044、《彼ら》をもう一度知りに行こう。

 子どもたちがリノとシノリを見送った。

 といっても、子どもたちは玄関扉のところから手を振っただけだが。



 窓から見ていると内気な様子にも関わらず、外を歩くことは苦にしない様子のリノ。シノリも迷宮に潜りに行ったときと同じでサクサクと歩いている。ニコに言わせれば、何かをするのに好き好みで決めるような精神性ではやっていけないとのこと。まして、ここからではどこに行くにもかなり歩かないといけない。


 もちろん、好き嫌いの有無というのとは別の問題として、だ。

 誰もが外遊びの方が好きとは限らない。

 自分の幼少期はどうだったかを思い出そうとしていると、ニコが補足をしてくれた。


「リノはおしゃれが好きだから」


 言われてみればなるほどである。他の人の衣装を見るにも、自分のこだわりをほかの人に見てもらうためにも外に出なければならない。

 であるなら外に出るのを厭うわけがない、のだろう。


「家のあれこれをやる?」


 出ていく直前のシノリに依頼されていた内容をこなすかどうか。

 ニコに袖をひかれ、そう聞かれるが、さて、


「ん。その前にちょっと確認したいんだがいいか?」

「うん、もちろん」


 ニコは頼られたことが嬉しいとでも言うかのように微笑んでうなずく。


 記憶する限り、この院は15人からなる、とのことだった。

――俺を入れて16としてもいい。

 もちろん、そのメンバーの多くは少なくとも目にしていると思うのだが、しっかりと名前と顔が一致していない子も多い。

 というわけで、ちょっと確認。


「最年長がシノリ」

「シノ姉16歳」

「確か、本来15で卒院だっけ?」

「そう」


 いろいろあって彼女はしばらく残っている。


「ニコの年齢も確認していい?」

「13」


 なるほど、俺の半分くらいか。まだまだ成長ざかりというところだな。


「オーリとリノは同い月の生まれで14、一個上」

「同じ月」

「春の最初の月のはず」


 幼馴染と言えるのだろうか。あ、いや、この院に来たのが同じ時期とは限らない……、というか、


「ここの子たちは皆、年齢とか誕生月とかわかってるのか?」

「……そうじゃない子もいる」


 孤児になった理由とそのシチュエーション次第ということだろう。親が預けに来るような場合、つまり途中で育てられなくなったと言うような場合だが、それなら当然その辺りの情報を知ることもできるだろう、だが、幼いままに親が突然の死を迎えた場合や、生まれてすぐに捨てられた場合などはその辺りの情報を知ることは難しい、だろう。


 残念だがそういう子もいるということだ。


「マルがこの間11になった」


 あの子は、あれで年齢がよくつかめない。

 見た目は確かに幼い少女だが、やってることは玄人裸足で、口にする言葉は結構、なんというか不規則系だ。……ともあれ、ざっくり分けてみよう。


「シノリは例外として、11から15の子供は何人?」

「さっき名前の上がった4人に加え、12と13の男の子がいる」


 6人か。――じゃあ次は。


「5歳にもなってなさそうなのは?」

「いつも食堂に来てないのが2人」


 その子達はあまり目にかかった覚えがない。誰かが抱いているところをみた、かもしれない、という程度。母乳でなければならない、という年齢の場合は確保がまだ可能な街中の孤児院に送られるらしい。

 さて、ということは残りは、6から10にも6人、と。

 バランスは取れてる……のか? こういう施設の年齢構成は流石によくわからない。とりあえず、ニコたちの属している年齢層を年長組と呼ぶことにして、そこから、年中組、年少組と呼ぶことにする。

 若干気になるのが、クラス持ちが年長組にしかいないことだ。もちろん、それを隠しているという可能性もなくはないが、年長組の半分がクラス持ちでそれ以外にいないというのはいささか偏っているような。


(とはいえ、直近だけで考えるなら、年長組に固まっているのは幸運だとも言えるけど)


 男女比については、女の子の方が多いかと思ったが、ほぼほぼ同数、年長組が男女半々で、年中年少合わせるとちょうど半々、ただし、年少は両方女の子、で、シノリが入って若干、女の子が多い、と。

 ちなみに、女の子の方が多いと予想した理由としては、農村の労働力としては男子が優先されることが多い、と聞いていたからだ。


 にもかかわらず、そうなっていないというのは、この辺りの農夫たちはそこまで追い詰められた生活をしているものが多くないのではないかという予想につながる。

 であれば、ここに来ている孤児たちのその直接の原因は……。


(両親の死が多い?)


