三章 それは輝く黄金の騎士 ―― アスタロイト・ローラン ――
第三章 1 敗北と雨は床を滲ませる
ついに、ボク達がこの王都に根を下ろせる――そう確信した矢先にロイヤルナイトの軍団。
そして、王のシュヴァリエ、アスタロイト・ローランに『反逆罪』を突きつけられ、ボクらはわけもわからず、逃走した。
あの地下迷宮を必死に駆け抜け、もう一つの地上へのルートへと辿り着いた時、いつのまにかバラビアさん達とは別れていた。
なぜ、ボク達に反逆罪が? 「不夜城」を利用したこと? 奴隷商人ヘイザードから金貨を手にしたこと? ハーフビーストの姉さんがいたから?
どの――いや、そのすべてがボクらを『反逆者』だとを言っているのか?
ボク達にはわからない。ただ、わかったことは――
「ここは俺の隠れ家だ……ここなら誰もわかるはずがねぇ」
ボク達は、虎二さんのあの屋敷ではなく、別の小さな倉庫に辿り着き、ようやく息をつくことができた。
外はいつの間にか降り出した通り雨。ひどく、雨音がうるさい。
その雨音と一緒に、時々、『ガチャリ、ガチャリ』と鎧の音が、まるで不協和音のようなものを作りだし、その旅に、ボクらは息を潜める。
鎧の音が薄れ、遠くへとなると、
「クソッ! どうしてこんなことに!? なんで姉さんが――!!」
押さえ込んだ感情が表に出てしまう。
「龍之介! どうすんだよ! 姉さんが……姉さんが捕まったんだぞ!」
龍之介はまだ、ボクに一言も声をかけてこない。
ただ、黙って、床にできた雨の染みを見つめているだけだった。
「ボクの願いはわかってるよな! 姉さんを守るのが願いだったのに! なのに、姉さんに助けてもらうなんて、これじゃあアベコベじゃないか!」
姉さんはボク達を逃がす為に、アスタロイト・ローランに立ち向かった。
ボクらは自分達が逃げ延びるために、姉さんを見捨てた。
「…………すまん」
龍之介はまだ、ボクに顔も向けず、うなだれたまま静かに謝る。
「ボクは謝って欲しいんじゃない! 姉さんを取り返してほしいんだ!」
龍之介は答えない。
いつものように勇ましく『とっとと鎧の奴らをぶっとばそう!』とも、『こうなったら、あの城に乗り込むぞ!』とも言ってはくれない。
ただ、押し黙って――何もしようとしていない。
「落ちつけ……今は冷静に――」
虎二さんが濡れた体を拭くためタオルをボクに渡そうとする。それをボクは手で払いのけた。
「龍之介! お前はボク達を守るって誓ったじゃないか! 契約したじゃないか!」
こいつはボク達に誓った。ボクらを守ると――なのにどうして、あの時、姉さんを――
「龍之介様は契約を守っています。しかし、ヘタ様とニーナ様のどちらかしか守れないと判断し、あなたを……マジェスティを選んだ。それはシュヴァリエとして、『当然の決断』です」
わかってる。あの瞬間、ボクと姉さんを守ることはできなかった。
だから、姉さんの意志を汲んで、龍之介はボクを背負って逃げたんだ。
それが……紛れもないあの時の、姉さんの願いだった。
わかってるんだ。それでも……そうだとしても……
「あと少しだったのに……どうして……なんで……こんな……の理不尽だよ」
その感情が、涙と一緒に溢れ出る。
ボクらは不夜城で勝ち、やっと、ようやく、明るい未来が見えてきたのに――それを、すべて失った。
抗うことも、何もできず、ただ一瞬で――
「……そうじゃ。理不尽じゃ」
龍之介は小さく呟いた。そして、自分の拳を眺めながら、
「これは、全部ワシのせいじゃ……ワシの周りはいつもこうなっちまうんじゃ」
静かに、沈んだまま、語り始めた。
「ワシは必ずハグレもんになっちまう。この拳を使って、何かを手にしても、すぐにすべてを失う。それはおそらく、それはワシの歩む『極道』の
生前の龍之介は、孤独だった。それをオヤジという恩人に救われたが……虎二さんは、最後にそれを守ろうとして、龍之介は死んだと教えてくれた。
何かを手にしても、すべてを失うのが――神楽木 龍之介だった。
「ワシは、こんな生き方を変えたかった。じゃから、転生したこの異世界で、お前さんたちと出会って――今度こそ、守りたいと思ったんじゃ」
そして、虚空を眺めながら、無力さを噛みしめるように
「すまん……結局ワシは……また、何も変えられんかった……」
と呟いた。
「……ちくしょう」
また涙が零れ、情けなさに腹が立った。
あの時と――姉さんを罵った時と同じだ。
ボクこそ……何も、成長していない。
◇
雨は止み、そして夕暮れ――皆が疲れをとるため、別々の場所で休みをとっている。
そんな彼らに気付かれぬよう、ワシはひっそりと準備を整え、外へ出ようとする。
