058、手を取って

「……なるほど」


 ん、今の反応はたぶんわかっていないのにわかっている体で話を勧めようとした感じがする。

 気づかない程度に逸らされた視線と冬なのに額に浮いている薄い汗がそれを示しているように思える。


「一応」

「ん」


 小さな前置きを置くと、彼女の視線がこちらを向いた。


「整理のために説明を加えておくと、既得権益はここで言うワイバーンの素材が高いことなんかだな。慣習的に労力に見合わないバックを得ていることをとりあえずそう呼ぼう。――で、一気にというのは無理だが、通常の買取価格帯の方に向けて徐々に落としていった」

「え、でも、ギルドだと買取価格が安定してるんじゃ」

「まぁ、大陸全体で均一価格というわけじゃないし、そもそもそんなに大きな規模で価格を変える必要はなく、街一つ、管轄の街の中での価格を変えただけだ」


 それでも、もちろんそれなりに難航したが、俺の義理の親たちが協力してくれたおかげで何とかなった。何しろギルドのえらいさんと、そのギルドに属しているうちのワイバーン狩りを収入源にできる数少ないチームのリーダーだ。ルールを決める側とその一番の損をひっかぶる相手が共謀していれば通らないものではない。


「勿論、主眼は安く買うことじゃない。目的はそれよりも下のランクのチームにお金を再分配することだからな」


 ワイバーンを安く買った分のお金をかけだしから亜竜に挑めるようになるまでの若手の買取額に乗せるようにした。


「どうなったの?」


 どうなったか結果についてなら、


「数か月で見えるようになった結果として、プラス部分では死亡率の低減だな、つまり死ぬ奴は少なくなった。マイナスとして目についたのは冒険者に冒険心が無くなったことだ」

「あぁ、射幸心をあおらなくなったから」


 説明をつけるとしたら確かにそうなのだろうが、それが正しいかどうかは何とも言い難い。


「そうかもしれないし、或いは、生活費を稼ぐために無理をする必要がなくなっただけかもしれない。どちらにせよ、印象値みたいなものだし明確に理由を探すのは難しいだろうね」

「そんなもの?」


「ちなみに亜竜一匹で金貨20枚からってとこだな、通常買取価格で」

「……ちょっと桁が大きくてよくわからない」


「うーん、例えばこの間のレッドボアは100キロクラスで金貨1枚がいいところか」

「二十頭分」


 まぁ、遭遇しにくいとかその辺もある。だが、格段に効率がいいことは間違いない。

 ちなみに、金貨は通常の買い物に使われることはあまりない。

 1枚につき銀貨10枚分の価値があるのでそんな買い物が日常的には行えないからだ。


(露店なんかだと釣りが出せないしな)


「分かりにくければ、あれだな、さっき出した金貨20枚は下限近い買取価格だが、もし、金貨30枚の値が付けば、この孤児院が越冬できるだけの金になる、と考えればわかりやすいんじゃないか?」

「それは分かりやすい」


 状態やサイズ、需給によっては簡単にそれぐらいまでは跳ねる。

 そして、それだけの額になると、一獲千金を狙って命を投げる奴もいる。


「それを俺が金貨10枚分くらいまで価値を下げようとしたわけだ」

「恨まれる」

「そうだな、そして、恨まれてこうなったわけだ」


 左手を差し出し、左足を指し、そして、自分がここにいることがそうだ、と示す。


「さっき言ってたギルド長とチームのリーダーは守ってくれなかった?」

「……じゃあ、その話をしよう、サバ―トスの街で何が起きたかの話を」


 山の向こうの街の話を。



「まず発端は、年若く既得の構造にどれだけの妄執と意思とが乗っかっているかを意識していない男が始めた改革だった」

「……うん」


 自分の話だが。


「そいつは自分のごくごく近い権力者たちに話を通しておけば何とかなるだろうと思っていた。なぜならその成果は人の死が少なくなることで誰にとっても正しいことだ、とそんな幻想に囚われていたからだ」

「間違ってないと思う」


 ニコがフォローしてくれるが、


「でも、どこまで好意的に捉えたとしても『理念は正しいが方法は間違っていた』としか言えないだろう……先にその顛末を述べようか、改革を始めた男は体に傷をつけられて街を追われ、チームのリーダーは死に、ギルドではサブマスターが死んだ」

「チームのリーダーって」

「そう、俺を拾ってくれた二人のうちの一人」


 俺の育ての親ということになる。

 サバ―トスの街の二大チームの一つ『灰色熊』のリーダー、『黒熊』のヘイン。大きなくくりでの事件の発端が俺だとしたら、一連の終りを招いたのは間違いなく彼の死だ。


「その死自体はおそらく事件性はないと思われているけど、ギルドのサブマスターと一緒にダンジョンに潜って死んだということろが発端となって色々なことが起きた」

「当時のあなたは?」

「一応、そのサブマスターの補佐という形だった」

「偉い人?」

「ごたごたのせいで偉そうな役職に就いたことはあるけど、基本的には偉くない」

「……そう」


 感情があまり読み取れない声でいうニコだが、どちらかというと安堵だろうか。

 ともあれ、


「何が起きたかを並べてみよう。改革で恨みを買っている男がいて、その後ろ盾の一人がもう一つの組織の偉い人と不審な状況で死んで、改革の影響だという噂を流されて、灰色熊の構成員に制裁をくわえられた男がここにいる、というわけだ」

「でも、やったのは合意の上で。えっと、灰色熊の報酬を下位のチームに分けただけで」


「そうだな。俺の証言としてはそうなる。だが、サバ―トスの街の噂によれば、『俺はギルドの報酬の額をいじっていた男』で、例として『灰色熊のワイバーン討伐報酬が他の街のほぼ半分の値』であり、『差額分がギルドにない』から着服していたのではないかという風になっている」

「都合のいいように補足できるように穴抜きの文章を」


 それでも、俺を信じてくれる目の前の少女がうれしい。

 彼女は怒りを抱いてくれているようだ。

 その怒りごと抱きしめたいとそんな衝動を感じながら。


「そんなことが俺がここにいる理由だよ。そして、前回はそんな結果に終わったけど、それでも俺は人が死ぬのが好きじゃないから……手を出せるなら出したいと思ったんだ」

「……そう」


 ニコは、怒りを消した。

 消したというか、しまったのだろう。

 外から見えないところにそれを置いて、代わりに俺の手を取ってくれた。


「なら、今度は失敗しないように、きちんと方法を考えないと」

「うん」

「私も、きっとみんなも手を貸してくれるから」


 一人でしようとしなくていい。

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