049、夕食時に打ち解けたり。(多分街組は大童)

 といったところで今年の冬には間に合うわけもない。


 クヌートが洗い物はしておきますというのに甘えて、こちらは院長室で資料の見直しだ。さて、暦の話をするなら、街のほうの話が分かりやすいだろう、今日の準備から明日以降の五日間をゼセウスとの勝負の時間として、それから冬に入る。


 今日と、勝負の最終日は多くの人が休みを取る日であり。人出が見込める日でもある。


(出来ればどこかでマルを休ませたいけど……)


 一週間に一日くらいは休みを与えたい。むろん、食べ物屋の中には年中無休という店もあり、その店の店主の中にはほとんど毎日店頭に立ち続けるという職人もいるらしいが、それにしたって分業をしっかりして、休めるときには休んでいるのだろう。


 おそらく、という前置き付きで、この五日間についてはマルが屋台をこなすことはできるだろう。

 そのあとに休みが必要というのは言うまでもないが、お祭り気分というのはその程度の無理は可能にする。


 ただ、そのあたりについては、フォローについているのが若干心配性のシノリなのだからこちらよりも適切に判断して休みをとらせるだろう。そういう信頼は出来る。

 どんな感じに売り上げるか、どんな感じに仕事をするのか、見に行きたい気分もあるのだが……。


「必要とされたらでいいか」

「ん?」


 つぶやく言葉は耳聡く、ニコに拾われたらしい。

 かしげる首で問われるのは、その内容。


「いや、屋台の盛況ぶりは、見に来てほしいと言われたらでいいかな、と」

「あー、なるほど」


 サポートとしてクヌートを生かせるのはありだろうか、少し考える。

 だが、それも結局向こうから要されない限り基本的には動けない。

 門を通る資格の問題だ。

 だから、そういう手もあるということをとりあえず頭の中に置いておく。


「さて、答え合わせをするための材料程度はできたかな。と」

「……いいと思う」


 基本は先にクヌートと話していた内容だ。生活するのにいくらかかる、冬を越すのにいくらかかるという話。

 あの後、院長室を探ってみても基本的には先の推論を補強する程度のものしか出てこない。

 年末年始の祭り関連と、春の始まりの儀式についてのいくつかの資料が出てきたので、出金にややプラスという感じだろうか。


「――あ」

「うん?」


 こちらの急な声に、律儀なニコは疑問を合わせる。

 見る目が合って、若干の沈黙。


「いや、この地方でも15を過ぎれば成人だろう?」

「ん」


 肯定の返事。


「成人の祝いみたいなのをシノリにしてあげなくていいのか?」

「……ん、んー」


 今度は悩みと……苦悶だろうか。そこまで深いものでもないか、せいぜい煩悶という程度。


「送り出すときには金で解決することが多かった、みたい」

「――ええと、これまでの卒院生?」

「そう」


 つまりは、ロマンチストよりもリアリスト寄りだったということだろうか。

 まぁ、それはいいのだが。


「シノ姉は自分の要望を言わないから」

「どっちがいいかわからない、か」

「そう」


 さきほどの、そう、よりも強いと感じる。

 憤りだろうか、あるいは拗ねているのか。

 ニコは、言葉のバリエーションよりも、声のバリエーションに表情がついているタイプなのだな、と今更に思う。色よりも風合いという感じ。


「それじゃあ、確認するか……あるいは、両方できる程度に稼ぐか、だな」

「……後者希望」

「はは、じゃあ、頑張らないとだな」


 だが、差し当たっては院長室の書類の整理である。

 何か大きな見落しがないか、そのあたりを詰めておくかどうかは結構後の心情的に違う。

 そして、それをきっちり調べたと他のメンバーに信頼してもらうことで効果は最大になる。誰もがそれを前提に動けるからだ。

 俺に足りない分はニコに補ってもらおう、と彼女を見る。微笑みが返ってきた。



 見落としなく、というのは結局は理想論でしかないが、そこにできるだけ近づけるとなるとそれだけでも結構な時間を消費する。――消費した。


 夕食はクヌートに手伝ってもらいつつ豚バラの塩漬け肉と赤い根菜で作ったスープを作る。それはシンプルな味な分、昼に余ったスープがそれを補ってくれる。

 要するに、新しく作った薄味目のスープで、昼の味が強いスープを伸ばすという感じ。これも問題なかったらしく、子どもたちからは不満が出ることもなかった。


 ちなみに、昼と違って、クヌートはこちらのテーブルには座らず、代わりに年中組――というかかなり小さな子たちが集まってきていた。


「せんせい?」

「せんせい、あたらしいせんせい?」


 とそんなことを聞かれたので、ちょっと違うと否定しておいた。先にそれを問うてきたのは二人ともが女の子。男の子たちは若干距離を取って、こちらを警戒している風。

 積極性はこの年代でも女の子の方が強いらしい。もちろん、個人差はあるが。

 さて、こちらに対しての呼び名は最終的には。


「ふーさん」


 と、フツ=カミゾノのフツで呼ぶように言ったが、しっかりとは発音できないために生じたそんな呼び方か。


「ぺこちゃん」


 と、マルの呼び方である、はらぺこさん、の一部を取っての呼び方らしい。その2つのどちらかに決めたらしい。


――いや、別にいいのだが。


 今更、オーリやシノリがこのような呼び方に変えようものなら、違和感はあるだろうが。蔑称ではないので別にいい。


 ニコの方に視線をやると、

「呼び名を好きに選べるとは……贅沢!」


 何に対してのどういう感情なのかわからないリアクションが帰ってきた。

 そんな彼女に呼びかける、


「ニコ」

「……うん、名前の呼び捨てが一番それっぽい?」

「なんの話?」

「フツ」

「ん?」

「うぇ、へへへ」

「……どうした?」

「いぇ、へへ。別に」


 遠くからクヌートともうひとりの年長組男子が、なんとも言えない表情でこちらを見ているが、何を言いたい。

 ともあれ、ちょっと妙なテンションのニコが珍しくスープのおかわりに立ったのを見送リながら、年少組たちの頭をなでながら彼らの申告する名前と顔を一致させる作業を続けた。

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