!」

 扉を開く。まぶしい太陽の光がボクらを迎える。これからが忙しくなる。


 この金貨で買う空き屋を探さなきゃ行けないし、仕入れのルートも――村に連絡もしなきゃいけないい。

 それと、学校に行く準備!あぁ、ほんとにやることが山ほどある。


 だけど……やっとボク達は!夢をつかんだ。


 この光があふれる扉――きっとその先には――


「ネズミがようやく出てきたな」


「……え?」


 扉を空け、地上に飛び出すと、目の前には大勢の鎧に纏った――ロイヤルナイト。


 ボクの目は、その騎士達を見る。普段は兜を着けたロイヤルナイト達だが、今は違う。皆、かぶとを外している。


 そして、この目に浮かび上がる。


 シュヴァリエだ! この騎士……え!? ま、まさか! そ、そんな!


 このロイヤルナイトの『すべてがシュヴァリエ』!?


「ヘタ、ニーナ、そして神楽木 龍之介――」

 この真実に驚愕するマジェスティのボクとサーシェス、そしてバラビア。


 さらに、そのシュヴァリエの軍団中央には……黄金に輝く騎士『クラウンズロイヤルナイト』。


 僕の女神の目が、その輝く黄金騎士を認識する。


「お前達を――反逆罪で拘束する」


 その騎士の名は☆5のシュヴァリエ『アスタロイト・ローラン』



 この時、女神であり、すべてを予見していた私だけが、平静でいられた。


 私には解っていた。


 ローランが、いずれ龍之介を危険視することも――

 そして、そのタイミングは今この時が最適であることも――


 この、不意打ちとも言えるアスタロイト・ローランの登場。


 さらに、のロイヤルナイトの一個師団。戦力差は歴然。


 しかも、ローランは、龍之介達全員に、およそ人間の持つモノとは、思えないほどの――あの三大寺とは比べるまでもないほどの、濃く、重く、鋭い覇気はきをぶつけ、動きを硬直させた。