 ただし、これは推測でしかないし、それを口にして得るものはないだろう。であれば口をつぐむ。

 推測ついでにもう一つ上げておくと、農夫のクラスに目覚めた場合はすぐに引き取り手が出てくるらしい、さもありなん。


「クラスに目覚めた時点で売り込みに行く、みたいなことはなかったの?」

「ん……とりあえず、オーリの場合は『狩人』これは、基本的には雇われたりする仕事じゃないだからそういう活動はしなかった」


 なるほど、独立独歩の仕事であればそういうこともあるか、

 ちなみに、この『基本的』の外には危険動物の駆除として役所に雇われたりがあるらしいが、魔物でもないのにそこまで危険な生き物というのはそうそういないので、特定地域の話になる。


「それはなんとなくわかるな。ニコは……薬師なら、それこそ、あのお婆さんのところとか、薬屋ってのはあるんじゃないのか?」

「……そういうのも考えなくはない。でも、私はこの院に昔からいたわけじゃない」

「――そっか」

「三年前に両親が病気でこの世を去ってからだから」


 三年というのは、どうなのだろうか、親を、家族を失ったのを癒す時間として十分なのかどうか。

 俺にはよくわからない。よくわからない俺には――


「――うぇ!」


 大きな声を上げたニコは派手に動揺し方を跳ね上げた。急すぎただろうか。

 彼女は重ねたこちらの手を見つめて、目を閉じて、という確認を二度三度と繰り返して。


「ほぇ」


 とよくわからない声を上げる。そして、


「あー、ぅ」


 彼女の右手に重ねた俺の右手、ニコはさらにその上に左手を重ねた。

 え、という音から始まり。


「えへへ、へへ」


 と少女がはにかむ。急すぎたかと思ったが、そうではなくこの行動は正解だったらしい。

 いや、正解かどうかよりも、俺が手を重ねたかったのだからそうした、とそう言ったほうがいい。

 指先で拭う涙の味を確かめた後、しばし、浮かれたような彼女をみて、それから話をもとに戻した。


「ニコは薬師の経験値稼ぎを兼ねて薬草狩りと、ちょっとした処理の練習をしていた、と」

「最終的には街の薬屋に入るつもりで。山野のどこにどんな薬草があるのかは、仕事にしてからでも役に立つと思ったから」

「……うん、たぶん正解なんだろうな」


 結果、あのお婆さんにもある程度認められているわけだ。たぶん、ギルドを作るのが上手くいかなかったとしても、あそこに就職することはできるのではないだろうか。そうなれば、この孤児院としては外へのパイプがまた一本増えることになる。


「で、マルだ」

「あの子は……両親が帰ってくると思ってる」

「というと、死んでいるわけじゃない、と?」

「わからない。見聞のために旅に出た、らしい。先生ならもっと知ってたかもしれないけど」


 先生か。前任の孤児院院長。子どもたちに慕われていたのは見ていて伝わってくる。

 だが、その死は急だったのだろうか、後のことが考えられていないようにも感じる。

 それは、多くのことを帳簿等のデータにして保存していることから伺える印象とは相反している。

 といっても死者の脳内を探るのは必要ができてからでいいだろう。

 今は、マルの話である。


「……そうか」

「マル本人も旅に出たということしかわかってないみたい」

「死んでない、いや――生きてると思ってるからここで待ってる、と」

「少なくとも誰かの雇われにはならないつもりみたい」


 雇われになれば行動の自由が減るとでも考えたのだろうか。

 そこらの大人よりもよほど『契約』というものを遵守しているように思える。

 さておき……普通なら、雇われにならずに料理人になるのは困難だが、


「だからここで厨房か」


 師となるような人のいない環境だが、だからこそ彼女には両親の教えを反芻し、自分のモノにするだけの時間があったのだろう。

 そして、だからこそ、


(オーリの褒め言葉を受け入れられないわけだ)


 彼女からして、褒められる事自体は嬉しいのだろう。

 けれど、『料理』を褒められるのは違う、と思っている。

 彼女の料理に対しての褒め言葉はここにいない両親に捧げられるべきであって、自分は『調理』を担当しただけ。

 それが彼女の矜持で意地であるようだ。

 俺の推論にニコもある程度までは同意してくれた。

『見てきたようにいうなぁ』と呆れるような言葉ももらったが、ともあれ。

 自分の力を借り物、貰い物と思っているような反応だ、ということで一致した。


「オーリは、そういう意味ではとても素直」

「自分の力は自分の力、ってか」

「間違っていないし、実際正しい、ただ、人によっては誰にもつながっていないように感じるかもしれない」


 そんな言葉を口にするニコは、こちらの袖を掴んでいる。

 もう一方の腕には手帳のようなものを抱えている。

 それが何かを確認したことはなかったが、表紙には幾度も幾度も開いたような跡、書き込むインクの溢れたシミに、水跡、そして、おそらく薬品を扱う途中についたであろうたくさんの汚れ。

 この子の両親を感じる。


「どうしたの……?」


 しばらく彼女の顔を見つめてしまっていたらしい。

 小首を傾げる仕草に時間の経過を意識した。

……暖房が強い。

 薪の無駄になっているかもしれない。


 そんなことを思いながら書きつけた年齢構成表を閉じる。

 さて、生活費の確認の前に、昼食の仕込みをしよう。

 変わらずこちらに真っ直ぐな視線をくれるニコと相談して、俺達は厨房に向かった。

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