057、痴情の縺れと利権の縺れはどちらが危険か?

 さて、前提だが、ギルドは迷宮に挑戦する冒険者に対して様々な形で報酬を払う。情報の持ち帰りで金銭のやり取りが発生することもあるが、基本的には魔物からはぎ取った素材の売買を仲介にして、手数料のような形での支払いになる。平たい言い方をすれば標的に対しての討伐報酬というやつだ。


 大型で手を出しにくい獲物ほど報酬は高い。

 これは射幸心を煽りつつ、憧れと目的意識を持たせるための方法論としてギルドに受け継がれてきたもので……多くの場合は有効に機能している。


 俺がかつて問題だと思ったのは、これが外から見て最適化されているようには見えないという点だ。


「つまりは上位ランカーへの憧れを煽るために一部の魔物の討伐報酬は高くセットされているという話」

「えっと、有名税?」

「似ているようで決定的に違うからな、その使い方」


 ということで、広告料とそう呼んだほうがいいかもしれない。あるいは、サクラか。

 だが、これもちょっと意味が違うかもしれない。

 だが、どうあれこんな風に頑張れば、こんな風な報酬を得られます、と。そんなシンボルだ。


「ワイバーンという魔物がいる。こいつは翼竜……つまりは、前足の代わりに翼の生えているという魔物だが、亜竜の一種として扱われることもある」


 よく絵画に掛かるようなドラゴンが、四肢と別に翼、膜翼を持っているのとは違い、ワイバーンは前足を膜翼にすることで空を飛ぶトカゲの仲間だ。

 その姿は、羽ばたくというよりも、滑るように空を往くものだが、ともあれ、空を飛び、鱗を持ち、その姿が竜に似ている。


――それだけのこと、だが、それこそが大事というシチュエーションも確かに存在する。


 見栄、という言葉に近い観念だ。ワイバーンの討伐報酬は同レベルの対処危険度の存在に比べて二倍とまではいかないが、かなり優遇されている。


 確かに、亜竜とは言え竜種を討つのはかなりの手練れでありそれを為せるものが少ないことから、討伐報酬の上下が全体にあまり反映されないということは言えるが、それを差し置いても少々お高い。

 なぜなら――


「なぜならそれが、ギルドの戦略だからだ」


 ギルドの構成員は迷宮災害への備えとして常に高い戦闘能力を冒険者に求めている。

 ゆえに、強くなるためのモチベーションを引き出す、そんな情報を出来るだけ多く積極的かつ、わざとらしくないように流す。だが、冒険者は基本的には強くなるほど金が稼げ、強くなるには金が要る、そんな仕事だ。


「金の使い道は具体的にはレベルアップと装備品の更新が大きいな」

「レベルアップ……」


 ニコにはつい最近の出来事が思い出されるのであろう、つまりは、マルの大量レベルアップだ。

 あれで見ても銀貨が面白いように飛ぶ。


「装備品はピンからキリまでだが、こちらも安くないのは分かるだろう?」


 質問には頷く事での肯定が返る。


「俺がギルドにいたときに気づいたのは、この素材の買取の不均衡が意図的っぽかったこと」

「良いもの安く?」

「そこまであれじゃ無くとも……さっきのワイバーンがいい例だ。あれは、きちんと対策をすればそこまでの難度ではないといわれている。その割に素材の買取価格が高く設定されていて」

「ちょっと待って、素材の買取ってギルドでしかやらないの?」


 ニコの疑問に対してその意味を考えた。

 他の人間はギルドを通してしかダンジョン産のものを買えないのかどうか、という質問だろうか。それについては、


「ギルドでうっぱらうのが一番面倒が少ないとして、ギルドで売るやつは多い。もちろん、冒険者がどこに売るかは自由だし、冒険者から買うのも自由だ」

「ギルドで売ると面倒が少ないというのは?」

「大きな組織だから買取価格が安定している、あとは品質毎の価格表、みたいなのが週の初めくらいに公開されるからわかりやすいというのもある」


 値段を上げすぎたり、下げすぎたりしないように、在庫量と市場への流入量等を制御するのもギルドの仕事。もちろん、これは直接的なダンジョンを管理するためのものではないが、ダンジョンの管理に必要な冒険者の生活の維持のためと考えればギルドの仕事といえるだろう。別の言い方をすれば新規流入者を絶やさないような『魅力』を外面よく喧伝することでもあるのだが。

 細かくは補助だのなんだのといろいろあるが、そのあたりは今話しても仕方がないだろう。


 もう一つの点としては、ギルドの広大な情報網で加工についての情報も共有されるので、珍しい素材、取り扱いにくい素材、特殊な処理が必要な素材についても、買い取って採算の目処があるというのが挙げられる。これは純粋にメリットである。


 例えばだが、ダンジョンの近くの街に一人しか革職人がいないとして、持ち帰った爬虫類の皮をその職人が扱えないと、別の街まで行くか、あるいは捨てるしかない。だが、ギルドであれば、処理方法の情報を共有出来たり、どこで換金できるかなどの情報も手に入る。その分、安めで買いたたかれることもあるが、およそ価値があればその活かし方を知ることができるというのは大きな利点と言える。


「さて、そういうご立派な仕事もあるが、ワイバーンのような目立つ獲物は高く設定されていて、逆に入り口に近い魔物の素材は安価に取引されている状況があった」

「えっと……深く潜らないと報酬が労力に見合わない?」

「ざっくりそう考えてくれていい、さて、そういう時に冒険者はどんな選択肢を取ると思う?」


 えと、と天井を見上げるように視線を上げるニコ。


「耐え忍んで次まで頑張るか、耐え忍べず無茶をする」

「そうだな。ということで、俺はそれを改善しようと思った」

「……改善って何かまずいことでも?」

「別にギルドの側としては大きな問題じゃなかった。無茶をして、死んでいく奴がいようが死ぬ数と同じくらいに新しい冒険者志願が出てくる。入れ替えが進むだけだったからな」

「つまり」

「……なんだろうな。死ぬ人間を減らせると思ったんだろう。それがいいことだ、とも」


 ニコの瞳は感情が見えないくらいにフラットになった。

 何を思っているのか、何を言いたいのかわからないが。


(否定されているわけじゃない)


 そう思うと無根拠にも楽な気持になる。


「何かがしたかったんだろう。深く考えもせずに」


 俺は自分の過去に対して、あざけるような軽口を叩く。ニコはうっすらと咎めるような視線になったがそれを口には出さなかった。ありがたい。 

 にしても、当時の俺がきちんと考えていればどうだっただろうか?

 結果的にはあまり変わらなかった様な気もしないではない。なぜなら今でも、それをやったこと自体には否はないからだ。ただ、今度やるならもっとうまくできるだろう、とは思うが。


「何を、どうしたの」

「うん?」

「具体的な改善の内容」


 あぁ、なるほど。


「色々だが、塔出身の知り合いに言わせれば集約させると二つ『既得権益の解体』と富の……いや『権益の再分配』だ」


 内容は多分、ここまでの流れで察しがつくだろうが。

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