第二章 9 天秤でも量れないものはある
私は
「勝負はワシのこの『サイコロ』と、そこの頑丈そうでぶ厚いカップを使う」
こいつが、ここまで馬鹿者だとは――
「ワシがサイコロをこのカップの中に入れて卓に伏せる、お前さんはこのカップの中のサイコロの合計の目が丁か半かを当てる。偶数なら丁、奇数なら半じゃ。サイコロの振り直しはなし。伏せた後に、カップを使ってサイコロの目を操作したり、卓を蹴ったりするのはチョンボじゃ」
勝負に使うダイスとカップをこちらに差し出し、私はそれを
正六面体で転がりやすいようにか、角が少し丸くなっている。それに中古品なのか、ところどころ傷もついている。ダイスには一~六の点マーク。数字は常に対面の和が七になるように配置。一の目は赤い。重心は中心……よりややズレているが、変重心ダイスで目が固定されているというほどじゃない。製造過程の誤差の範囲。
「確率は二分の一……どちらの目の和が出るかは、まさに『神のみぞ知る』というやつじゃ」
その馬鹿は、またにやにやと笑う。
「……くだらないな」
つい言葉が出てしまう。それほど、そいつの言葉はくだらないものだった。
「この二つのサイコロにイカサマはない。原始的な六面のダイス。そして既にこの形は私の脳にインプットされ、モデリングも完了した。僅かなダイスの歪、欠け具合、傷まで完璧だ」
と私は目の前の馬鹿に向かってダイスとカップを高く放り投げる。
「さらに、当然だがこのテーブルと、このカップも勝負前から当然、
放り投げるたサイコロは空中でぶつかり音を立てる。私はそれを瞬時に演算――完了。
「『一』と『六』の【半】だ」
こうして自分が投げたのであれば、このように瞬時に出せる。
ダイスはさらに転がり、私の脳内と同じ結果を示す。
「これが、私が貰った女神からの加護。情報の分析能力と処理能力だ。私はすでに人間が到達しきれない領域にまで達している」
『神のみぞ知る』だと? たとえ奴がダイスを振り、カップで隠したとしても、入れる手の動き、ダイスの動作、カップを跳ねる音、テーブルの振動、それらすべてを情報化し、この脳内でシミュレーション演算をすれば、必然的にダイスの目は見えてくる。
「この世界に偶然なんてものはない。すべてのことがらには必ずそうなるべき理由、法則がある。ある日突然、人は生まれたり死んだりしない。必ずその要因があり、そして、その結果が今の私たちなのだ。『そうすれば、そうなるべくして、そうなる』。それが『必然』だ」
カップの目の和など、神じゃなくても知ることはできる! 世界の事象はこの脳の中と同じだ!
勝利までの解は出た。あと危惧するべきは――奴の『恩恵』のみ。
☆1のシュヴァリエだから、女神から貰った恩恵も1つ。そして、奴は明らかに『武のシュヴァリエ』。あの女神の性格からして、与えるたった一つの恩恵が、戦闘以外の恩恵とは考えにくい。ありえるとすれば、その戦闘用の恩恵を、なにかしら応用して使用してくるはず。
奴はそれを狙っている。だが……それをこの私が見逃すと思うなよ。
貴様が恩恵を発動させようとも、それを瞬時に解析し暴き切って見せる!
「それで? お前らの賭け金はいくらだい?」
バラビアが勝負のレートを問う。
「ヘタの残り分を使う。こいつを使ってまた、ここで荒稼ぎしたいところじゃが、どうせそいつは許してくれんのじゃろ? それならここで全部使って『一発勝負』じゃ」
一発勝負だと? なるほど、長期戦は不利と見て、超短期決着か。悪い手ではないが、それならそれでやりようはある。
だが、第一に、こいつには私が勝負をしてやるに値しない!
