5、追放者は《彼ら》の孤児院を知る。
043、五日目。朝食、課題、宿題。
翌日、朝食の時間。
食堂にはみんなが集まっていた。
いないのはごく小さな子たちその世話役、そして、マルとオーリである。
「……おはよう」
「うん」
ニコは既に席についてスープとパンを取ってきていた。二人分。
「はい」
差し出してくれる。が、こちらの手に取らせるつもりではなく、テーブルの上、まぁ、要するに隣の席の場所に置いたのだ。
否応もなし。俺はその指定されたテーブルにつく。
テーブルの上には一人分の朝食として、スープとパンが置かれている。
「――ちなみに、マルがいない時の調理って」
「今日はリノ、明日からは……どうだろう」
ニコにもわからないらしい。
「作り方はざっくり理解していても、同じものが作れるわけではない」
何かよくわからないことを口にするニコ。
周囲を見れば夕食と違って朝食はバラバラなタイミングで食べ始めるようだ。
だから、ニコの言った言葉の内容はすぐに自分で理解できるようになった。
「……ん、ん」
そう、スープを一口、口に含んだ時点でそれと知れる。
なんともとげとげしい味だ。
――いや、違う。
多分、このスープ自体は普通か少し美味いというくらいの味のはずだ。
それをそう感じないのはマルの料理を数日食べたせいだろう。
(なんと贅沢な話)
変な中毒性を持っていないだろうな、と不安になる。
実際マルを比較対象に置くのを止めてこの朝食を見ればどうだろうか。
パンは買い置き分なのでいつもと変わらない。
スープはストックがあったものの、追加した乾燥野菜のアクがとられておらず濁ってしまっている。ちなみに、これは味も見た目も、だ。
それでも総合すれば、食べられないわけではない。というか、十分な食事だ。
同じ材料を使って、舌も胃袋も十二分に満足させられるマルがどちらかといえば異常なだけだ。
「マルちゃんには届かないです……」
こちらのリアクションを見ていたリノが申し訳なさそうにそんなことを言いながら近くに座った。
表情に出ていたのか。
――まぁ、表情には出るか、感覚と感情はつながっているのだから。
とは言いえ、それを見せたのは気遣いがなかった。
「いや、何の問題もない。マルの腕前というのは大きかったんだなと再認識しただけだ」
感情的には納得した様子ではなかったリノは、実際的には不満を持ってもしょうがないと、そんな風に判断したのかもしれない。表情をフラットに戻して、再度スープに口をつけている。
それに対して俺の隣に控えていたニコは、
「てい」
と、俺と自分のスープ皿に何かを入れた。
「え、なに?」
「スパイス」
薬草取りの傍ら……というか、薬草としてもつかわれる香辛料の一つを振りかけたらしい。完全に粉末になっているが、
「乾燥粉末」
「へえ」
「薬研の使い勝手を試しがてら」
なるほど。スパイスやハーブの類ならたしかに。粉末が荒かろうが味の辛みが悪くなったり塊の部分が出てくるくらいだからな。
料理人が使うのでもなければ十分だろう。
「赤生姜」
香辛料の名前らしい、それが入ったことで味は大分すっきりした。
雑な部分が抑えられたというか、とんがりがなくなったというか。
リノの皿にもそれを加えたニコ。リノは一口食べた後少し不機嫌そうになった。
「できるなら、ニコちゃんが作ってくれたらいいのに」
そのリアクションからすると美味しかったらしい。
だが、それに対してのニコの反応は、
「無理」
「無理って……」
すげなく答えたように見えて、その実ニコは少し言葉を選んでいるらしい。
広げた手のひらをリノに向けて、少し待って、と行動で示している。
彼女のそんな仕草に気づいたリノは言い募らず、少し沈黙して待った。そのうちに出てきたニコの答えは、
「私は出来上がりに足したり引いたりするくらい。零から組み立てるのは無理、できない」
「むぅ」
結局できないという答えではあったのだが、リノは少しならず思い当たるところがあったのか反論を止めた。
「おはよう。なんの話?」
小さい子たちのスープを注いでいたシノリがこちらのテーブルについた。奇しくも、というか、流れるように昨日の深夜会議をしていたメンバーが集まった。
視界の端でシノリの椀にも先程の香辛料をふりかけているニコを見ながら。
「シノリ、君にお願いしたいことがあるんだけど」
「はぁ、昨日のお話とは別に、ですか?」
「あぁ、ついでで済むかはわからないけど、重要なことだから」
えぇと、どう説明したらいいものか。
「俺はいま、まぁ、ギルドを作るためにいろいろやってるわけだけど」
とりあえず告げる。と入っても、これは手段であって目的ではない。
目的としては、この孤児院の子どもたちを取りこぼさずに少なくとも次の春まで連れて行くことなのだが、それを口にするのは恩着せがましいというか別に誰かに頼まれたわけでもないことだ。
「……ん?」
三人から生暖かい目で見られているような気がする。いや、よく見るとニコはそこになにか他の感情まで混ぜたような目である。
(――ん?)
とりあえずはいいか。
「で、この孤児院の運営費……というか、過去どれくらい使っていて、本来どれくらい必要なのかとか、その辺りを知りたい」
「んと、そうですね。過去の分に関してはあとで場所をお伝えします。適切ならどれくらいかかるかという話は……」
「うん、その部分をね。街にいる坊と一緒に考えてみてほしい。こっちでも過去の資料とかから考えてみる、あとで突き合わせという形になるか。答え合わせってことになればもっといいがな」
もちろん、適当にたくさん稼ぐ、という方針でもいいのだが。どれくらいあれば安心なのか、どの程度では不足なのか。その辺りを数字で出しておくのは目標が目に見えていいし、それを出そうと考えることで見えてくるものもあるだろう。
まして、昨日は契約書という形で、ひとつの『教科書』とでも言うべきものを手に入れたのだ。タイミングとしてはちょうどいい。マルの店の支援として稼ぐ方の出入りを、孤児院の出納として出ていく方の管理を学べることだろう。
「では、こちらからもお願いですが」
シノリは真剣な顔でこちらを見ている。
「数日間の子どもたちの世話とご飯の管理をお願いしますね!」
役割分担的にはそういうことになったらしい。
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