110、値段と質と

「あぁ、リノ先輩。簡単なことです。――簡単に見せかけることでだましたというほうが正しいかもしれませんが」

「ん、えと、ちょっと待って。自分でも少し考えてみる」


 ゼセウス相手であれば言えないようなセリフだろうが、クヌート相手なら口にできるというのが、リノの人との付き合い方の方向性が出ていて興味深い。ニコを見つめると、彼女からの視線が返ってきた。にっこりと微笑みが浮かんでいる。俺は一度目を瞬いたあとに、おそらくはぎこちないだろう笑みを浮かべた。


 笑顔というのになれていないと、そんな調子だ。だが、上がって落ちた心拍が一旦の冷静を与えてくれる。


 交流の方向性の内向き外向きという分類をするなら、オーリやマルは外向きだと思う。若干内向きながらもバランス型とでもいうべきがシノリで、内向きはリノとニコの二人だろう。


 だが、二人の外との交流の仕方を見ていると、基本性質としての内向き外向きというのにプラスして、外を苦にするか苦にしないかというのがあるような気がする。


 そして、リノは、外との交わりを苦手にしているのではないかという節がある。

 とはいっても過剰なレベルではないようだが……。


 ともあれ、彼女は自分の内側の思索に入ってしまった。

 しかし、それは気になるほどの時間ではなく。


「あ、つまり、値段の話? 直観だけど」

「……まぁ、そうです」


 孤児院の子供たちは頭の回転が速い。引っ込み思案の気があるリノもその例外ではない。ことさらにそれが強調される場面は少ないが考えればきちんと回答を作り出せるあたりでわかろうものだ。


「質のいい肉は高くなる。とそれはいいけど、質のいい肉ばかりだとどうなるか、という話よね」


 オーバンステップは都市としては普通か少し小さい規模だ。穀物の類は他の街からも購入しているが基本的にはここで生産されたものはここで消費する。つまり、作ると使うでバランスが取れている。


「冬を前にして牛を潰すというのは、ごくごく一般的な話です」

「うん、肉を食べるチャンス、だもんね」


 牛は除草や労働力として春の初めにやってきて、冬の始まりの前に潰される。

 冬季に牛を生かすためには、野の草がないため別個に餌を用意する必要があるからだ。


 それなら、割り切って、冬の間は牛がいない状態にしたほうがいい、という判断で。

 これは理にかなっている。そもそも、仔牛の購入は税の一形態であり、何年かに一度春に購入しなければならないのだ。

 ダブらせてコストを払う必要もない。


「そういう事情で冬前には肉が市場に出るわけですが」

「えっと、質のいい肉が増えるとどうなるか、ね」


 リノがつぶやき、思考を走らせているらしい。クヌートはそれを待つことに決めたようだ。


「つまり、おいしい肉が回って来やすくなるってことだから……良いこと?」


 自分でつぶやき、何かの違和感を覚えたのだろう、ぶつぶつと思考を続ける。

 と、袖に引く力を感じた。

 視線を下げると、ニコの目にぶつかる。


「わかる?」

「一応は」

「教えて」

「あー、いや。たぶん、答えが出そうだよ」


 見るとリノの目には力が宿っている。



 その表情から、彼女は彼女の答えを見つけたのだろう、と推測。

 自分の出した答えとの答え合わせを待つかのように、彼女を見ている自分に気づく。


 こちらの答案用紙に書いたのは簡単な話だ。原料の最低価格が上がると、処理できなくなるから最終的には『良い肉の値段が安くなる』とそういうことだ。つまり。


「いいお肉をいいお肉の値段で売ると、いつもの肉を食べていた人たちの手には届かない値段になるかも、そういうお肉が多くなりすぎると、お買い物をする人のお財布では賄えなくなって……肉が余る?」

「余りますかね?」


「余らせないようにしようとするか……じゃあ、保存食が増えるか、値段が落ちる?」

「基本的にはそうだと思いますけど、高い肉で保存食を作るかとなると疑問ですね、なので、値段が下がる、と仮定しましょう」


「うーん、でも、いいお肉なのに安く買えるならいいことじゃないの?」


 リノのまっすぐな質問に、クヌートはふむ、と一旦受けて一つ頷く。


「良いことですね。美味しいお肉が安く買えて、美味しいご飯にありつける、と。さて、それは誰にとっていいことでしょうか?」

「え? みんなにとって?」


 リノは答えるがそれは質問に反射的に浮かんだ答えを口にしたようなもので、考えている様子は見られなかった。

 その逸りを抑えるためだろう。クヌートは、数呼吸分の時間をじっくり取ってから、もう一度問う。


「その時に割を食う、という人はいませんか?」


 先ほどまでの応酬よりも遅いテンポで問う言葉は、リノの逸りも抑えたようでワンテンポの思考時間があった。


 だから、答えを導けたようだ。


「あ、肉を作ってる人は、おいしい肉を作っても高く売れないし、いつもの肉はさらにもっと値段が下がる?」


 言葉に、子供達も、あぁ、とか、へぇ、とかの反応を返す。話が繋がってきたからだ。



 だが、クヌートはそこで止まるつもりはないらしく、また口を開いた。

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