「――ならば勝負には、この天秤を使う」
私は一つの天秤を取り出す。
「これは私が女神から賜った神具『
「神具?」
龍之介の反応が鈍い。まさか――
「女神から聞いていないのか? あの女神もいい加減だな」
だが、女神にその節はあった。
私を選んだ女神だが、その性格はとても神と呼べるものではない。その能力は、確かに人智など超えていたが。
「私には、お前らのような武のシュヴァリエのような『恩恵』ではなく、私の残した逸話などを形にしたものが『神具』として与えられた」
そう。これは私が作り出したものでもなんでもない。
「私はかつて天秤を使って、相手の嘘を見抜いたことがある。私の死後、その逸話が広まり、湾曲した形で有名となった。それをあの女神が『形』にしたのがこの神具だ」
つまり、この天秤は――私の知らない人間が、私のいなくなった時代で『勝手に』私に押しつけたものだ。
「こいつは互いに取引したいものを言葉にするだけで、お互いの天秤にその価値が重さとなって
天秤をヤツと私の丁度中間に、互いの天秤がそれぞれに向き合うよう配置する。
「本来は取引などで不公平がないように証明するためのものだが、これは賭けごとにも『応用』できる」
これから私が説明することは、私からの問題だ。
貴様に私の問を見破ることができるか? それができて、初めて貴様は私と勝負することができるのだ。
「ひとつ。勝負は『天秤が水平な場合でのみ』行う。これはお前がこの勝負を根底から覆す……つまり暴力でどうにかしようだとか、負けた瞬間に金の持ち逃げを防ぐのが目的だ。この神具の能力は、天秤に乗ったものを取引や賭けごとで扱った場合、絶対にそれを成立させる。乗せたものは、たとえどこに隠そうが、どんなに抵抗しようが――この天秤がそれを許さない」
この天秤の力を女神は『絶対の強制力』と言っていた。
試した結果、確かにそれはどんなことをしても
「……まぁ、わかった。そいつを使うことにワシはなんの文句もない」
龍之介は私の説明に
「ふたつ。その他のルールだが、これは先ほとのクラウンカードのルールを流用する。レイズは二回。先ほどは掛け金を同額にしたが、貴様が一発勝負を望むなら、今回はレート無制限の勝負だ」
さぁ、私の問に応えられるか――どこまで理解しているか。
「それって……おいちょっと待て、最後の――」
ヤツの仲間の男、黄河 虎二が当然、このルールにもの申すが、
「虎二、構わん。一発勝負で青天井なら一発でさっきの分を取り戻せるじゃろ」
とやつは、それを静止した。
フン。仲間の意見を聞き入れないとは。そこの黄河 虎二とかいうヤツはちゃんと気付いたというのに。それに気付いたのなら、更に複雑な代案条件、次の問も用意していたのだが、無駄になった。
馬鹿なくせに他人の話まで聞かないとは――救いようがない馬鹿だ。
私の生きた世界にもいたよ。考えが甘く、忠告してやっても聞き入れず、罠に引っ掛かって泣き言を喚き、私を『卑怯者』、『薄情者』と罵る奴が――いい加減、人間は悟るべきだ。
貴様らは馬鹿なのだからちゃんと学べ!!
この勝負、この時点ですでに私の勝利は確定している。
その腹立たしいにやけ面――すぐに蒼白に変えてやる。
「いざ――尋常に――」
馬鹿な男の手が、二つのダイスをカップに振り込む。ダイスの動きがはっきりと見えた。
「「勝負!!」」
そして鮮やかな動きで、カップは中央に叩きつけられ、ダイスの踊る音が響く。
こいつ――やはり本物の馬鹿だな。せめてカップに入れる瞬間くらい私に見せないように工夫できなかったのか。おかげでダイスの入射角、放り込まれたダイスの初期位置がはっきりと確認できた。
さらにダイスがカップや床に触れた音の強弱、回数――この情報を元に脳内で情報整理、シミュレーションを開始――すべてに該当するパターンを検出……。
これには、さすがの私にも若干の時間がかかる。僅かな可能性すら見逃さないためには最低でも約三万回の試行回数が必要だ。
だが、私は凡人のように怠けたりしない。万全を期して七万六千十四回――試行する。
まぁこれも所詮は保険。この計算は恐らく徒労に終わる。
勝負など、すでに着いている。
「さぁ、どっちじゃ?」
いい加減見飽きた、その貴様のニヤけた笑顔を凍り付かせてやる。
「その前にレイズだ――お前が賭けた金貨にさらにプラス千五百四枚の金貨をかける」
「千五百四枚!?」
後ろの子供マジェスティが声を荒げる。
私の声に合わせて、天秤が音もなく私の方へ傾く。
「天秤は傾いた。『お前は』この天秤を水平以上に傾けることができなければ、勝負すらできず、負けだ」
私の『問』を解けなかった――仲間の忠告を無視したお前へのこれは
「次はお前達が賭ける番だ。安心しろ、この天秤は今持っていないものも賭けることができるし、形のないものでも、なんでも賭けることができる。お前の命でもな――」
金貨だけのやり取りで勝負できると楽観したか! そんなに私は甘くない!