「おい、どこに行く気だ」
虎二が立ち塞がった。
何か隠れてやろうとするとき……虎二は絶対にワシを嗅ぎつける。
転生しても、この友人を騙すことは、ワシにはできんらしい。
「ニーナを助けに行く」
正直に応える。ヘタには黙って行く。ヘタの意志を汲んで、連れて行きたいが、あの鎧の集団とローランを相手に、小さなヘタを守りながら、ニーナを助けることはできん。
「お前一人でできると思ってんのか? そもそも、あの嬢ちゃんが生きてるかどうかも……」
ニーナは生きとる。理由はわからん。ただ、ワシがそう願っている。だから、そんな悲しいことを言うな。
「……ニーナがいるとしたら、奴らの本拠地『王城』……敵だらけの場所だぞ」
王都を見据えるように、そびえるあの城が王城だったはず。街のどこからでも、あの場所ならわかる。
「――行けば分かるじゃろ……」
ドアに手をかけ、音を立てないように開けようとしたが、虎二がそれを強く塞ぐ。
「テメェはいつもそうだ。『あの時』もそうだった!」
虎二の責める目が、ワシの目を貫く。
そう言えば……転生後、この話だけは、虎二とはしていなかったな。
「……そうじゃのう。じゃが、ワシにはそんくらいしかできん」
当然、馬鹿なワシでも感づいていた。
その後ろめたさが、転生前の――あの『襲撃』の夜の話をすることを、躊躇わせた。
「ワシはオヤジを守れんかった。何よりも守りたいと思ったもんを……守れんかった」
虎二がシュヴァリエになったということは、そういうことなんじゃろ。
あの襲撃を必死に押さえ込んだが、きっとオヤジはあの日に死んだんじゃろ。
その日に、お前もまた……死んだんじゃろう。
「すまんかったのう……虎二」
そして、ヘタもそうじゃ。ニーナを助けなかったことを責められたが、あいつは一度もワシのせいでこうなったとは言わなかった。
ヘイザードのヤツから金貨を奪ったのも、王都に言って根を下ろそうと連れ出したのも、不夜城でギャンブルをしようと提案したのもワシじゃ。
この結果は、ワシが導き、そして招いた事じゃ。
それでも、ヘタはワシのせいだと責めなかった。
そんな、あいつに応えるには――ワシは、約束を守ることでしか応えることができん。
「異世界に転生しても……ワシはワシのままじゃ……」
ヘタとニーナを守る。ワシは二人に――なによりも自分に誓った。
「ワシは諦めることだけはできん。馬鹿は死ぬまで治らんと言うが、ワシは大馬鹿もんじゃから……死んでも治らんらしい……」
それが、生前からのワシの大きな欠点じゃった。
それでも、今度こそ……今度こそこの異世界では、二人を守ってみせる。
たとえ、この異世界先で……生前と同じように死ぬことになったとしても。
「…………」
虎二は扉から手を離した。ワシの気持ちを汲み取ってくれたらしい。
「すまんが……ヘタを頼んでもええか? ワシはあいつのシュヴァリエ失格じゃ」
そして、扉を開け、
「……後は任せた」
虎二にまた、生前と同じように――あの襲撃の時にした別れの言葉を、告げた。
◇
龍之介が出て行った。
俺は、残り数少ない煙草に火をつけ、これからのことを考える。
「………バカ野郎が――」
あいつの……龍之介の最後の言葉が頭から離れない。
あの日も――あいつはそう言って、俺の前からいなくなった。
「黄河様……」
サーシェスが俺に話しかける。
「なんだ……どうした……」
煙草の煙を吐き出し、尋ねる。
計画変更――これからまた忙しくなる。
急に方向転換した俺の計画は、ここで見事にご破算した。
まず、自分を抑えきれず、あのタイミングで龍之介に声をかけてしまったのが間違いだった。騎士たちの動きがここまで早いと、予想していなかった。ローランにも、俺のこの姿を見られてしまった。終いには、ヘタという見ず知らずのガキまで押しつけられた。
だが、龍之介の最後の頼みだ。せめて、このガキくらいはなんとか――『見逃して』やる。
「ヘタ様の姿が……見当たりません。それと連れていて白猫も――」
手から煙草が滑り落ち、湿った床に落ちる。
さらに、貴重な煙草を吸い終わる前にダメにする。今日の俺はとことんツキがない。
――そうかよ。どいつもこいつも好き勝手しやがって。
不思議とムカつくのに、笑みが零れる。
あぁ、もう計画なんてどうでもいい。
そうだ。ここからは俺も、あいつらのように感情に任せてしまおう。
「ッチ! どいつもこいつも――それなら、俺も勝手にするだけだ……!」
――そういえばそうだった。
俺はそうやって『シュヴァリエ』になったんだった。
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