第一章 2 『ただの屍のようだ』って……屍見慣れすぎでしょ!?

「ここが……お前さんの村か」


 長い平原をいた少しだけ整備された道。

 そこを二時間ほど歩き、小さな村にたどり着いた。


「そうだよ。ここはキチン村……ボク達の村だよ」

とヘタが答える。


 ヘタには『村』と尋ねたが、これはちょっとした社交辞令しゃこうじれいじゃ。

 なにせ――


「そうか……こいつは、なんというか、村と言うよりかは、集落しゅうらくじゃのう。そこら中に寝っ転がっている奴がいるが、あれはいいのか? 日中にっちゅうから働かんでどうどうと外で寝てる奴なんぞ、ワシの世界にも、こんなにはいなかったぞ」


 ヘタの村にある家はかろうじて形を保っている程度の荒ら家だし、そこら中に転がっている村人らしき人間は、全員が皆、ただ、ぼーっと無感情で無表情に、それぞれがそれぞれの虚空こくうを見ている。


「おい爺さん。こんなところで寝てる暇があったら、空き缶でも拾いにいったらどうじゃ」


「な、なんじゃお前は……うるさい! 話しかけるな! ったく、変な格好をしたよそ者め……」


「おお! やっぱり生きてるんじゃのう。ただのしかばねかと思ったぞ」


「や、やめろよお前!――ったく! それよりも、こっちがボクの家だから! ついて来て!」


 ヘタにとがめられ、寝転がった老人から離れる。


 この村はそんなに大きくはないようじゃ。村人の数もそれほど多くはない。たぶん20人程度じゃろうか。

 だが、やはり皆同じように寝転がり、どこか上の空を見ている者ばかり。


 というか、こいつら、どうやって生きていけば良いんじゃ。


 そんなことを考え、村を眺めながら歩いていると、ヘタの家に到着した。


「――って、この家もずいぶんとオンボロじゃのう」


 ヘタの家は他の家同様――いや、もしかしたら、この村一番のボロ家じゃった。


 家の天井は崩れ落ちて、穴が大きく空いているし、窓も壁も割れて吹きさらし。外から中の様子は丸見えじゃ。

 これでは、家というのは名前だけで、体を成していない。プライバシーもへったくれもない。


「別に誰も見やしないよ。村の連中に、他人のことを見てる余裕なんてない」


 それもそうか。みんな空ばかり見てるしのう。


 ヘタは家に入ると背を向けたまま、何かゴソゴソとあさりだす。

 家の内装は大きな一間。物は多いが、整理はされている。部屋の隅には、寝床らしき布の駆けられたベッドのようなものが一つ。


「お前さんの両親はどこにおるんじゃ?」


 ヘタの動きが一瞬止まる。だが、すぐにゴソゴソを再開した。


「父さんと母さんなら、事故で死んだよ。それに婆ちゃんも先月――病気で死んだ」

 そいつはすまん事を聞いた――と、やや気まずさを覚えたが、ヘタは全く気にしていないようで


「別にこの村じゃだし」

と淡々としていた。


 そして、ようやく何かを見つけたようで、ソレをワシに投げてよこした。


 薄く汚れた……座布団か? これ?