 ヘタ、サーシェス達ような普通の人間はもちろん、バラビアですら、まずその圧倒的な絶対者としての存在に相対し、呼吸を忘れている。


 虎二、ユグドもまた、自分より遥か上位の偉人の威圧に、思考が停止。


 あの鈍感な龍之介さえも……自分に向けられる圧倒的な敵意――殺気に体を動かすことができていなかった。


 無理もない。


 彼は……アスタロイト・ローランは『私』が選んだ限られた一等星。

 人の形をした叡智の結晶。


 このまま、全員捕まる――と、私は確信していた。


「はああああああああああ!」


 だが、ただ一人……信じられないことですが、このローランに負けず、立ち向かった者が私たちの中にいた。


 彼女は、あろう事かあのローランの圧倒的な覇気にも屈さず、単身でローランに掴みかかり、抵抗した。


「――龍之介さん! みんなを連れって逃げて!」


 そう。だけが――その場で唯一、そして誰よりも早く、動いていた。


 この異世界のハーフビーストは魔族の血が入っている分、普通の人間より遙かに力が強い。


 ニーナの必死の押さえ込みは、足元の地盤を砕き、あのローランをその場に押さえ込んでいるようにも見えた。


「りゅ、龍之介……さん!」


 二度目の呼びかけに、ようやく龍之介が反応し、続いて虎二・ユグドの思考が戻る。


「――全員戻れ!」


 龍之介は固まって失神寸前のヘタを抱えた。

 虎二はサーシェスを引っ張り、地下へ逃れる。


「ニーナ!」

 ヘタを抱えた龍之介は振り向き、ニーナに呼びかける。


 だが、ニーナはローランを押さえ込むのに必死で、もはやその場から動けない。


「――は、早く! 行って!」


 ニーナはそこに残ることを決断した。

 このローランを一分でも――いやたった一秒でも足止めして、彼らを逃がすことだけを考えていた。


「――――すまん!」

 龍之介は、そのまま地下の道を駆け込んだ。


 一秒でも早く、あの軍団から離れなければという意志で、龍之介達は必死だった。


「どういうことだ――先回りされていたっていうのか!?」


 虎二が走りながら叫ぶ。


「走れ! この先でもうじき水路が切り替わる! そうすれば追ってくる奴らを振り切れる!」


 ユグドが道を示す。全員が死にもの狂いで走る。

 その背後では、他のロイヤルナイトの鎧の音が、しっかりと追いかけてきている。


「たった一人……殿しんがりを務めるとは――だが!」


 ニーナがいかにハーフビーストとは言っても、所詮はただの混血種。

 そして、アスタロイト・ローランは最高ランクのシュヴァリエ。


 技術でも力でも――いや、ニーナの存在、その命をすべて費やしても、彼女はアスタロイト・ローランに遙かに及ばない。


 あっさりと均衡は崩れ、アスタロイト・ローランの腹部への一撃がニーナを襲う。


「――ヘタ――――」


 記憶が薄れるなか――ニーナは最後まで――自分の弟のことだけを想っていた。

 彼女はこの弟を守りたいという、母性本能弟への愛だけで、あのローランに立ち向かった。


 私は、せめてもの慈悲と、女神の力を使って、潜伏し、その雄姿をこの目にしっかりと焼きつけてから――龍之介達の後を追った。


「姉さ―――ん!」


 地下の迷宮に、そのヘタの声がどこまでも響き渡った。



「このまま走れ! 振り返るな! 真っ直ぐ走れば、その先に出口がある!」


 私はこの解き明かした地下迷宮を最後尾で走りながら、柄にもなく荒げた声で叫ぶ。


 このユグド=ユグドラが心乱し、あろうことか必死になって逃走する日が来るとは……まったく、とんだ一日だ。


「いいか! ここからは別々だ! お前等はそのままこの先の出口から地上へ出ろ! 出たらすぐに身を隠せ! いいな!」


 龍之介達やつらは私の言いつけ通り、振り返らない。そのまま走り続ける。

 あの鎧の男達の足音が近づいてくる。このままでは、あと四十秒後には追いつかれる。


 ニーナはよくやった。あの猫娘が、あそこで動かなければ、私たちは間違いなく全員捕まっていた。捕まっていれば、そこで終わりだった。


 ニーナが作った時間は三秒。あのアスタロイト・ローランから三秒もの時間を稼いでくれた。


「……たいした女だ」

 私は立ち止まる。


 目の前のこの水路、その向きが切り替わるまで……二分十一秒。

 その時間、奴らを足止めできれば――私以外の全員を、あの騎士達から逃がすことができる。


「――損な役回りだ」


 生前もそうだった。いつだって誰よりも『わかってしまう』から、損ばかりしていた。


 異世界に転生した時、この第二の人生では、私はそんな生き方はもうしないと決めていた。

