050、夜テンション
特に何もなく就寝前。
ニコが薬草茶を持ってきた。
「……ところでこの部屋って院長先生の部屋であってる?」
ちなみに最初に起きた部屋である。シーツは清潔になっているが、それ以外は他の子達の痛部屋と変わらない様に見える。孤児院であるなら雑魚寝が多いと思っていたのだが、この院は別の用途で使っていた建物を転用しているためか、ひとりひとりの空間が広く取られている、と感じる。
「あってる。狭い?」
「そんなことないよ。院長室に一番近かったからそうかな、と思っただけだ」
部屋が狭くないというのは、
(孤児の絶対数も少ないんだろうけど)
流石にそうでなければ、雑魚寝推奨だろう。
だが、この院では基本二人部屋ということになっている。
部屋割り表のようなものはなかったが、院長室にあった見取り図を見ながらニコが説明してくれた聞いたところでは、
「なるほど」
……ランダムなようにも見えるが、多分、小さな子に目が行くように、というのが前提にあり、後は相性とか男女でどうこうとかその辺りで決めているのだろう。
シノリが年少組の女の子と同室でその隣に、マルとリノの部屋、これはサポートにつけるようにだろう。更にその隣には年中組の女の子二人ともう一人の年少の女の子。
年長組をサポートに行けるように開けておくことで余裕をもたせる形なのだろう。
(あの子達か)
夕食のときの人懐こい様子を思い出す。彼女らなら小さな子も問題なくあやせるだろうと思う。
男は……年中組は隣同士の部屋で4人。ここは互いに行き来をして遊んでいるらしく、部屋割りはあってないようなものだとか。
年長組はクヌートともうひとりが同室で、オーリが浮いている。
ちなみに、ニコも空いているのだが、二人が同室というわけではなく、二人共が一人部屋ということになっている。
「私は嫌われてるから……」
と俯いた表情で言うものだからどういうことかと思ったが、よくよく話を聞いてみると、薬の匂いで嫌がれられているらしい。しかも、同室人というよりも年少組の小さな子たちがそう言っているそうなのだから嫌味も悪意もないだろう。
(仕事で嫌がられる、か)
まぁ、あるだろう。そういう意味では布を扱うリノと、料理の匂いがつくマルは大丈夫なのだろうか。若干気になる。料理人はその辺りの加護もあるのかもしれない。
「ふむ」
部屋には薬草茶の匂いが満ちている、香油というのか、それはスッと通るような清浄さそのもので表現が正しいのかはわからないが、呼吸が洗われるようなものだ、と感じられる。
こういう匂いもあるのにな、そう思うが、この匂いも癖が強いので万人の好みに合うのかといえばそうは言い難い。
ニコを見る。少女は黒髪を揺らしてこちらを見上げている、その表情は半分が不敵で半分が苦笑。先程の自分の物言いにこちらが騙されなかったことへの文句というか、そういったニュアンスも若干含んでいるように感じる。
――気になった。
俺は渡されていた少しいびつに歪んだ銅のマグ――ニコの両親の遺したものらしい――をサイドボードに置いて、ニコにも同じことを示す。口には出さずにただ、仕草で。
彼女は首を傾げながらも、こちらの指示を正確に読み取った。カップを置く。
――危険はないな、と判断する。
最も危険だった熱湯を置いたことで俺も彼女も無手のようなものだ。ニコはヘラとも匙ともつかないシロップを移し取るための金属片を持っているが、それで自分を傷つける愚は犯さないだろう。
だから、
「ふぇ……!」
彼女は声を漏らす。
こちらは、真正面から彼女の頭を抱きに行っただけだ。
ビクリと彼女は背筋を震わせるが、片手だけとはいえ、半分体重を預けたこちらの挙動をはねのけるものではない。
ベッドに座っていることで頭の高さは立っているときよりも近いが、それでも彼女の頭を抱けば、こちらの首下くらいになる。
「匂いで嫌われるって言ったな」
「……! あ、ちょ、やめ」
「止めない」
こちらが何をしようとしたのか察したのだろう。
ニコはバタバタと足を動かして拘束から逃れようとする。
「ニコの頭頂に鼻面を埋めると彼女はそのジタバタとした抵抗を一層強くした」
「叙述……するなぁ! あと息が、息が頭にかかってくすぐった……」
「諦めたかの様に、徐々に抵抗を弱くしていくがそれは消極的に諦めといっていいものだろうか」
「……」
「あるいは受動的ではあるものの、積極的な受け入れの……でっ!」
抱えていた頭が尻からの跳ね上げの速度に乗って顎下からあたった。
舌を……切らぬ程度にではあるが浅く歯で挟んでしまう。
――痛かった。
・
「全く! 全くもう!」
場を和ませようとしたが滑ったらしい。
ちなみに、匂いについて褒めると先程よりもいかつい一撃をいただくことになった。あの高さまで足が上がるなどと大したものであると、最後に思いながら眠りではない方法で強制的に就眠することになった。
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