068、第一印象

 やる気というのは測りがたいもの、だ。

 増えた減ったはまだ分かりやすいにしても、上がって下がってとすると前後でどっちが上だったかは本人すらわからないのではないだろうか?


 逆にやる気を上げたり下げたりするというだけなら原因や不満を把握できていれば可能だろう。

 少なくともシレノワの場合は、その反応込みで目に見えやすくなった。


 その反応を目にしたのはたまたまではあるが、彼女は責任と最良の厚い立場に対して目を輝かせたというのは、こちらとしては非常にありがたいことだ。

 無論、それを恃みにして、重い責任を押し付けるのは違うと思うが、彼女の判断を尊重しつつ責任を預けていくのは出来そうだ。どうしたって、支部とは言え、ギルド運営の初期は人的資源が少なくなるのは間違いないから、そこで責任を持てる人間がいるというのは非常にありがたい。


 そういう意味では、スキルとは別に、ぜひとも確保したい相手になったわけだ。



「そろそろ、痛いからやめてくれ」


 つねられていた肘をニコに離してもらう。おそらくは赤く染まっているだろうが、とりあえず、それは優先事項ではない。会議を続けよう。


「残念ながら俺はいわゆる『門の部屋』について、知ってることは多くない」


 先に宣言すると二人の目が集まり、それに追従するように他の目も集まる。


「勿論、ギルドにおいてどういう存在なのか、とか、最重要であること、とか、その辺に関しては問題なく把握していると思うし、維持管理にどれくらいの時間と費用がかかる、とか、そのあたりの……まとめて言えば、『役割』と『運用』については一つの街の事例だが知っている……つもりだ。だが、それを最初に作るとなると、それは知らない。『門の部屋』は問題がなければ数十年に一度建て替えたりする程度のようだからな」


 つまり、俺は門の部屋を作るという段の話について、知っている内容は、あくまでも文書の上、しかも、設計等々ではなく、あくまでも金や人の流れ程度の数字の話でしかない。

 印象としては、大枠を作るまでの期間についてはほかの建物と大差ない、という感じだが、職人の数が多く、また、細工職人とか、そういう類のハコを作るのに直接関係のないような職人の出入りがよくあるのと、建材にいくつか、非常に高価なものが含まれているあたりだろう。


 まとめれば、時間はさほど多くないが、金の消費される速度が高い、そんな部屋だということだ。


「ということで、二人はどうだ?」


 自分に、きちんとした知識がない、という断りのあとで二人に水を向けると、シレノワは、人差し指を唇に触れさせてから、言葉を探す。


「私は、作るときの要点、のようなものを一応聞いてはいます。もちろん、役割と運用についても、知らないというわけではないです。ただ、実際の作業となると、関わったことはありません」


 棟梁は、最後に口を開く。鼻の頭を指先で掻いてから出てきた言葉は、

「俺は……、俺も実際には経験がないな。ただ、俺の師匠に当たる男は『門の部屋』の建設にかかわったことがあるといっていたし、実際にその作業の内容の話は耳にタコができるほど聞かされた。で、実践もさせられたな。こんなことがあると思っていたわけじゃないだろうが、なるほど、年寄りのたわごとにもたまには耳を貸しておくべきだな」


 最後の一言は、後ろに並ぶ大工たちに向けても言われているようだ。

 大工たちは、乾いた笑いを浮かべるものや視線を逸らすものなど、それぞれに反応を違えているが、おそらくは、棟梁の話が長いとか、そんなような理由でもあるのだろう。


「そうか。じゃあ、やっぱり、二人がメインになって決めてもらうのがいいな。どれくらいの鐘と時間がかかって、ダンジョンに潜るのにどれくらいの邪魔になってって当たりを……いや、違うな、順番を間違えたな」


 俺は頭の後ろを掻く。声を止めて不明なことをつぶやき始めたからだろう。部屋の中の視線がこちらに向く。視線の集中に、ニコが若干体重を後ろに預けたのが椅子の軋みとして聞こえる。


 だが、視線を集めるような挙動をしたのには一応理由がある。

 そうだ、決断の場面には、視線が集まっている必要がある。


「これは勧誘だった」


 一言、宣言のようにつぶやくと、シレノワが身を震わせる。


「それでは、ラノワ=シレノワ君。現時点での君の気持を知りたい」

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