052、朝の勉強と突然の質問。

 なんとなくぼぅっとした空気のまま朝食を終えた。

 ちなみにスープは低刺激という感じだがおいしかった。

 パンにしみこませても丁度いいくらいの味だった。


「いや、予定があったりするわけじゃないからいいんですけど」


 クヌートの肩を借りながら院長室に移動した。

 背が高いと少々体勢が厳しい。そういう意味でニコのサイズは最適だったのだろう。


「悪いな」

「いや、悪いのかどうなのか僕にはわかんないですけど」


 身長と目の高さから彼の視線は下向きの物になって、そうあることで目の印象が変わるが、


「まぁ、ニコもしばらくすれば気が済むでしょうから」


 そのニコは『薬の手入れをする』といって自室に戻ってしまった。

 こちらは、院長室に戻って……何をしようか、この街の法律関連の資料があるといいのだが。

 あるいは歴史とか。


「……クヌートは、この街の歴史とか知らないのか?」

「ふむ、それがどのようなレベルを求めているのかによりますね。先生の教えてくれたくらいのことは分かります、えっと、フツさんみたいに外から来た人の知らないような情報は出せるかもしれませんね」

「この街の来歴とか、ざっくりした以上のことは知らないからな。そのあたりを知りたいんだが」

「んん、単純にいろいろと知っておきたいくらいの意味ですね。まぁ、それなら適当に話しますのでわからないところを聞いてもらえれば」


 少年はいつも通りに少年らしからぬしっかりした様子で応答しながら、院長室の棚から何編かの資料を取り出した。

 机の上に並べ、そこからいくつかをピックアップする。

 残っているのは街に関する資料なのだろう。


「この辺が先生が僕らに勉強させるときに使っていた資料ですよ」


 足りない部分はそこで補ってください、と言いながら。


「さて、まずはご存知であろう部分から行きましょうか、基本は大事ですからね」



 街はいくつかの生じ方があるが、成長するものと、作られるものがあると思う。

 天然都市と計画都市、とここでは呼んでみよう。


「最初の機能は人が群れることでのメリットです」


 街という段階ではなく、人が群れになることのメリットをクヌートは語る。


「数の力で外敵から防衛でき、分業を行うことで労働力に余りが生じ、それを振り分けることで未来への備えにできる」


 単純に、人間は数が多くなることには利点があるという話だ。

 だが、無軌道に増やすとどうなるか、


「土地から得られるリソースにも限りがあるし、人間の密度には頭を打つ点があるよな」

「そうですね。それは面積においても同じです」


 街というか、人の居住区画を広げることにもメリットデメリットがある。

 例えばだが、近くの街のど真ん中に住んでいて、そこから獣を狩りに行こうと思えば少なくとも街の面積に応じた移動距離が増えることになる。


 一つの街の人間分の資源を補うのにどれだけの地図上の面積が必要なのかは大きな問題になる。土地のリソースが潤沢であればいいが、そうでなければ一人増えるたびに必要な面積が膨れ上がっていく。

 だが、これにだってもちろん解決法はある。


「最初に挙げたメリットの転用ですが、共同体の中ではなく、より大きく人間社会という仕組みの中で分業を行えばより高密度より大面積の街を維持することができます」

「衛星都市とか、あるいは、一定距離に農村を立てておくというスタイルだな」


「そうですね。人口の維持を中心の街に高次の生産機能もそちらに移して代わりに食糧生産などを外に任せるスタイルになりますね」


 あるいは、それをさらに拡張的に考えることで交易都市という形も可能だ。

――翻って、オーバンステップはどうなのか。


「人の生活圏が重なっての天然都市という感じではないですね、だからと言って、最初から計画されていたという感じでもないです。機能都市とでも分類してみましょうか」

「機能都市ねぇ……あぁ、ここの場合は鉱山採掘をもともとの仕事にしてたんだっけ?」


「そうですね。鉱山があり、鉱夫達の住居が生まれ、鍛冶のための建物ができ、それらに食事を供給するための、資源の売り付けと買い付けをする商人のための宿泊施設……とだんだんと発展した結果があの街ですねとはいっても、ほかのダンジョンでもっと割のいい商売ができるようになってからは潮が引くようにというやつですけどね」

「聞き覚えのある部分もあるが、良い復習だ」

「半分以上は知ってると思ってしゃべってますからね」


 さて、とクヌートは一つ仕切りを入れる。


「まぁ、もちろん、残ったものもあると思いますが、大きな街道から外れて主要産業を失った街というのは、よほどの何かがない限りは過去を食いつぶして生きていくしかないわけですね」

「残ったもの、ね」


 立派な外壁、煉瓦造りの街並み、鍛冶職人たちのスキル、そんなところか。

 よく勉強してるね、と適当な褒め言葉を投げると、僕はいつか<塔>に行きたいと思っているので、と返ってきた。


 学術研究機関にして、歴史を継ぐもの、学びという意味での大陸最高峰。

 そこに行きたいとはじめて子供らしく子供な一面を見せてくれたような気がするが……。

 しかし、そこで彼は笑みを消すと。


「さて話は変わって。フツさん、あなたはこの死にかけたような街で何をしようというのですか?」


 そんな詰問が飛んできた。

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