045、ランチの仕込み(ざっくり)。

 厨房にはいるとそこには既に先客がいた。


「クヌート」


 そこにいた少年にニコが呼びかける。背が高い。

 12か13ということだが俺とそう変わらないくらいの身長だろう。

 だが、体格が良いと言うよりもひょろっとしているという印象を受けるのは彼の痩せた体格とそして、何よりも優しそうな、だが、どことなく覇気のない瞳のせいだろう。


――お。


 そう思った一瞬、彼のその柔らかい瞳が尖った枝の様に鋭いものになって俺に向いた。それは気のせいだったかの様に一瞬でもとに戻るが。


「なに?」


 その目に宿っていた鋭さは敵意と言うよりも八つ当たりか何かのように感じたから反応する気はなかったのだが、鋭敏に察して俺の代わりにぶつけたのはちょうど間にいたニコだ。


「……いやぁ、なんでもないよ」

「なんでもない人間はあんな目をしない」


 クヌート、とそう呼ばれた男の子はごまかそうとしたがニコはそういた類が効きにくいと思う。やると決めたらやるタイプ、意思が強いというよりも、決意が硬いという印象だ。


「僕は厨房の手伝いをしに来ただけ。うん、シノ姉に頼まれてね」


 どうだろうか、とニコに視線を投げると、一つ頷いた。


「クヌはマルの手伝いで厨房にいることが多い」

「手伝いって……あぁ、筋力関係?」


 忘れがちだが、調理に直接関連しない場合マルの身体能力は外見並みでしかない。それでも調理器具ならまだましだが、重い鍋などを調理で振り回すことはできても、配膳のために移動させるというのはかなりの無理があるらしい。


 なので、彼女にはその辺りをサポートする人間が必要だ。昨日今日は多分、オーリがやるだろうし、明日以降はリノも手伝えるはずだ。

 とは言っても、リノはマルよりまし、という筋力なのでオーリのサポートを完全に外すことも難しいだろうが。


「この子でも良かったかな?」

「……? あ、街に行くのが?」


 ニコはすぐに察してくれたらしい。しかし、よく考えてみると行けそうな気がしつつも微妙に不都合な案だ。

 坊に伝えた手芸のつてに対して嘘を付くことになるし、会計関係というか、値段つけや生活費に関するあれこれはぜひともシノリに担当してほしい。

 その辺りを加味すると、候補がどうこうよりも、他に選択肢がなかったというふうにも言える。


「――お兄さん?」


 おっと。話しかけられていたらしい。


「悪い。うん、手伝ってくれるならありがたいな。クヌート君、と呼べばいいかな?」

「呼び捨てで結構ですよ。ニコみたいに、クヌと呼んでくれてもいいですが」


 なかなか礼儀正しい。そして、今の会話の最中も目は優しげなままだ。

 最初の一瞬に見せた鋭さのことを忘れてしまいそうなくらい、


「さっきの視線のこと、忘れてない」


――ニコは忘れていないらしい。


「いいさ。なにか直してほしいところとかがあるなら言ってくれればいい」

「……はい」


 感情がどちらに動いたのかはよくわからない。優しさに若干の寂しさ、あるいは悲しさを混ぜたような目をしている。


「……っと、それで手伝ってくれるんだな、クヌート」

「! はい、何をしましょう」


 何をしましょうというよりも、この子に任せたほうがいいものができる気もするけど。

 というか、今の態度は普通に礼儀正しい少年のそれ、先ほどの視線は、うん、要望とかが出てきてから考えることにしよう。


 さて……そうだな、この院の基本メニューはスープとパン。

 俺が起きた前の日には、猪肉の焼いたものが出て、それは喜ばれたってっことだったか。

 だったら、肉がいいのか?


 子供には肉を食わせれば喜ぶだろうという考え方が単純安直の限りで申し訳ないが、こちらも家庭料理というものを食べた経験のあまりない身だ。かつて住んでいた街でも、独身男性の一般的な行動よろしく、酒場や食事処で腹を満たしていただけだ。


 あとはギルドの食堂だ、その雑多な空気を思い出す。

 その場所はかつて親しい人たちとも食事をとった場であるが、その時の自分は何を好んで食べていたか……。思い出した。


 脂で焼くことで香ばしさを出しつつ、内部には肉汁が閉じ込められている。

 肉自体は最高の品質というわけでもないのに臭みが感じられないのは香辛料が混ぜ込まれているから。

 その料理はつまり……、


「兎肉ってオーリが全部持ってったんだっけ?」


 いやそうではないだろう。あの日のダンジョンで採取してきた肉の量と比べれば昨日の段階で店に運び込まれた量はたかが知れている。

 つまり肉はまだあるはずだ。

 推測してクヌートにそのことについて尋ねると彼は一つ頷いてそれを示した。


「肉の類なら基本的には、あちらの地下にありますが、一部は塩漬けですね」


 そう言ってツボを一つとりだす。それはごく普通の壺。厚手で素焼き大きさは人の頭ぐらいという感じか。


「えー、こっちはニコのハーブを数種類混ぜた塩に肉を塊でつけたものですね」


 保存食の類ということだろう。その後も彼の説明を聞いていくと、塩漬け、干し肉、一夜干し的なものとそんな感じに同量程度ずつ作ったようだ。ハーブの種類を説明してくれるが、四つほど挙げられた名前のうち一つは聞き覚えがなかった。ニコに確認してみると、自分もよく知っている球根タイプの香辛料のこの辺りの呼び名らしかった。