 無気力に、不真面目に、冷淡に……ただ自分勝手に生きようと思ったのに――そんな仮装虚勢を、あの龍之介に、粉々に壊されてしまったらしい。


 私は遠くになる奴らに、背を向ける。


 いいだろう。奴らを逃がすという……この問題――


「最後まで見させて貰うよ。ユグド=ユグドラ」


 私の背後で、バラビアも立ち止まっていた。

 どうやら、このマジェスティは、私の考えていることを見透かしていたらしい。


「バラビア。お前も行け。ここは私に任せろ」

 私の忠告に、バラビアは首を振った。


「別に、あたしゃ、この水路の向こう側で待たせて貰うサ。この水路が切り替わるまで、あんたが踏ん張ってくれたら、十分逃げられるサ」


 そう言って、お気に入りのパイプを吹かす。


 やれやれ。ずいぶんと私はバラビアに信頼されているらしいな。


「……また殿しんがりか」

 すぐに、ロイヤルナイト達が追いついてきた。


 当然、アスタロイト・ローランも一緒だ。

 ニーナの姿はない。他のロイヤルナイトに任せてきたか。


「悪いが、ここでしばらく粘らせてもらうさ。なに、こんなもの――私にとっては特に問題じゃあない」


 とにかく、あらゆる手を使って時間を稼ぐ。


 王都では、アスタロイト・ローランの噂は絶えないが、どれもこれもお伽噺ときばなしのような話で、どれも真実味がないばかり。

 だが、戦闘になれば、私にはまず勝ち目がない。女神から与えられた神具も失っている。状況は極めて悪い。


「まず、お前の恩恵について、私には一つ――はっきりとわかっていることがある」


 だから、頭を回せ。口を回せ。みっともなくてもいいから、とにかく時間を奪え。


「ずっと前から私は気付いていた。なぜ、地上のロイヤルナイトは、皆全身を『鎧で全身をおおっている』のか。それは、女神の目について私が検証しているときにわかったことだ。お前の恩恵――その一つは、『低ランクのシュヴァリエを製造』する能力だろう?」


 シュヴァリエは、マジェスティが持つ女神の目があれば簡単に見るだけで判別ができる。


 しかし、マジェスティはシュヴァリエと違って判別するのが難しい。


 だから、この黄金騎士は、自身の恩恵の一つを他のマジェスティやシュヴァリエに知られないように、ロイヤルナイトにだけ、不夜城で私がしていたように、全身を鎧で覆うように命令していたのだ。


 私たちを驚かせ、また抵抗を無意味と悟らせるために、鎧の一部を外したのは間違いだったな。それが私の仮説を証明する決定打となった。


「――いかにも。私が女神から授かった能力、『騎士道精神シュヴァリエ・クリエイト』は、私の教えを守る騎士をシュヴァリエにする」


 私の解答にローランはまったく動揺しない。


「だが、おそらく最低ランクのみ――女神のあの性格から考えて、お前の造り出したシュヴァリエには恩恵も神具もつかない。身体ステータスの加護のみだろう」


 あの女神が、いくら自ら選び出した最上級の偉人・シュヴァリエといはいえ、自分と同じ能力を与えるとは思えない。


「――そうだ」

 これもあっけなく解答を出す。


 残り、一分十五秒……長すぎる。


「そんなに私のことを、知りたいのなら、もう一つ見せてやろう」

 ローランがその夜空を駆ける彗星のようなに輝く瞳で、私の目を見つめる。



「『謳う嘆きの騎士物語ユートピア・C・ディストピア』」



 一瞬にして様々な情報が流れ込む――と、同時に嗚咽おえつ


 苦しみ。悲しみ。絶望。消失感で膝まで崩れる。


「ユグド!」


 バラビアが声を上げる。私はそんなバラビアにこちらにくるなと、手を上げて静止する。


 恐ろしい恩恵だ。だが――理解した。

 今の彼の恩恵は――たった一瞬で、ローランの人生をさせる能力!


「わかったか。これが私の絶望だ――」


 馬鹿げた能力だ。こんなものを押しつけられて、戦える相手などいないだろう。

 一種の洗脳。戦う前から屈服させるとは、卑怯にもほどがある。


 だが、この恩恵の効果は絶大。私はもう、このアスタロイト・ローランと立ち向かおうとすら、思えない。私の心は、奴の絶望で塗りつぶされてしまった。


 戦わずして……私は、敗北した。


「さぁ、そこをどいてもらう」

 ローランが一歩踏み出す。


 立てない。頭を上げられない。すまない、バラビア――すまない。


「ユグド……頭をあげなっ!」

 潰れた私の心に、はっきりとバラビアの声が響いた。


「あんたにそんな姿は似合わないよ」


 私に……似合わない?


「あんたは、ぐうたらで、皮肉屋で、自分のことを絶対的に正しいと疑わないやつサ」


 皮肉屋はお前も同じだろう。


「そんなあんたに出会えて……ワタシは生き返ったのサ」


 私に出会って……生き返った……?


