第二章 11 勝負の結果は待ち遠しく感じるものだ

 龍之介が運命のカップを開く。


 カップの下はげ、元は一つのサイコロの破片はへんが飛び散っていた。


 龍之介の狙い通り、一つのサイコロの目は無くなった。


 そして、もう一つのサイコロは……多少焦げ付きながらも、形を保ち、目を出している。


「出目は――」「どっちだ――」


「丁か――」「半か――」


「龍之介――」「ユグド――」


 それぞれが、それぞれの言葉をらす。



「「…………」」



 対して、龍之介とユグドは静か。それに合わせて、喧騒けんそうが一転して静寂せいじゃくへと移る。


 ただ、その目に注目し――勝負の結果を、誰もが待ち望む。



「すまんのう……」


 龍之介が口を開く。


「ワシの……ワシらの……」


 手を振り上げる。


じゃ!」


 そして高らかに宣言する。


 目は『四』! 偶数で『丁』!



「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」


 この結末に、会場に再び大歓声が湧く。

 下克上! 一夜の夢! この不夜城の支配者交代劇をその目で目撃し、涙を流す者までいる。


「――ふぅ……」

 さすがの龍之介も椅子の背もたれに寄りかかり、深く息を吐く。


「むちゃくちゃなやつだ……」

 ユグドもまた、自分の席に座り、全身の熱と力が抜ける。


「私の計算では、七割方が『半』だった――だが、たった三割の確率を引くとは――」


 ユグドの計算は完全ではなかった。

 制限時間をいっぱいまでつかい、そして最後の最後に、彼は、ついに勝負を確率に委ねた。


「……私の負けだ」


 そして、自分の敗北を素直に認める。


「やったよ! やったよ姉さん!」

「やったねヘタ! やったね!」


 二人の姉弟は、この勝利に手を取り跳ね回って喜んだ。



「――ふぅ。めちゃくちゃばっかりやりやがって」


 龍之介達の結末を見届け、俺はようやく息をつく。


「かなり危ない橋を渡りましたね。黄河様の負けも十分にあり得る話でした――」


 俺は、ポケットから一本の煙草たばこを取り出す。それにサーシェスは速やかに火をつける。


「あぁ……さすがの俺も焦ったぜ。だが、そういえば龍之介はそういうやつだったよ。いつだって想像がつかないことをしてくる。あいつといると――退


 そうだった。神楽木龍之介とは、こういう男だったんだ。


「――楽しそうですね」

 サーシェスは尋ねる。


「あぁ……だが、あの『天秤を砕くほどの価値』でなんとなく察していたが、やっぱりあいつにもいていやがったな。これで、あの女神の目的も読めてきたぜ」


 そして、同時に避けられない俺たちの『必然』も見えた。


「やられたねぇ――これで、この不夜城もワタシも、金貨も、従業員も、みーんなアンタのものだよ」


 バラビアは龍之介達に歩み寄る。

 不夜城を治める夜王もさすがに一夜ですべてを失っては、その覇気も失せたとみえる。


「……これでアンタは、ワタシらを殺すも生かすも自由サ」


 その言葉にヘタとニーナは


「「え?」」

と首を傾げた。


「なんだい、聞いてなかったのかい? ワタシらはその存在すべてを賭けたんだよ。

 ワタシらはもう、逃げることも――自由に死ぬこともできないのサ」

 彼らはすべてを賭けて負けた。それは、『そういうこと』を意味している。


 一夜にして、あの姉弟は山のような金貨と不夜城の人間、智のシュヴァリエまで手に入れたことになる。


 これは、かなりの力になる。これで、姉弟が次のこの不夜城の王すらなれる。


 だが、ヘタとニーナは龍之介を見る。

 その眼を見て、龍之介はただ目を閉じて、その思いに応えた。


「――ワシは構わん。好きなようにせい」

 二人の姉弟は、顔を見合わせて少し笑う。


「じゃあ、すぐにみんな解放。好きなようにしていいよ。ボク達はもともとここが欲しいわけじゃないし、バラビアもユグドの命もいらないよ」


 この瞬間、ユグドの天秤は最後の仕事を終え、光の粒子りゅうしとなってはじけ、消失した。


 俺は、ため息と一緒に大きく煙草の煙を吐いた。


 残念ながら、これも俺の予想通りだった。


「――へ?」

 バラビアとユグドはその答えに目を見開いた。


「ボク達の夢は姉さんの仕立屋を開き、ボクは学校行き、ボク達の力でキチン村を復興させること。だから、それ以上のことは望まないよ」


「私は示したかっただけです。怯えてるだけじゃない。闘う時は闘うんだって、自分で自分に証明したかったんです」


 二人の姉弟は力強く、胸を張って、そんなきれいごと馬鹿なことを言う。


 その願望は強欲。望みを持っているくせに、それ以上は決して望まないという無欲。

 ――甘すぎる。わかっていたことだ――こいつらは――この姉弟は、龍之介と同じ人種だ。


 俺も龍之介と出会っていなければ、そんな人種がいるなんて、想像すらしなかっただろうな。


 そして、俺はそんな人種が――、一番厄介だと言うことを知っている。


「主人がこう言っとるんじゃ。ワシもそれが一番ええと思っとる」

 その言葉に、ユグドとバラビアも呆れた。


 そして、だからこそ、この二人を認めた。


「――私達の負けだな」

 ユグドが笑う。龍之介だけではなく、この姉弟にも――負けを認めた。


「そのようだねぇ。怯えるだけのか弱い子猫かと思ったら、とんだ猛獣だったみたいだねぇ」

 そして、バラビアはニーナに頭を下げた。


耄碌もうろくしてたのはワタシの方さ――ひどいことを言って、悪かったね」

