056、『なりたい』と思ったとき、貴方は既に何かを目指すものである。

「肉体と運命」


 ニコはそのままに反芻する。わからない単語だからか。

 確かに、肉体はまだしも、運命はわかりにくいので言葉が必要だろう。


「肉体ってのは、そのままだな。生まれついた体のこと。ばらつきは大きいがレベルを上げると相応に結果が伴う。これは神殿を通したりしなくていいから、意識することはあまりないんだけど」

「普通に成長している……ではない? レベル?」


「そのへんは似たような生き物なのに、耳長人や多毛人と成長が違うのはなぜかと言うのを説明する際によく引き合いに出されるね」


 ん? とニコは可愛らしく小首を傾げる。

 黒髪がさららと揺れて彼女の視界にかかる浅く払う左手はその先が若干汚れている。

 先の銀匙の粉末と同じ色だから製薬作業の汚れだろう。

 努めてその指先の動きを追わないように意識して、


「分かりやすいのは耳長のほうかな。彼ら彼女らは一般的に長命でまた、若い期間が長い。老いるときは一瞬、寿命を迎える直前に加速度的に老いて、死んでしまう、らしい」

「らしい?」

「耳長の友人知人はほとんどいないくてね。聞いたことや本で見たことになる」


 あのギルドのお姉さんくらい? と聞かれるので、あぁ、そういえばそうだったなと思い出す。

 急ぎはしないし、考えてくれと行っただけだが、来るか来ないかそろそろ返事が欲しい。


「ともあれ、同じ時間を過ごしても、耳が長いかどうかで成長の仕方が違うことを説明するためのカテゴリと思っておけばいい。後は大きなところで生まれたものがいつか死ぬこともここに含まれているとか聞いたことはあるな」


 ふうん、とニコはうなずく。


「もう一つの運命、宿命、宿業、天命なんでもいいが、そういうものがあって、確かエトランゼは分かりにくく勿体つけて『役割理論における世界からのフィードバック』とかなんとか言ってたらしいが、ともあれ、これはエトランゼの言葉を借りよう。役割が人に与える力、だ」


「役割が、人に……?」

「まぁ、卑近な例で言うと、一人っ子に妹が出来てしっかりしたお兄ちゃんになった、だとか、そういう感じだ。ただ、この場合は世界……なのか、何なのかはっきりとわからない何かから力が与えられるのが違いだな」

「条件がよくわからない」


 実は俺も、と言えたらどんなに楽か。

 この辺りは冒険者でもなければ考慮されないので、単純に言ってデータが少ない。そのせいではっきりとしたことはわからないのが実際のところだ。

 とはいっても説明できることがないわけではない。


「王族がもつ王権――開戦や国内法の改正権等々はこれによるものだ。だからこそ、法律家どものスキルが使えるわけだからな」


 法をもって人を裁くときには、治安維持の意味では国家の法で行われる。その国家の法は簡単に変えられるものではいけないし、スキルを使用して裁きを行う場合には、ただ、なんとなく決まったというような物では困る。


 そこで、王権による法が作られる。それは国土の中ならどこからでも参照でき、裁きを司る神性もそれに則る。勿論、例外はあって神殿内での汚職などは神殿法で裁かれ、商人のアコギすぎる商売は商法や商神に裁かれることがある。


 法はあくまでもその土地に住まう人間の総意あるいは、総意を預けられたものによる立法でありそれは人間によって執行されなければならないという決まりのためだ。ただ、この辺りの細かい機序は広く知らされてはいない。


 おそらくと推定することしかできないが、法治国家の基礎になる部分であり、解明されると悪用されるかもしれないという懸念があるからだろう。


「冒険者はそういう意味では中途半端だが」

「中途半端?」


 言葉が足りないか……まぁ、簡単に言えば、


「役割といいつつ、一定以上のギルド職員による儀式でなれるからな」


 世界に対する役割、ほとんど詳細の知られていない知識だが、冒険者についてはある程度の知識がある。とりもなおさず、それは冒険者が他のロールに比べて圧倒的にその数が多いからだ。


「当然といえば当然だな、冒険者より王族が多いって一体どういうことだ、ってなるし」


 一説によれば冒険者の役割を与えることがギルド職員側のスキルなのではとも言われている。

 そういう例はないではない。ともあれ。


「冒険者はロールによるもので、薬師とかはクラスによるもの、入る場所が違うから、薬師の冒険者とか、剣士の冒険者とかがいるわけだ」

「職業としては何になるの?」


「あー、そうだな。その部分に若干の誤解があるようだが」

「?」


「クラスは別に職業を決めるものじゃない」

「……え、でも」


 戸惑う顔のニコ。どういう例が説明しやすいだろうか。


「言いたいことはなんとなくわかる。オーリみたいにクラス:狩人で職業:狩人、マルみたいにクラス:料理人で職業:料理人みたいに一致したものを志望する例が近くにいるからな」

「……うん」


「でも、そうだな。例えば、あの薬屋のお婆さんがいるだろう」

「いる」


「あの人は薬師なんだろうが収入の得方としては薬屋の店番……まぁ、ざっくり言って薬屋だな」

「んー」


 ニコの表情はなんとなく、理解し始めたようだ。

 しかし、もう少しという感じ。


「極端な例で言うと『クラス:剣士』ってなんだ。剣を振れば金が湧くなら職業:剣士でもいいんだろうけど、用心棒やら、兵士やら、警備員やらそういったものになって……つまりは剣の腕を売って始めて生活の手段になるわけだ」


 職業とは基本的に、生活のためだろう、というと彼女は得心いったようだった。


「クラスは何ができるか、職業は何を生活の伝手にしているか」

「そうだな。だから、職業を口にするときは基本的には広く伝わるように言葉を選ぶ」


「自分が何者かではなく、自分が何をやっているかだけの話」

「そういうことだ」


 そういう意味では、クラスという自分の価値により得た、社会の中での自分の役割、これをして職業と呼ぶという考えのほうが正しいかもしれない。


「簡単にまとめると、自分の肉体から出る力をフェイトと呼ぶ、これは死までがその中に含まれているからだ。次に、職能神によって与えられる加護、これをクラスと呼ぶ、今の社会の大凡を決める部分になるな。最後が、自分の役割によって世界から得られる加護をロールと呼ぶ、社会の基盤を担っていたり逆に細かいところを埋めたり指定ながらよくわかっていない部分になる」


 ざっくりだが、この辺りを述べたところで、


「それじゃあ、俺の話をしようか」


 つまりは、ギルド職員として何をしたか、だ。

 何を裏切りとして、俺が何をやったのかの話。

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