067、三角形の三者面談

(とはいえ)

 話していいこと駄目なことはある。

 しかし、ここはそれを考えないことにしよう。



「棟梁。ゼセウスさんから何を聞いてるか、確認しても?」

「うちの旦那は……そうだな。『難しい場所に難しい建物を建てる予定があるが腕を振るってくれるか』と、職人に対しての挑発じみたいつもの言い方をしただけだ」


 一つうなずく。なるほど、らしいといえばらしいような気もする。

 煽るときは煽るし、芝居がかった言い回しも好む。やり口はともかく、やり方は子供っぽいのかもしれない。第一印象のただの切れ者という感じとは結構印象が違ってきている。


「同行者のそちらの女性についても特に聞いてない?」

「あぁ、旦那が最近始めた面白い勝負の屋台に連れてくと言われて行ってみたらそこにいた先客って感じか。旦那はそっちのお嬢さんの顔を知ってたみたいだが」

「私の方としては初対面でした。もちろん、有名な人なので見かけたことがありましたが、声を交わしたりした記憶は特には」


 シレノワがそう応え、それにも一つの頷きを返す。

 まぁ、それはわかる。あの街なら有力者といっても間違いはないだろう。それ故に顔を知られているということも、小さな街で、知らないことによるリスクなど避けたほうがいいに決まっている。


 逆に、ゼセウスがシレノワを知っている理由もわかる。推測ではあるが、こちらが何をしようとしているか知ったならまず、あの街のギルドとどういう関係にあるのかを調べるだろう。

 まして、ダンジョンのない街に、なぜだかダンジョン師がいるなら注視してしかるべきだ。


「これは……」


 彼の考えを読み解くのはズレが生じそうな感じがして怖いのだが、この状況についてであれば、委任されていると解釈してもよさそうだ。

 シレノワを見てみると彼女も自分が何であるかを棟梁には言っていないようだ。


 少し気遣いつつも、恐れているようなリアクションからの推察だが。

 なら……ふむ、良いか。どうせ現地に行けばわかることだ。


「棟梁に建ててほしいのはギルド支部だ……言ってる意味が分かるか?」

「……」


 棟梁は一瞬眉を動かした。驚きの表情だろうか、しかし、それを表に出さないように心掛けているらしく、それは一瞬で収まった。


「言ってる意味は分かるが、……街にある支部ではなくだな。もちろん」

「あれは――そうだな、あれとは違うものだ」


 迷宮の管理をしている支部と、そうでない支部では様々な面で違いがあるが、それを説明することは今の時点では理解の助けにはならない。ならば端的に要点だけを告げる。


「確認したいのは、迷宮入り口の管理までを含んだ建物を作る技術があるかということだ」

「……本気か」


 こちらを半眼で見る棟梁は言葉の内容を信じられなかったのかもしれない。疑うような、あるいは伺うような目である。それに対して答えるのであれば。


「だからわざわざこんな山の中まで来てもらっている、あの街のギルド職員と一緒に」


 そういうと大工たちの目がシレノワに集まる……いや、棟梁はそちらに目をやらずにこちらを見据えたままだ。子供たちが大工の視線の行き来に合わせてきょろきょろしているのが可愛らしい。


「一応確認しておくがダンジョンの隠匿は重罪だと知っているな?」


 棟梁はまだ、なんとも判断のつかない眼光のままでこちらに問う。だが、彼の側としてはこれは軽い確認程度の意味しかないだろう。何しろ、ここに彼を派遣したのはあの切れ者の商人だ。

 何らかの意図のもとだと判断しているはずだ。だから彼の問いに意味があるとしたら、それこそ、こちらの反応から悪人かどうかをはかることくらいだと思う。


「あぁ、だけど、ギルドには特殊な条項があるのも知っている」

――そして、俺はもちろん、悪いことだと思っているわけがない。


「そうか」


 棟梁は納得ではなく諦観に近い声音で応えた。

 次に反応したのは、大工たちの視線を一身に浴びていたシレノワだ。

 大工たちの視線は珍しいものを見るような視線だったが、それは彼女が美人であることが半分で、ギルド職員であることがその残り半分なのだろう。


「貴方が私に何をさせるつもりなのかを確認しておきたいのですが」


 それはこの状況で言えることですか? というようなニュアンスも感じなくはないが。

 こちらとしては全員の前で言うことに問題はない。


「前にも言ったことだ。君にはダンジョンの質を見てもらって出来ればこちらのダンジョンについて働いてほしい……要するに勧誘だよ。その一つの判断基準として現場の状況を見てもらいたかったと、そういうことだ」


 だから、何をしてほしいというわけじゃない、と付け加える。


「まぁ、別にやらなくてもいいとしても、希望を出すなら。そのスキルを見せてほしいのと、いわゆる『門の部屋』のデザインや設計に意見があるなら口を出してほしい、というところかな」


 門の部屋というのは、ダンジョンの入り口を収めた部屋の名称だ。普通のギルドなら心臓部といってもいい。ギルドとそれ以外を隔てる最も大きな違いなのだから。


 そして、今の発言は彼女の琴線に触れたらしい。

 組織の心臓を作るときに意見を取り込んでくれる職場。

 もしかすると、それが彼女にとっての一番の対価になるかもしれない。


 そんなことを思わせるように瞳が輝いた気がした。

――やり取りに口をはさめずに飽いたのか、ニコに右ひじのあたりをつねられた。

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