101、寝台上の晒し者

 やや落ちついたニコに手を離してもらい起きたことをごくおおざっぱにまとめると、何ということもない俺に対しての襲撃だった。


「こっちに向かって襲撃、というか、石を投げてきたのは二人。多分、石を投げてすぐに逃げる……屋台の破壊と誰かを釣りだそうとしたんじゃないかってさ」


 そんな話が漏れているのは、襲撃者が捕まったからだろう。


「一人はそっちの子が捕まえたけど、もう一人は……僕が捕まえましたよ」


 レアンが申告する。事件が起きるまで看過していて、いざ起きた後も投石の後でしか動いていないことについて思うことがないわけではないが、それはそれとして、


「ありがとう」

「――いえいえ」


 頭を下げておく。


「ちなみに、店のほうは事件の直後は客足が減ったけど道的に客層の入れ替わりが激しいから、何とか売り切れまでこぎつけた。で、もう夜になってるぞ」


 マルの声だ。人が並んでいるところにいると、身長のせいで隠れてしまいがちになるが声自体には結構な張りがあってよく目立つ。


「ここは、店舗のほうだよな」

「そうですね。屋台を出していた場所から、そのレアンさんが協力してくれたのであなたを運んできました」


 小さな子供たちを落ち着かせながら静かな声を上げるのはシノリだ。

 その声には、隠そうとしているが隠しきれない疑問が見え透いている。


「まとめるとあれだな。襲撃者は二人とも捕まえた。今は警邏詰め所にいる。屋台のほうは最初の目標である、売り切れを達成した。襲撃の投石については……一発が調理者狙いでそれは俺が間に合った、捕り物と合わせて右手が動かしにくいけど」


「負傷の度合いとしては、小指の骨折と取り押さえるときに犯人が抜いた刃物で二の腕を浅く切った程度じゃな」


 補足したのは薬屋の女店主だ。オーリの傷も見てくれたらしい。

 よく見れば、何やら指に巻き付けたような治療の跡がある。


「二発目の投石については、何と言いますか……」

「――ありがとぉ」


 シレノワが言おうとしたことをニコが少し戻ってきた昂ぶりの声とともに遮る。

 そのリアクションから考えると、おそらく、二発目はニコ狙いで、俺がそれを防いだとか、そういうことなのだろう。

 結果、俺に包帯がまかれているということは……。


「……頭で受けた馬鹿がいたみたいですね」


 ぼそりといった声はクヌートの物だ。彼は視線をそらして、こちらを見ようとしない。


「あー悪い、心配かけたか?」

「……僕は心配してないですから、ニコや小さい子たちのフォローをしっかりしてください」


 ふむ、このリアクションはどちら方向だろうか。

 と、益体もないことを考えていると、


「無茶のし時なのはわかるが、ほかにも方法があったんじゃないかねぇ」


 女店主さんの意見が厳しい。


「頭の骨の中を治すのは、難しい、というか、ほとんど方法が確立されてないからねぇ、危険のある場所に行かないのが一番だが、薬屋としては、危険を受けるときには治る場所で受けるのがいいと思うよ」


 まぁまぁ、分かる意見だ。

 では、問題の根本について、踏み込まなければならない。


「先輩は、あの襲撃者に見覚えはありますか?」


 それを口にしたのはレアンだった。

 遠目で顔を隠しがちだった襲撃者の顔は分からなかったが、その言い方から推測は立てられる、それは知っているはずだ、という意味を暗に含んだ言い方で、自分が知っている可能性があり、それをレアンが示唆できる相手だというのなら。


「熊の構成員か」

「正確な身元としては、元構成員ということになっているみたいですけど」

「元?」


「やめたか、やめさせられたか、あるいはやめたことになっているか、どれかはわからないですが、そういう情報がすぐに手に入ることを考えれば、やめたことになっているのでしょうね」


 俺のかつての協力者の一人が所属していたチーム、灰色熊。その名は、リーダーのあだ名からつけられたらしいが、戦士職としても大柄ながっちりとした体躯と頭髪の色が生まれつき灰色がかっていたことからつけられたのだと聞いたことがある。そのリーダーの死には俺が関連している。であればおそらく動機は怨恨だろう。