 ヘタは寝床らしきところまで歩くと、そこに座り、一段高いところから改まって


「それで――お前は――ぼくに……」


何かを話そうとしていたが――どこか様子がおかしい。


「なんじゃ。ずいぶんと眠たそうじゃのう」


 ヘタの目がうつらうつらとしている。


「大丈夫だよ。ただ昨日は緊張して眠れなくて……ちょっと疲れただけで……」


 そうか。まぁ、村までの道中で聞いた話によれば、召喚とは物騒なもので命懸けらしい。


「それよりも……ボクは……お前に……」


 子供が本気で自分のたった一つの命と向き合った――となれば、夜眠れないのも当然じゃろう。諸々の事が済んで、こうして我が家に戻ったことで、ようやく安心したのか。


 見れば、ヘタまだほんの子供……小学生低学年くらいじゃろうか……。


「……別にワシは構わんぞ。子供は寝るのが仕事じゃ。話は後でも聞けるし、今は気にせず、寝てくれ」


 ワシはヘタに気を使って、休むよう促したが、ヘタは眉をひそめて、どこか疑うような顔をする。


「どうした?」


 ワシの問いかけに、ヘタは目を伏せる。


「お前は――どこにもいかないよな?」


 そこでようやく、なんとも子供らしいことをヘタは言った。


「安心せい。ワシはどこにもいかん。ずっとここにいて、見守っておってやる」

 ワシは先ほど渡されたボロ座布団の上――というかほとんど、地べたにドカッと胡坐あぐらをかいて座った。


「――じゃから、お前さんは安心して休め。起きたら、また話をしよう」

 自然と笑みが零れた。


 そんなワシの顔を見て、ヘタはそっぽを向いて――


「――……わかった――……おやすみ」

と聞こえるか聞こえないほどの呟きを残した。


「あぁ、おやすみ」


 しばらくすると、ヘタの心地よい寝息が聞こえてきた。



「龍之介さん……結構お優しいんですね?」


 ヘタが眠ったのを確信すると、猫になったセレスヴィルは、ワシの前に来て上目遣うわめづかいをしてから辺りを見渡し、


「――それにしても、汚いところですね~。ちょっとひざを失礼します」

と、ため息をつきながら、ワシの膝の上に体を乗せ座り込む。


 どうやら、家の地べたや、この座布団よりは、ワシの膝の上に座ることを選んだらしい。


「さっきは話が途中になったが、セレスヴィルはどうして猫になったんじゃ? なんか悪いことでもして罰でも下されてしもうたのか?」


「あなた、私が女神なのを忘れていませんか?」

とセレスヴィルは猫眉をひそめる。


「私がここにいるのは、あなたが話の途中で召喚されてしまったからです。いわば『チュートリアル』を中断されてしまったからです」


 チュートリアル――なるほど。あの宇宙空間はそんな『ステージ』じゃったというわけか。


「中断したのではなく、された――のであれば、それではチュートリアルを受けて準備万端な他のシュヴァリエと比べてフェアじゃありません。だから私がサポート役として現れたんです」


 ちょっとしたアフターサービスというわけか。こいつも律儀じゃのう。


「じゃが、それと、今の猫の姿が繋がらんのじゃが……」


「さすがに、あの女神の姿で転生してしまっては、この世界の住人が委縮して……いえ、女神の降臨で、讃美を始め、社会基盤が揺らぎ、世界が崩壊しまうかもしれませんからね」


 え? あの姿は確かに綺麗じゃったとは思うが、それほどまでじゃないじゃろ。


「ですから、この猫の姿で、あなたと一緒に転生してきたんです。ほら感謝してください。あがめてください。この女神様が直々にサポートしてあげるんですから」


 したり顔のドヤ顔、かつ生意気なことを言う。

 その顔があまりにもアレなので、ちょっとセレスヴィルの体に触れ、気になる背中やお腹周り、尻尾をわちゃわちゃと撫でてみる。


「それにしても綺麗な猫じゃのう! 見た目通りに毛並みもいいし、尻尾なんてツヤツヤじゃ!」


「ちょ! どこ触ってるんですか! そこは私の――」


 さらに裏っかえして、お腹も撫でる。

 これは――! ふわっふわじゃ!


「はうわっ! ちょっと! 女の子のそんなところ触らないでください!」


 暴れ始めたセレスヴィル。そこで、動けぬよう、すかさず片腕で猫の脇を持ち上げて


「ほれほれ。ここをでられるのが一番気持ちいいんじゃろ」


 わきあごをさすり、じゃれてみる。

 するとセレスヴィルは、本能に耐えられないのか、うわずった声を上げ始める。


 おっと! どうやらセレスヴィルもまんざらでは――


「シャ――――!」

 だが、セレスヴィルは突然爪を立て、ワシの顔面に『ひっかく』……いや『きりさく』攻撃。


「ぐぉぉぉぉぉぉぉ目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ワシの目がぁぁぁぁぁぁ!」


 急所に当たった。二倍ダメージ!


「馴れ馴れしく触らないでください! 私は女神ですよ!」


 ワシの腕から逃れ、くるりと体を捻らせ優雅に着地。十点満点!


