053、聞いて欲しい人がいる。

「……なにって、行き倒れていたのを救ってくれたこの院に恩返し?」

「うん、それは嘘ではないのでしょうが、というか、そう思っているのでしょうが……んー、どうでしょうかね」


 こういうのは僕の役目じゃないと思うんだけどな、と彼は言う。


「そもそもの話、どうしてあなたが行き倒れていたのかという話ですよ」


 ふむ。

……クヌートの声は語尾が若干上ずっているように感じる。

 緊張だろう。年長組の中では下のほうだ、若いというか幼いといっていいだろう。

 孤児院にいるのだから、外部の人間との付き合いも多くないと思う。


 であれば、人馴れしているわけではないのだろう。

 彼が理知的であるのは、ただ、素の頭の出来の問題であって……要するに今の問いかけに裏もひっかけも駆け引きもごく浅いものしかないと思われる。


「なるほど」


 それでも、こちらが椅子に座っている状態で、彼は立っている状態、身体的には彼が優位といってもいいだろう。さらに念のためにか、杖代わりの刺突剣と俺の間に位置取って切り出した。


 そういう気のつけ方は正直、好感が持てる。

……自分に近いとはさすがに言わないが。


「何をしようとしているか、シノリあたりから聞いてるんじゃないのか?」

「そうですね、……と言いたいところですが、あなたの口からきちんときいておきたいというのは駄目ですか?」

「別にいいが」


 作業のついでならいいだろう、簡単に事の経緯を説明する。

 孤児院の維持に大金が必要だが、それを獲得するための手段として近くにあるらしいダンジョンを使用することにした。というところから始めて、今は街にそれを卸すための交渉、工作、そんなことをしていると。


 そのあたりについては、たぶん、シノリあたりからも聞いているのだろう。照らし合わせて特に疑問をさしはさむこともなく、うんうんとうなずいている。

 嘘をついているかどうかなども含めて検証しているのだろう。


「今やっている屋台の準備もその一環なんですよね?」

「そうだな。どっちかというと、あれはマルに対しての期待と投資って感じだが」


 どういうことですか、という質問が来たので答える。

 あの子の職業レベルを上げるために投資者としての商会の人間に金を出させて神殿でレベル上げを行ったこと。事前に申請していた店舗と屋台を確認し、それを使って投資者を満足させろということだと。


「それはテストですか?」

「テスト、だろうか、よくわからんな」


 よくわからないというのは、言葉にするのが難しい、という意味でだ。

 たぶん、それをよくわからないのは、あの男、ゼセウスという商人を理解できていないからだろう。


「おおよそ、実習的な意味で課題を出しているんだろうと思うけど」

「実習……ということは、マルがそれをできると思って課していると?」


 さて、それはどうだろうか。

 わからない、わかりはしない。


「あの子のことについてはわかりました。あれは楽しんでやるでしょう。ただ、楽しみすぎて倒れないかは心配ですが、大過ないでしょう。……というところで話をもとに戻しましょう」


――あなたは、どうしてこの街に来たのでしょうか。



 俺は、さて、その時どんな表情をしていただろうか。

 実際、その質問自体はどこかで受けることになるとは思っていたものの、その相手はシノリかニコあたりだと思っていた。あるいはゼセウス……いや、あの男はそれを知っている風だったから除外すべきか。


 つまるところ、ある程度親しくなったうえでそれを知る必要があると思った人間が聞いてくる、と思っていたが、ある意味では、これは想定外で……しかし、よく考えればそういう質問はあまり親しくないうちのほうが聞きやすいのかもしれない。


 どちらにせよ今重要なのは、その質問に対してどう答えるかである。


 彼の眼を見る。その視線が求めているのは真実であるが、それはあくまでもこの孤児院のためなのだろう。

 そういう意味ではシノリと同じタイプだと思う。なら、あとの選択はどこまで話すのかという一点だけだ。この目を前にして謀るというのは今の自分にはできそうになかった。



 だが、俺は……。

 クヌートに待ったをかけた。

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