我ら放課後全力倶楽部!!

紅井寿甘

第1話 夏の始まり

「百万ある。これでキミの一夏を買いたいんだ」


そう言ってクラスメイトにして腐れ縁、こっ恥ずかしい言い方をすれば俺の幼馴染な女、阿佐ヶ谷夕陽は札束を机の上に叩きつけた。

期末テストが終えた放課後。

他のクラスメイト達は、打ち上げだの部活だので既に全員いなくなっている。


「……なぁ、夕陽。お札ってのはカラーコピーしただけで捕まるらしいぞ」

「失敬だな! 私は前科一つないキレイな身だよ。なんなら確かめてみるかい?」


どうやってだ。


「ああ。新聞紙って切り抜くと丁度お札と同じ感じになるんだっけ?」

「疑り深いなキミは。正真正銘、頭のてっぺんから尻尾の先まで諭吉先生だとも」


そう言いながら札束を起こし、タテに立たせてからパラパラとめくる。

微動だにしない福沢諭吉の顔面が、1秒間で100連続で通り過ぎる。

事ここに至って、初めてゾクリとした感覚が背筋を駆け抜けた。


「……待て。待て待て待て! なんでだ! 一体何をどうした!? 宝くじでも当たったのか!?」

「そうだ」

「そうかよ!!」

「ああ。500万ほど当たったので、父さん母さんと山分けしたんだ」

「お前ん家の両親おかしくないか……?」

「何を今更。幼稚園の時から14年の付き合いだろう?」

「お前ん家の両親おかしかったな……」


阿佐ヶ谷家の奇行の数々は、語るたびに頭痛がしてくるので割愛する。

それにしたって、高校二年生にポンと100万円を裸で渡してくるのは頭がおかしすぎる。

いや。

待て。


「……待て、夕陽。お前さっきなんて言った?」

「ん? 『百万ある。これでキミの一夏を買いたい』と」

「……どういう意味だ」

「文字通りさ。これで、キミの一夏を買わせてくれ、カケル」


にっこりと夕陽は満面の笑みを浮かべる。

性格が滅茶苦茶なかせして無駄に顔が良くてムカつく夕陽の笑顔と、

100人の福沢大先生との間を俺の視線が忙しなく往復する。


「高校生のバイトなら、高くて時給千円くらいじゃないか? 一日は24時間で2万4千円。40日の夏休みを、丸々買い取れるという話だ」

「24時間連続勤務を40日間続けたら労基署はブチ切れるぞ」

「届けて出ていないから無問題さ」

「……業務内容は」

「夏休みの間、私を何より優先してもらおうかな。それで、全力で遊ぶ。全力でだ」


全力、にやたらと力が入っている。


「フツーに過ごしてようが、いくらでも遊べるだろ」

「いや、違うさ。多分、これが最後だ」


夕陽の声のトーンが一段階下がる。


「来年は多分、受験で忙しくなるだろう。進路によっては、再来年にはもう会わなくなっているかもしれない」

「そんなの、」


違う、とは言い切れなかった。


「だから私は、全力で遊び倒してやると決めたんだ。それはもう、及びもつかないほどの全力でね。……そう考えたとき、やっぱり本気でバカをするならキミに隣にいてほしいと思った。だから」


ぱん、と夕陽の手が卓上の100万円を叩く。


「これがこの夏を全力で楽しむための、第一歩。初めての私の全力だ。受け取ってくれるかい?」

「ざけんなバカ」

「バカとはなんだ。期末の成績で勝負してもいいんだぞ」

「バカはバカだ。友達誘って遊ぶのに金チラつかせるバカがどこにいるってんだよ」

「……ふふ。はっはっは!」


夕陽が片手で目を覆って笑いだす。


「……何がおかしい」

「いや、滅茶苦茶未練がましく見てるからさ、これ」


ひらひらと揺れる札束に目が吸い寄せられる。

己を恥じたいが、いや。言わせてほしい。だって。


「百万だぞ! ひゃくまんえん! いいからしまえ、目に毒だし誰かが見てたらどうすんだ!」

「誰も見ちゃないさ。……それで、友人であるカケルはこれを貰わずに遊んでくれるんだ? 一夏ずっと」

「……いや、冷静に丸々1000時間とかは無理だからな。でも、いいさ。やれる限りで、全力で。付き合ってやるよ。夕陽」


それを聞いて、阿佐ヶ谷夕陽は満面の笑みを湛えた。

……最初から、こう話が運ぶことは分かっていたんだろう。


「よし、じゃあ夏の計画を立てようか。アイスくらいなら奢るさ、ここから」

「……待て、だから出すな! 裸で持ち歩くな! しまえ! せめて一人だけ財布に移してから使え! 心臓に悪いんだよ!!」


◆◆◆

本日の収支


支出

アイスクリーム(スモールダブル・コーン)×2 1016円


残金:998,984円

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