天秤が判断する価値の公式――これは、物質は勿論、人間とハーフビーストの価値も二千あまりの計測で、もう公式が証明されている。
そして、さらに私はシュヴァリエの価値さえも、自分を実験台に使ったうことである程度のところまで掴んでいる。まだ、この公式は完全ではない。お前で、私の公式を証明させてもらうぞ!
「慎重に言葉にしろ。この勝負でお前が賭けたもので天秤が水平に保てなければ、その時点で勝負は私の勝ち――もし自分の命を賭けて負ければ、その時点でお前は一生私たちの奴隷だ。天秤は命令拒否や脱走を認めない。どんな命令でもお前は拒否することができなくなるんだ」
この天秤の強制力はマジェスティの契約なんて比較にならないほど強力だ。
私が勝負に勝ち、私が貴様のマジェスティを殺せと言えば、お前はその命令に逆らえない。
「ワシの
ヤツは一切の
容易く自分を賭けてくるか。その度胸だけは認めよう。それとも、こいつ勝負に負ける寸前に自決でもするつもりか? 勝負の決着の前に自決すれば確かに天秤の強制力は働かない――だが、それに何のに意味がある。ただの犬死にだ。
「龍之介! お前……」
「大丈夫じゃ――ワシを信じろ!」
天秤がヤツの言葉を聞き入れて傾く。
私の方程式通り――天秤は水平になる。どうやらユグド式のシュヴァリエ計算術はおおかた正しいようだな。いや、この程度で満足するな。まだ検証が少ない。実用にはほど遠い。
だが、もう十分だ。こんな勝負――
「私のレイズはまだ一回残っている! レイズ金貨プラス三千二百十七枚だ!」
このレイズで、再び会場中が沸き立った。
今までで類を見ない不夜城始まって以来の一発勝負に対する歴代『最高金額』だ。
「ッチ。だから言ったんだ……」
黄河虎二が文句をもらす。
「これでチェックメイトだ――もうお前に賭けられるものはない! これは仲間の助言を聞かなかったお前の『必然』だ!」
思い知れ。自分の浅はかさを! 愚かさを!
それを認めて、ようやく人は学ぶのだ!
「どうやら、決着は着いたようだねぇ。アンタにはもう賭けられる物がない。ユグドはちゃんとレイズは二回まで行うと言っていたはずだよ。ルールを把握しないからそうなるのさ」
バラビアが追い打ちをかける。
命を賭けたこのシュヴァリエには賭けられる物がない。
天秤はもうこいつ一人では、水平にならない。お前にこの金額の意味が解るか?
