109、健全系スポンサー(中辛)

「君の問題は単純だ。この場での討論に勝つことを優先した」

「それは負けてもいい、ということですか?」

「違う。勝つために手段を選ばない、というのは貪欲そうで素晴らしいが、勝つためだけでないなら手段は選ぶべきだし実際そのほうが貪欲ですらある」


 ゼセウスは自身の欲望を隠そうともしないようなことを言うが、なるほど。

 商人のように言うなら、勝利、つまり、勝つことそのものに価値をつけるのと同じように、過程――勝ち方にも価値をつけることができるというのが、その主張だろう。


 それはよくわかる観念だ。子供達にも時間をかければ理解できることだろう。彼らの教科書に載っていた歴史上の出来事などはそれを理解するのに適切である、王家の正統についてと簒奪の前後の大混乱。これらなどは最も『勝ち方』に異議を示せなった例としてわかりやすいだろう。

 だが、それは、ここでゼセウスが浚うべき内容ではない。ゆえに、彼は自分の論を進める。


「そうだな、端的に言うなら、嘘で他人を丸め込むのはその時には有効だが、後々尾を引く」

「……えっと」


 どういう意味か、と問おうとしたのは、リノだった。

 ゼセウスはそちらににっこりと裏のなさそうな笑みを向けて。


「錯誤と誤認と……ふむ、議論のひっくり返し方と話の旨いところだけ持っていく方法といってもいいかな」

「ごめんなさい、私は……クヌートほど頭の回転が」

「その言葉が本当かどうか私にはわからないが、君がそういうことを口にしてしまう少女だということを前提にして話をしよう」


 クヌート、とリノの口にした名前を一度小さくつぶやいたゼセウスは、


「そちらの少年は、嘘ではない嘘をついて、君を説得した。まぁ、これは本論ではないけれど」

「うそ、なのに、うそじゃない、ですか?」


「後から、間違っていたというようなことを言える類の嘘だよ。そうだね、分かりやすいところで言えば『明日は雨が降ると思うよ』と、私があてずっぽうに言ったとしよう。これは雨が実際に降ればだれにも気にされないし、雨が降らなかったところで間違いだったと言えるものだ。私が、本当に雨が降ると思っていたかどうかは、もはや誰にもわからない」


「それが、嘘じゃない嘘、ですか?」


「推論や仮定はある程度そういう性質がある。そして、そうだね、例えば、明日雨が降るかどうかについて私が金を賭けていたとしよう。『明日雨が降る方に銀貨を賭ける』とね。そうなると、雨が降ることを本当に思っていたかどうかとは別のところに本質が移って嘘だったかどうかには、意味がなくなる。この時、問われるのはただ、雨が降るかどうかという事実だけになるからね」


 ゼセウスの一息に近い言葉の奔流に、リノは頷き、クヌートは気まずそうに視線を漂わせる。


「問題は、この二つの丁度間位の場合だ。『明日雨が降るような気がするから今日のうちに洗濯をしてください』と私が家政婦にお願いしたとしよう。そうなると、明日、雨が降るかどうかにかかわらず、家政婦は今日のうちに洗濯物をしてしまうことになる。もし、明日、天気が良かったとしても、洗濯をしたという言ってしまえば『前払い分』は返ってこないわけだ」


 ふんふん、と首をふりふり理解しようとするリノは相応に子供らしい。

 オーリがリノに視線を向けている。


「先ほどの話であったのは、これに似たような流れだ。ふむ……少年か坊か、どちらか説明してくれるか?」

「……えっと」


 話を振られた坊は、立ち上がろうとして、しかし、クヌートの方に視線を向けた。

 おそらくは、説明できるのだろう、けれども、その内容的にはクヌートを害うと危惧したのだと思う。

 視線を向けられたクヌートはというと、


「はぁ」


 とため息を一つついて、口を開いた。

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