103、受け入れ、ます、ません

 シレノワを見る。彼女の表情は読みづらく、眠たげな瞳はとろんとしていながら、同時に拒否を示しているようにも感じる。

 つまりは距離感だ、と、俺は思う。彼女は……多分善人であるが、馴れ合うというか、俺とは距離を保とうとしているように見える。


 それが嫌気というか、俺に対して、気に食わないというような『感情』から発されているのであれば別に――もちろん、嬉しくはないが――良いが、それが何らかの判断に基づくのであれば危険だ。

 危険というよりも、警戒すべき、だ。

 ただし、何らかの不利益を、ではない。


 警戒するなら、それは、彼女が彼女自身の不利益を選択しないかどうかを警戒すべきだと思う。つまりは自己犠牲というやつだ。

 多分に面倒なことに、自己犠牲的に身を使うというのは場合によっては非常に強力な手段でもある。けれど、俺の好みから言えば軽率と感じる種類のものだし、


(子供たちと親しくなったあとで選択する手段じゃない)


 そう思うのだ。もちろん、ここで言う自己犠牲は命を投げ出すような類のものではなく、汚れ役、嫌われ役を買って出るという程度のことだが、その程度だからこそ選択肢としては軽い。

 だが、信頼していた大人が信頼に足るべき人間ではなかった、などと。そんな経験は子供に喜んで積ませたいものではない。


(過保護だろうか?)


 思う、運命が過酷で接するなら直接触れる人間は別に過保護で良いのではないだろうか、と。そんな感じに自分に対して折り合いをつければ、シレノワの泰然とした瞳と向き合うことになる。


「一応、そうだね、一応言っておけば。悪ぶらなくて良いってところだね」

「……はぁ」


 瞳の外見は変わっていないが、そこにこもった圧力は増した気がした。

 つまりは、


「悪者の役をしてくれないくても大丈夫、ってことだよ」


 微笑んで、しかし、決意と覚悟があっても諦めてはいなかったのだろう。シレノワはその分だけのため息をついて、安堵、はっきりとそう見える感情を顕にした。

 彼女は二歩、こちらを向いたまま後ろに歩き、そのまま、壁にあった柱にもたれた。こちらに任せるということだと、解釈した。


 多分、少なくともこの場では彼女は悪役のスタンスを取ることは無いだろう。

 それに変わる解決を提示して、子供たちに受け入れられなければならないわけだけれど。



 シレノワの呼吸が先程よりもゆったりとしたものになったのを見て、安堵とともに一旦意識から外す。

 とりあえず、彼女をあの緩んだ状態でいられるような話をしてみようか、と適当な目標を立てる。


「さて、俺は嘘はつかなかったけど肝心なことを伝えられてなかった。まずはそのことについて、どうだろうか?」


 問うてみる。予想以上に弾劾をするような空気がなかった。

 戸惑って、動揺してはいるが、そこまでだ。


「いいかな?」


 手を上げたのはクヌートだ。何を言うのかと思えば。


「説明をしなかったのは、責任のある大人としては、駄目だ、と思う」


 子供たちの視線が集まる。けれど、クヌートはあまり気にしていないようだ。

 だが、と続きそうな語り口であったことが一つ。そして、結論はそう突飛なものではないからだろう。

 むしろ、その視線に押されるようにして。


「でも、最初から話していたら多分、シノ姉は受け入れようとはしなかっただろうし、状況としては悪かっただろうと思う。……あー、説明をしなかったことで孤児院に受け入れられるという意味でフツさんは得をしたけど、孤児院の方も受け入れたことで結果的には得をした」


 クヌートは言葉を探すような沈黙を少し、挟んで。


「つまり、騙すという行為の善悪とは別に、騙された方も騙した方も得しかしていない。つまり、結果論で語ればただただ、関係者全員が得をすることを選択したということだね」


 クヌートはこちらに立ってくれるらしい。そして、俺には言えない損得の話を、一応の客観的な立場から説いてくれるのだろう。

 つまり場は、俺を受け入れるつもりの人間が、迷っている子供たちに説く場になっているようだ。


 だからこそ、その言葉に対して、おずおずと手を上げて反論を期した子がいた。

 逆に、この場で立場を明らかにしてくれるのはありがたい。そして、それは、子供たちの輪の中では積極的そうには見えない少女であるが彼女もまた個性が強いことは知っている。リノだ。


「でも、それを口にしなかったことで屋台は襲われてオーリくんは怪我した」


 小指が折れている、という話だったが、右手が折れたのだろう。なぜなら、リノは挙げた手とは逆の手で、オーリの左手を握っていたからだ。

 こうしてみると、保護者のようにも見えるが、実際にはそうではないだろう。


 必ずしもそれが悪いとは言わないが、今のリノは代弁者である。それも、積極的に発言をしないという形で、今の状況に間接的に参加していたオーリの、その沈黙を選んだはずの被害者部分の代弁者だ。


 これをおせっかいと呼んでもいいし、あるいは過ぎた親身さの現れと捉えてもいいし、あるいは、オーリが傷ついたことに対して立腹したリノ自身が代弁者という形を装っているだけかもしれない。

 まぁ、もちろん、そこまで穿ってみる必要も無いのだが。


「それじゃあ、そのへんの話もしれみましょうか? リノ先輩」


 挑発的とも聞こえる声でクヌートは言った。

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