 ともあれ大事な保存食なのかもしれない、ということでクヌートに確認。

 その使っていいのだろうか、という質問に対しては、


「もちろん、食材を無駄にしないなら使っても大丈夫ですよ」


 と、そんな回答が得られた。

 答えの中身はマルの思想だろう。食材を無駄にしないのは、基本であるし常識でもあるが、それを周囲にきちんと徹底させ伝播させているあたりでは、非常にきちんと普段から徹底しているからなのだろうと思われる。ともあれ作るものはざっくりと決めている。食材も足りるようだ。


 ただし、本来そうであったように鉄板で焼いて出すには肉の消費が激しい。

 干し野菜の篭を見るとそこにちょうどいいリコの実が幾つもあるのを確認できた。

 普段使いする分、貯蔵量も多いらしい。


「じゃあ、クヌート、不自由な俺に代わって調理をしてくれると助かる。ニコは味を見て調整の香辛料を頼みたい」

「……ん」

「わかりました」


 軽く塩抜きした後に兎のホール肉から大きな骨を抜き取り叩く。要するにミンチ状にするのだ。

 そして、熱くしたフライパンに、塩に混ぜて使われていた香辛料の幾つかを混ぜ込んだミンチをよく成型してから乗せていく。


 小さな子供もいるから口に入りやすい程度のサイズの球体。肉のボール状のそれは香ばしい音と匂いをあげながら徐々に色を変えていく。

 混ぜ込んだ香辛料の匂いが熱に運ばれ空気中に漂い始めたあたりで、肉にはうっすらと焦げ目がついた。


「はい、じゃあ、鍋に移して」


 クヌートはこちらの指示に従って、肉玉を鍋に移すと先ほどまで調理していたフライパンに水を差す。激しい沸騰と破裂音を挙げながら水は一瞬で肉のうまみを溶かし込んだ濁ったスープへと変わる。

 フライパンを傾けると、焦げなどの小さな滓をデカンテーションすることで取り除く。

 ある程度は混入するのは避けがたいし、そもそも、肉玉の表面にも多少のそれはついているのだ。


 鍋を火力の高いところに移すと煮え立つスープがそこに生じる。少々の糖分の少なく、酒精の強い果実酒を加え、香りの傾向を少し変える。その時点で、スープの一部をとってニコに味見をしてもらう。

 香辛料が効いていて肉の臭みが取れているかどうか、だが。


「塩漬け処理分で塩が強い、あと、少し、香辛料臭い」

「塩の強さは、ここから野菜を加えるから大丈夫だと思うけど、香辛料が強いのは……あぁ、塩漬けの時点で香辛料が入ってたからかな」


 思ったよりも強い。と。


「……ここから野菜を入れていくならたぶん、ぎりぎり、問題ない。あ、でも野菜は多めのほうがいいかも」


 ニコの意見を頷いて受け入れつつ、干し野菜の篭に向かう。

 干し野菜は、普段料理をしない自分には少々量の見当をつけづらいが多めでいいというなら適当量でいいだろう。肉とのバランスを考えつつ、葉野菜1、根菜2で取り出し軽く水ですすいだ後、鍋に入れてもらう。そこに乾燥リコの実を3、みじんに切って加える。


 これでおそらく『リコの実スープのひき肉団子入り』程度のものにはなるだろう。

 本当は鉄板で焼いたシンプルなものにリコの実のソースをかけたものが好みなのだが、肉の消費量が多くなることと、兎肉に脂が少ないことからその線はあきらめた。

……だが、思い出すと食べたくなってきたので、そのうち豚か猪あたりが入手できたときにマルにリクエストしてみよう。

 ともあれ。


「野菜が戻って、スープの仕上がりは……昼にはできるだろう。クヌート、パンを焼くのは任せていいか?」

「はい、あ、別の仕事があるんですね」

「そういうこと。スープは火の弱いところに移して。昼前にまた、ニコの味見と仕上げって感じでいいかな? あとは、明日とかは君が調理してくれてもいいんだけど」

「……そうですね、考えておきます」


 ということで昼ご飯の目途はついたので一時間半ほど、か。

 それくらいの時間を書類整理に費やすことにした。

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