――つまり、俺が巻き込んだ形になるのか。


 であれば、最初にしなければいけないことは決まっている。


「悪かった」


 謝罪だ。



 しかし、それに対する反応は、ほかのなんでもなく困惑と、そう表現するのがしっくりくるものだった。


「謝罪になってない」


 ニコに突っ込みを入れられる。

「どうして謝ってるのかわからないままの謝罪は自己満足、それは知ってるはず」


 言われて、そうだったと思い返す。ニコとクヌートは知っているがそれ以外のメンバーは事情を知らないのだ。

 いや、レアンは別口だが。


「すごく簡単に言うと、俺のことを恨んでるやつがいて、そいつらの一部……だと思う」

「……逆恨み?」

「どうだろう、俺の方から見ればそうだけど、向こうがどう思ってるかは別だな……逆恨みかどうかは、公平に考えられる奴じゃないと判断できないはなしだろう」

「わたしは、この人が悪いとは思わない」


 言ってくれたのはニコだ。クヌートも少し遠い場所で頷いている。


「二人は事情を知っているんだね?」


 二人に確認するレアンに二人はうなずく。


「じゃあ、フツ先輩本人よりも少しでも客観的な立場として僕が言おう」


 ぱん、と一つ手を叩いて注目を集めた後でレアンは口を開いた。

 主導権を握った彼は、おもむろに口を開く……、


「既存の価値に抗って、命を捨てる冒険者を救おうとした無知蒙昧な若人の話だよ。一部は伝聞推定の部分もあるのは大目に見てほしいね」


 そう前置きをして、話が始まった。

 その語りは抑揚がついてきて、聞き取りやすく小さな子たちが疑問を表情に浮かべるごとに細かい注釈を入れるという丁寧なものだった。神官衣装を着ていることもあいまって、言葉には説得力がある。


 結論から言えば、その語りは確かに、事前の本人の言の通り公平を期して語ろうとしているようだった。

 灰色熊の構成員に私刑にかけられて街を追放されたあたりになると、子供の中には涙を浮かべるものもいた。


 それが同情からくるものか、あるいは、単純に行為の内容に対しての恐怖なのかはわからないが。

 レアンが語り終えたとき、最初に場を支配したのは沈黙だった。

 それを破ったのは、珍しく考えたような表情から顔を上げたオーリ。


「えっと、つまり、兄ちゃんはいいことをしようとして、でも、誤解されて殺されそうになった、ってこと?」


「若干、フツ先輩の側に立った意見だと思いますが……まぁ、おおよそ、そういうことでしょう。訂正するなら、『いいこと』というのがあくまでも先輩が『良いと思ったこと』でしかないというのは注意が必要ですが」


「……それって、重要なのか? 良いと思ったことの中にしか良いことはないだろ?」

「そうは思いませんし、それに、先輩が思った、ということは、ほかの誰かはそう思わなかったかもしれない、ということです。そういう人間にとっては『良い』どころか『止めなければならない』ことかもしれません」


「でも」

「いいですか、先輩はギルドの職員という立場でそこそこ多くのことを知る立場にあった。そのおかげである程度の正しい判断を行える可能性があった、それは確かですが、逆に、そうでない立場の人間がどう判断するかをあまり真剣に検討していたとは言い難い」


「……どういう?」

「簡単な例でいうなら同じ食べ物について『まずいけど体にいい』と知っている人間と『まずい』しかしらない人間ではそれに対する評価は違います。そして、知っている人間が、知らない人間に食べさせるにはそれ相応の根拠が必要だ、とそういうことです」


 それはつまり、と、レアンは目を細める。


「ある意味で、そのようなざまに成り果てられたのは、理解してもらうことを怠った先輩の自業自得ではあります」


 笑い声は上げないが、笑みを消さないレアン。

 まったく正論だということが今の俺にはわかるので何も言えなかった。

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