104、わるい、と、悪意

「他の要素を削ぎ落として考えましょう」

「?」

「えっと、考える部分を限定しましょう、ってことです、リノ先輩」


 特に起伏もない発言だが、若干調達的に聞こえるのは、俺の性格が悪いからなのだろうか。

 だが、いずれにせよ、議論は続く。


「いいの?」

「良いんだよ」


 問うてきたのは、ニコで内容は、自分の進退を預けても良いのかということだろうが……。


「クヌートが説得できればいいし、できなくとも……ニコは俺が残れるように出てくれるだろう?」

「……まぁ」

「それに、不満は吐き出したほうが良い、と思う」


 吐き出せる時に吐き出すのは精神衛生上良いと思う。

 自分の論の通る・通らないとは別にして、自分の言葉で主張するというそれだけでも十分に不満は解消される、と思う。



 今、焦点になっているのは、俺が孤児院に取って損得どっちの存在なのか、ということだろう。面倒なことだが、わかりやすいというのが第一に大事で、そして、その問は先程オーリが出したものだ。リノもオーリの代弁者として立つのであれば、そこを焦点にすべきだと思ったのだろう。


「じゃあ、何で得して何で損するのか考えてみようか」

「……うん」


 結構ずるずると、クヌートのペースっぽいが、リノはその事自体にはあまり問題なさそうに応じる。


「損する部分を先に挙げようか。まずは今回みたいな事態だね」

「それは……その人を恨んでいる人がいたら、私達が巻き込まれるかもしれない、というそういう事態を指してるの?」

「ざっくり言えば」


 二人の様子を伺っている子供の中にも、今の言葉で得心行ったという表情をしている子も何人かいる。どの段階について理解したのかはわからないが、理解が進んだのなら良いことだと、ここでは判断しておく。


……それにしても、よく考えると、あんな事件があったあとなのに、子供たちが結構平静なのがすごい、と今更ながらに思う。


 もっと動揺していたほうが可愛げがある、……とそこまでは言わないが。

 勿論、今の状況では落ち着いていてくれる方が良いのは間違いない。

 しかし、巻き込んで、巻き込まれて、か。


 それ自体は申し訳なく思う。

 けれど、


「それはどうだろう、ね」


 クヌートが言う。

 今の部分についてすら反論の部分があるのだろうか?


「うん、極めて遺憾なことだけど、悪意、なんてものはどこにでもあって、人と人の悪意の応酬に巻き込まれるなんて、ごく普通のことだと思うけどね」


 クヌートとリノの差、なのだろうか。

 リノは、巻き込むような人が悪いというような視点のようだが、クヌートは悪意を持った側、もっと言うなら、それを発露させた側が悪い、とそう思っているようだ。


 これはつまり、来歴によるのだろうと思うが、あまり、はっきりとしたことがわからないのでなんとも言い難い。

 もしかすると、乳飲み子の頃に孤児院に来た農家の子であるリノと、子供といえるようになったあとに孤児院に来た貧民街出身のクヌートの差なのかもしれない。

 しかし、悪意の取扱はともかく、クヌートは困ったような笑みを浮かべる。


「悪意のせいで近くの人を巻き込むことを罪と言うなら、誰かと触れ合った全てを報告するべきだ」

「……触れ合った?」

「他人と関わるということは、恨まれる原因になってもおかしくない。触れ合うから悪意が生まれるというわけではなく、悪意が生まれたときにはほとんど触れ合ったあとだ、というだけの話だけど」


 クヌートは、平気そうな声で言うけれど、その評定は泣きそうにも見える。

 多分、本人も意識していないような感情があるのだろう。


「とは言え、恨まれるような心当たりを口にしないのは駄目だった、という判断についてなら、僕にも反論は無いけど」


 表情を笑みに変えて、クヌートは言葉を出す。

 あれは多分、俺に対しての呆れ、とでも言うべきものだろう。

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