「何もできず、やけくそになってシュヴァリエ召喚に手を出し、運良く召喚したアンタは……なんともやる気の無い男だった」


 覚えている。出会ったときのお前は、まるで何が起きたのかわからないといった、まぬけな面だった。


「本当にいつも上からで、どっちが主人なのかと思ったほどサ。でも、そんな男が、皮肉を言いつつも、なんだかんだでワタシに力を貸してくれた」


 バラビアは大きく口から煙を吐く。


「アンタのおかげでワタシは夢を叶えた――『家族』を手に入れたのサ」


 ……それが……まだ幼く、臆病に泣いていたお前が、この私に望んだ『大望』だろう。


『一人が寂しい。自分にも、家族が欲しい』

という……温かな願いだろう。


「ワタシはアンタのおかげで、十分幸せな夢が見れたサ。だからさ……下なんか見てないで、いつもみたいに胸を張って、あらゆるモノを見下しておくれサ」


 減らず口の小娘が……。いつもいつも、私を何だと思っているのだ。


 だが、僅かな力が湧いてくる。

 生前の私は、決して出会いに恵まれなかった。


 世間に認められず、仲間に恵まれず、最後には、心に恨みを抱いて――


「まったく……こんな時、こんな場所で知るとは……」


 シュヴァリエとして生まれ変わって、わからないことが遂に無くなって……絶望した。

 異世界に転生しても、女神の力で考えれば、すぐに何もかもわかってしまう。


「バラビア……お前は、いい主人だった」


 だが、最後の最後で面白いやつに出会った。


 馬鹿を貫き通した連中と……こんな私を誇りに思ってくれる主人。


 第二の人生は……なかなか面白かったよ。


「黄金騎士よ。私の最後の恩恵を教えてやろう」


 立ち上がる。震える体と、深い悲しみをこの胸に抱いたまま、この哀れな輝く騎士に、私は必死に相対する。


「生前の私は、言論を弾圧され、仲間に追いつめられた。そして、私の最後は……全身に油を被って、自分の財産と屋敷を焼き払う『焼身自殺』だった。私の起こした火事は、怨念おんねんごとく、私の死後、三日も燃え続けたそうだ」


 周りの騎士がざわつき始める。ローランは、何も言わない。


「それを面白がったあの性悪女神が、その逸話で作ったのが、私の最後の恩恵――『燃え上がれ、無知な奴らに、私は何も残さないカースド・インフェルノ』!」 


 私の体に火がつく。焼け付くような痛み――あぁ……あの痛みが、また私の全身を包む。


 それに耐えながら……必死に耐えながら、


「ここは通さない」


 私はローランにはっきりと抵抗する。


「……無駄だ。そんな炎は、この鎧には通じない」


 ローランは、その炎のモノともせず、こちらに歩み寄る。


 もちろん、わかっていたことだ。その黄金鎧は誰がどう見ても、女神が与えた神具。ならば、☆2ランクの私の能力では、その鎧は決して破れないだろう。


「だが、お前以外はどうかな?」


 ローランが歩みを止める。さすがに賢い。こちらの意図を簡単に汲んでくれたらしい。


「お前がそれ以上近づけば、私はこの炎を後ろのロイヤルナイトに向ける。この炎は私同様、性悪だ。一度火がけば、私が例え消滅しても、三日は燃え続けるぞ。お前は防げても、最低ランクのシュヴァリエもどきに、この炎は耐えられない……」


 ローラン……お前は無敵でも、お前の部下は違う。


 そして、私はお前の物語を追体験している。だからわかる。


 お前は決して、『無駄に仲間を死なせることはできない』。それがお前の弱点だ!


「…………」

 ローランは押し黙る。


 この私にいらぬ情報を与えすぎたな。もう十分だ。十分に時間は稼げた。


 私の背後で、水路が切り替わる音がする。


 徐々に道はふさがれ……バラビアと別れる。


「さらばだ……私のマジェスティ……」


 私は……最後までお前の……立派な騎士シュヴァリエでいられただろうか?


「あぁ……いままでありがとうサ。私のシュヴァリエ――ユグド=ユグドラ」




 ……そうか。それは……よかっ……た。

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