 バラビアから心からの謝罪。


「あっ、でも私たちの金貨は貰いますから」


「ワタシに二言はないサ。金貨も好きなだけ持っていけばいいし、地上へのルートも教えてやるサ」


 これで金貨も帰り道も確保した。姉弟は見事に、ここでの目的はすべて果たした。


 すると、周りにこのカジノの従業員達も駆け寄ってきた。


「いや、それだけじゃあ、まだ足りないね。従業員の――ハーフビーストや奴隷まで助けてもらったんだ」


 ディーラー達は被っていた帽子を外した。見慣れない長い耳や角、長い鼻をしたディーラーは、自前の物だった。


 さらに、皆が手袋を外した。

 そこにはこの国特有の、奴隷の証である、焼き印があった。


「ワタシは自分と同じ同族や売られる奴隷が見てられなくてねぇ。ここで一緒に暮らしてるのサ。ワタシらはどうやっても、日向ひなたを出歩ける存在じゃない」


 奴隷もハーフビーストも地上では生きていけない。彼らはこの国ではニーナ同様、隠れながら生きるしか、選択肢がなくなった者たち。


「でも、そんな奴らにも生きて行ける場所が作りたくて、この『不夜城』を作ったんだよ。奪われないために必死に、技術イカサマを磨き、ここがバレないよう守ってきた。それがこの『不夜城』――私の大切な『家族』なのサ」


 不夜城とは、浮き世を忘れる娯楽であり、そして彼女たちの唯一の帰れる『家』でもある。


「――バラビアさん」

 バラビアの心に触れ、ニーナも頭を下げた。


「あんたら、店を開くときには手伝ってやるよ。この歳まで生きてると、地上にも多少のコネはあるサ。店ができたら一番に買いに行ってやる。言っておくが、ワタシは自分が着るものには、うるさいからね。だから一番いいものを用意しておくれ」

 バラビアと姉弟は約束をする。


「とびきりの洋服を作ってお待ちしてます」

 俺は生前、龍之介と、そんな結末を何度も見てきた。


 こういう突き抜けたお人好しの甘ちゃんが勝てば、こういう信じられない結末が待っている。


「まったく……ホント飽きさせないよ。お前は……」

 こうしてようやくこの不夜城での勝負は――本当に決着を迎えた。


 この決着を見納め、一人の全身布を被り幽霊ゴーストの仮装をした男が、誰にも気付かれぬようにと、ゆっくりとこの場を立ち去る。


 そして、その男の要望で、入り口に立つ一人の案内人と共に、地上にあがる。


 その幽霊ゴーストの正体を俺は知っている。

 ヤツはこの不夜城を偵察していたロイヤルナイトの一人『アバン・ストラス』


「……すべて順調だ。すべては俺の手の中で動いている」


 どうやら、ここでの目的も、十分に達成された。



「ふぅ……危ないところでしたが、よくやりましたわ……私」


「まったくでぃす。あの天秤に乗ってるのが『私たち全員かも』と聞かされたときにはもう、生きた心地がしなかったでぃすよ」


「まぁ……今回のことは特例処置とくれいしょちとして私からも皆の私に伝えさせて頂きます」


 彼女たちもこの結末に安堵する。先ほどまでは、あんなに私が奴隷になるかもしれないと楽しんでいたのに、いざ自分のことになるとこれですから――ホント、『私』らしい。


「実際、危なかったでぃす。ユグドがあのカップのダイスを計算しきっていなかったら、女神の力を使って目を操ることもできなかったでぃすからね」


「そうですわね。私たちがここで認識できなかったということは『時間停止』や『法則崩壊』ではありませんね。手っ取り早く『透視』と『念動力』でもを使ったんですか?」


「英断でした。よくやりましたね『私』。あなたのおかげで我々、全ての『私』が助かったのですから」


 私たちはそう言うと、私とのコンタクトを外し、元の自分へと帰って行った。


 また、一人きりの私になったところで、大きくため息を吐いた。


『大丈夫じゃ! ワシを信じろ!』


 龍之介の言葉が、まだ鮮明に頭に響く。

 信じろとは――一体いつぶりに言われた言葉だったでしょうか。


「……ふぅ。私もホント、馬鹿なギャンブルをしてしまいましたね……」



「――以上が、不夜城での今夜行われた一連の出来事、そのご報告です」

 あの不夜城での大勝負から、一刻ほど。


 誇り高き、ロイヤルナイトの一人『アバン・ストラス』は、急いで地上の城にいるに、その全てを報告する。


「ようやく見つけた『不夜城』の場所。だが、それ以上に危険な存在――」


 我らが黄金騎士は私の報告から、あの龍之介というシュヴァリエの危険性を感じ取っておいでのようだった。


「危険なのは不夜城のバラビア達ではないと?」

 私は王と変わらないほどの敬意を込め、再度尋ねる。


「――そうだ。穴倉に隠れて慎ましく生きるのなら、それを見逃しても、なんの問題もない」


 やはり、ローラン様は不夜城については特に危険は感じてはいない。


 しかし、彼は剣をとる。


「だが、その龍之介というシュヴァリエは危険だ……奴は、必ず国を滅ぼす火種となる」


 その火種という言葉に、私は……いや、すべてのロイヤルナイトが、『彼の物語』を思い出す。


 あの悲劇を繰り返してはならない。もう、このお方を二度と悲しませてはならない。


 ローラン様が愛するこの国を! 王を! 民を! 我々こそが守る!


 待機する他のロイヤルナイトが一斉に、私と同じ思いを持って、立ち上がる。


「この国に、騎士シュヴァリエは我らだけだ!」

 英雄の号令に、他のロイヤルナイトも応える。


「我らこそ、騎士道を行く、叡智えいちなる者!」


 ――決戦の日は近い。

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