102、振り返って気付く不幸の原因

「責任というやつですよ、先輩」

「……」


 それはつまり、どういう責任なのかといえば。解釈は幾つもできる。

 説明をしなかった責任と、信用しなかった責任と、危険にさらした責任ともとれる。

 しかし、結局のところ、何に根差しているかなんてどうでもいいことなのだ。


 もっと重要なことがあり、『それ』を説明する最も端的な表現が責任であるというだけだ。

 こちらに向いている数十の瞳を満足させるものは責任というよりも……。


「納得だ」


 小さく落とすような俺の声に対して、 ふふ、とすぐ横からニコの口からこぼれた微笑みが聞こえた。

……そんなことで、次の言葉を口にする勇気が湧いてくるというのは、まったく、まったくもって度し難い。


 物事がシンプルなほうが良いという主義に基づけばかなり最良の状態に近い、と思うけれど。

 なんとも、なんとも言い難いが、自分自身という人間がシンプルであるという自覚をすることがこんなにも不本意であるなど、知りもしなかった。しかも、その自覚を受け入れるということが、こんなにも唇の端がつり上がることを止められないような類のものだなんてそれこそ、まったく、想像もしていないことだった。


 俺が浮かべているその笑みに対して、クヌートはあきれたようなため息をつき、レアンはガッカリしたような息を吐く。

 シレノワは丁度のその間位の表情を浮かべていて、それ以外のメンバーは何とも言い難い困惑を浮かべている。


「そうだな。責任という言葉を使うのはあまり好きじゃないけれど。だから、相談、相談をしよう」


 それを口にする、俺の表情はきっと強いものではない。強いものではないが……。

 あぁ、少なくとも、話をしようと、そんなことを納得させるだけの物であったらしい。



「……、ん」


 相談の内容は、少し硬めの言葉も、危うげな推測も、過激な単語も混じったものだ。それこそ、子供に聞かせるのを本来ならためらうようなものも。

 けれど、今回は、そのままに語った。それが正しいとは限らないが。わかってくれるだろうというのは、傲慢だろうか。思い上がりというべきかもしれないが。


 それを信頼と呼んでも良いのか。そんなことすら知らない俺は、ニコに止められるまでは話そうと思い、結果として、最後まで言葉を止めることはなかった。

 結果として、


「……」


 最初に満ちたのは沈黙だ。ある意味では、俺が話をしている間黙って聞いてくれていたことの延長であるが。その沈黙は傾聴というものから、思案という意味合いに変わっているように感じた。

 つまり、受け止めてくれて、それからどうしよう、と考えてくれているわけだ。


「あー、兄ちゃん。確認だけどさ」


 最初に声を出したのはオーリだった。硬めの髪の毛に指を差し込んだままでこちらに向けて問うてくる。


「それは、兄ちゃんにとってどういう意味があったの?」

「意味?」

「あー、なんだ。損得?」


 聞かれて考え込む。その観点での行動だっただろうか、と。


「……えっと」


 なるほど、そういう観点で行動を説明できれば、それはわかりやすい。

 わかりやすい、つまり、納得を得やすい観点であるからこそ回答は慎重を要する。


 実際、興味深そうな視線がシレノワから向けられる。どう答えるのかが注目されているのだろう。

 そして、じとっとした視線を感じるのは坊からである。その視線の意味はなんだろうか、先程の話の中の俺の行動が気に入らないという感じか。

 ともあれ、まずは、オーリの疑問への答えだ。


「気に入らないかもしれないけど……そうだな、気分の問題が大きい」

「気分……」

「さっき話したように、ギルドの仕事は『壁』とでも言うべきものがある。『壁』というそれ自体はどんなものでもあると思うけど、人為的に作られたもので人が死ぬのが我慢ならない、と思った」


「えっと、人為的ってことはつまり、本当は亜竜って強くない?」

「強くないわけじゃない。けど……どう言えばいいかな。強さと買取価格が相乗効果で上がっていって本来の値段以上に狙う価値が高いというか」


 俺がどう言ったものか、と言葉を探しているとそこに声が差し込まれた。


「とはいえ、看板は必要だと思うんです」


 口を入れてきたのはシレノワだ。

 言いたいことはまぁ、わかる。わかるが。


「君の言っていることはわかる、つもりだ。その判断に意味があることは認める、でもそれは……」


 言おうとしたことを奥歯ですりつぶす、口に出して良いこと悪いことがある。

 いや、この場合は口に出しても良いことだけれど、


(多分誘導されている)


 そう思うと口には出せない。シレノワの表情は読めないがここで引っ掛けてすっ転ばそうというような性格ではないと思う。

 彼女がしようとしてるのは多分、自己犠牲とかそういうものだ。そこまで強い言葉を使わないなら『泥をかぶろうとしている』とか『悪役をやるつもり』とか、そういう感じになるだろうか。


(状況を落ち着けようとしている)


 そんなところだろう。つまり、彼女のほしい結果のために、彼女がそういう『汚れ』をかぶるコストを払うつもりのようだが。それは今はやめてほしい。

 必ずしも性急な結論を求めていないのだから。


「支払い拒否の形になるか……」


 え、と聞き返されて、なんでも、と首を振る。

 謝罪と賠償を、という話ではない。これはもっと……何だ、気恥ずかし言い方をするなら、個人的で感情的な、関係を構築するという局面である。


 サラリと流すのは良くない、と思う。あぁ、全く。感情に流されている、

 手っ取り早いのは間違いない。


(看板のために冒険者の命を天秤にかけることを良しとしなかった、と、そう言えば……)


 坊と薬師はともかく、他は納得してくれるだろう。

 少なくとも、表立っておかしいとは言わないはずだ。

 けれど、それは……ギルドの一般的な価値観がおかしいと言うのと同時に、シレノワがそれを認めている立場であるということを前提にした反論だ。


(……。 あぁ、そうか)


 なんとなく、理解した。今の場合シレノワは、攻撃的な視線にさらされるのを覚悟で今の言葉を口にした。そして、俺はそれを効率的な手段であると認めつつも、それを容れなかった。これは転回だ。

 彼女が望んで、というか、受け入れて立とうとした立場。間違えて、批判されて攻撃される、という場所に。受け入れぬままに立ったのが、少し前の自分であったと、


――つまり、間違えて、批判されて、断罪されるという椅子に『座らされていた』と逆の立場でようやくわかったのだ。


 それはやられる側には理不尽だが、理屈にそっていて……。今の自分の判断を不合理だと思った俺からすれば、切り捨てる側のそれは合理的な判断に見えた。

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