「さて、それじゃあ、そこのシュヴァリエを置いてアンタらは――」
「「待てよ」」
誰かの声がバラビアの声を断ち、この勝負の場に割って入ってきた。
その声は――ヤツの後方、小さな子供と女の声だった。
「龍之介に賭けられるものがもうないだって?」
小さな子供はヤツのマジェスティ、ヘタと
「龍之介さんにはまだ私達がいます」
先ほど私に敗北したニーナだった。
二人は声を合わせる。
「「
◇
「ほぉ……」「――なんだって?」
私とバラビアは、ヘタとニーナの発言に、つい声を漏らす。
「あんたたち、自分が何を言っているのかわかっているのかい? ここで負ければ、あんたたちは無一文になるだけじゃなく、私たちの奴隷になるんだよ」
バラビアの忠告。それに私も同意する。
「……そうじゃぞ。別にお前さんらが出てくる必要は……」
ヤツは振り向かず、二人に引くように促す。
当たり前だ。こんな無茶な勝負をして犯した自分の間違いに、他人を付き合わせるわけにはいかないだろう。
「わかってます。それでも――」
「ボク達は仲間だ――ボクは龍之介を信じる」
仲間? こいつら……。
「馬鹿な子だねぇ。これから自分がどんな目に遭うのか想像もできていないのかい?
私があんたら姉弟を引き離さないとでも思ってるのかい? そんな甘いことを夢見て――」
「「黙ってろババア!!」」
バラビアのネチっこい脅しに二人は一切動じなかった。さすがのバラビアも一歩たじろぐ。
「……お前ら」
ヤツも二人の方に振り向く。
これが、この二人の決死の覚悟――
「クソ……まだ天秤は水平にならないのか……」
それでも天秤はまだ、だいぶ私の方に傾いている。ハーフビーストが混じっているとはいえ、それでも合計は金貨三千枚にも届かない。
「なら、俺も命を賭ける」
「主人が賭けるなら私も命を賭けましょう」
さらに仲間の二人が自らのすべてを賭ける。
「――……虎二……」
「ったく。無茶しやがって。別にお前のためだけじゃねぇぞ。取り分は貰う。それでいいな」
奴等全員分の価値が天秤に乗る。
そして、天秤は私の予想通り――水平となる。
三千二百十七枚――これは私が算出したヤツと同行していた仲間『全員分の価値』。
こいつの仲間が、こいつに命を預けられた場合のみ、天秤を水平にすることができる。
「――いいだろう。認めよう。貴様らは私と勝負するに値する」
私の経験上、奴の仲間が奴に
奴らの絆。それだけは、私の想定を
だが、現実とは無情だ。このやりとりの中、既に私の計算結果は出た。
カップの中は二・五で和の合計は奇数……つまり『半』だ。必死にこの天秤を水平にして、勝負を挑んでも、貴様らに勝ちの目など出ていない。
たとえ、お前達がどんなに結託し、どんなに挑もうとも――結果は変わらない。
「カップの中の目は――」
私の宣言で、このゲームは幕を閉じる。
願わくば、この今日と言う日を
「まだじゃ!」
私の宣言を奴が遮る。
またあいつだ……。またこの男が私の言葉を阻む。
「なにが、まだなのだ……この期に及んで
お前らに出来ることなどもう何もない!
それとも恩恵でも仕掛けてくるか!?
やれるものならやってみろ!
今の私に計れぬものなどなにもない!すべて見切って――
「……まだ……『ワシの二回目のレイズ』が残っておるからのう」
この予測不能の、意味不明な事態が、私は立ち上がらせた。
レイズ……だと?……こいつは……何を言っている……。
「……なんだい? あんたらの他に賭けるもんなんて、どこにも――」
バラビアが龍之介達を見渡す。
目の前には龍之介、ヘタ、ニーナ、虎二、サ―シェス……それに――
――しまった! 私ともあろう者が、見落としていた! いや、たいしたものでは無いと、除外していた。
ある!――まだ一つだけ――残っている!
「そう、ワシらの仲間は、まだここにもう一人――いや、もう一匹おる!」
龍之介は隠れるように足下にずっといた、『それ』を持ち上げた。
「―――――――――――!?」
それはヤツらの傍にずっと座っていた!
「大丈夫じゃ! ワシを信じろ!」
そして、それをテーブルに叩きつけた。
「こいつもワシは賭ける!」
それは、あの美しい『白猫』!
「にゃああああああああああああああああ!?」
白猫の価値が天秤に賭けられる。その前触れか、天秤がカタカタと震え始める。
そして、天秤は――私の見たこともない速さ、鋭さ、
そして、あろうことか、そのまま
粉々に砕け散った。
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