「ちょっとじゃれついただけじゃろ……まったく……女神も――」


 痛む顔を押さえながら、セレスヴィルを見る。


 するとセレスヴィルは尻尾をピンと立て、どこかを――いや、家の外をじーっと見ている。


「ん? どうし――!?」


 漏れる言葉と同時――セレスヴィルよりやや遅れて、ゾクリと背筋から『何か』を感じ取る。


「そこの奴……誰じゃ……」


 家の壁の後ろ……この気配を放つ誰かが、ワシらを立ち聞きしている。


「――ほお?」

と興味ありげに声を漏らし、そいつは家の敷居から体を覗かせた。


 袈裟けさのような褐色の着物を羽織った、メジャーリーガ―のスラッガーのようにな、恵まれた体をさらに鍛え上げ、膨れ上がった筋肉の巨体――まさに大入道。


 そいつは尋ねる。


「ここはニーナ嬢のお家でよろしかったか?」


 穏やかな表情。その顔には、微塵の敵意はない。


「……ハゲ……いや、坊主か?」


 ワシも何度か見たことのある。叩けばいい音が鳴りそうな、見事に剃り落とされ、手入れされた光る頭。


「いかにも。拙僧は三大寺 高禅さんだいじ こうぜんと申す」


 頭を僅かに下げる。その礼は、落ち着いた見事な所作。坊主と言うよりは、武人を連想させるような礼儀作法。


「そうか……ワシは神楽木 龍之介じゃ」


 対してワシにはそんな真似はできない。変わらず胡座あぐらをかいたまま、挨拶あいさつを済ませる。


「なるほどなるほど。さて、では、そろそろ次は拙僧の質問にも答えてもらいたいのだが……」


 質問?――あぁ、『ここはニーナ嬢のお家でよろしかったか?』というやつか。


 ニーナという名前に聞き覚えはない。


「さぁ、のう。ここはそこで寝ているヘタの家じゃ」

と眠っているヘタを指さしてやる。


 その坊主は、眠るヘタを見て、しばらく「う~ん」と低く唸ってから、何かを思い悩みながらも――


「ヘタ……おうおう! 確かに。ニーナ嬢の弟君の名が確かヘタだった! 結構結構――では、ちょっとお邪魔して――」

とヘタの名を思い出し、その後、履いた草履を鳴らし、図々しくも、家の敷居を一歩跨いだ。



「――おい。」



 ワシは、言葉でそいつの足を止める。坊主の表情は崩れず、未だに穏やかなまま。

 だが、ワシの込めた言葉の意味を感じ取ったようで、巨体を硬直させ、歩みを止めた。


「ここはヘタの家じゃ。今は主人が寝ているのが見えんのか?」

 さっしろと言わんばかりに、坊主に告げてやる。


「これは……なかなかの……」

 坊主の顔は依然、穏やかなままだ。

 しかし、その表情の裏に、未だにあの気配を、隠しもしない不貞不貞ふてぶてしさ。


「……それ以上……そこから一歩も入ってくるな――いいな、坊主」


 再度、警告する。と、同時にワシは内ポケットに手を入れる。


「……タコ……だと? いま、拙僧をタコと言ったのか……? こいつは聞き捨てならんな……」

 まるで挑発するように、丸太のような見事に仕上がった足とふとももを上げ、草履を踏みしめ、地を鳴らす。


「聞こえなかったのか――そこから一歩も入ってくるんじゃねぇ」


 坊主は一瞬、「面白い……」と言わんばかりにほくそ笑んだ。


 空気が緊張し、張り詰める。一触即発。


 ワシが言いたいことは一つ。坊主が入ろうとしているのは――


「そこは……玄関じゃない。たぶん窓じゃ」


 張り詰めた空気がゆるりと弛緩しかんする。


 ワシの言葉に、坊主がきょとんとする。


 なぜかセレスヴィルもきょとんとしている。


 そして、坊主の顔に貼り付けられた、あの表情がぽとりと落ちたのに気付いた坊主は、ワシの的確な言葉ツッコミに――


「あっはっは! 愉快! これは実に愉快!」

と声を張り上げた。


「何がおかしいんじゃ! 玄関から入ってこないヤツは客人じゃない。ただの空き巣と同じじゃ!」


「うむうむ。確かにこれは失礼した。非礼を詫びよう――お邪魔するのは、また別の機会にしよう」

と跨いだその足を引っ込める。


 それを見て、ワシも内ポケットから手を離す。


「……それにしてもお主様よ。その顔には、死相が見えるぞ。これも何かのえにし。お主様が死ぬときは――是非、拙僧が仏まで導いてしんぜよう」


 そのまま手を立て、お経でも唱えようとしたので


「……ワシは無宗教じゃ」

と教えてやると


「それでは、また……御免――」

 坊主は背を向けどこかえ去って行った。


 しばらくして、姿や気配が完全に消えると、ようやく――張りつめた気が抜けた。


「おわかりですか?」とでも、言わんばかりに、セレスヴィアがにやりとこちらを向く。


「わかっとる」

 そんなもんはを感じたときからわかっとった。


 今まで見たどんな人間よりも濃い……あの存在感――あれが偉業を成したという、オマケなんかじゃない本物のシュヴァリエ。


「やばいのう。あんなのがウヨウヨといたら、命がいくつあっても足りん……」


 そしてあの坊主は確かに、はじめから、穏やかな表情の下、胸の内に――ワシらを殺さんとするほどの、を孕んでいた。

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