042、小夜中の方針会議。

 とても真剣にこちらを見ている二つの目。


 シノリのそれは心配によるものだろう、リノのそれには焦りのようなものが含まれている気がするが……元来、焦りと心配は似ているだろう。焦燥という言葉はその二つの丁度間位に存在するとそう思う。


 なら、見間違いかもしれないレベルだと判断して。

――切り替える。


「さて、じゃあ、分かり切った前提から一応確認。街に入れるのは子供……失礼、君たちのうち四人と、それと俺」


 全員がうなずくのを見る。ちなみに、その四人の枠のうち先行している二人が二つを塞いでいるのはさすがに言うまでもない。


「目標は屋台を成功させること。この成功とは……」

「利益を上げる。集客でも売り上げでもない」

「うん、そういうことだな」


 ニコの補足を受けてまとめる。


「売り上げと利益の違いは?」


 シノリが問うてくる、慎重といえるが、この場ではとてもありがたい。


「普通なら、売り上げからかかったお金を引くわけだが、計算はいろいろ。それによっていろいろな指標にするけど今回はすっごい単純」

「……つまり?」

「売り上げから引くのは原料費と炭やら水やらの調理にかかる費用、あとは人件費として、普通の飲食店従事の労働者の収入から算出した……あぁ、いや、ここはざっくり一日一人労働で銀貨一枚で計算することになってるな」


 読みづらいが坊を通してゼセウスから受け取った簡易契約書の中に書かれていた内容はこうだ。


 店を動かす初心者であることを考慮して甘々であるが、

『売り上げ』は実際にお客さんからもらった料金の合計。

『原料費』は肉やら野菜、タレの原料などのお客さんの口に入るものの購入費用。

『設備費』は今回は薪代、水代がほとんどだが本来はもっと広い意味で材料を買ってきてからお客さんの手に渡るまでにかかる費用だ。

『人件費』は言ったように今回は一人一日労働で、勤務時間に関わりなく銀貨一枚、子供の人件費としては破格で、成人男性のそれとしては手取りなら大目、そうでなければ少ない感じの金額に設定してくれている。


「……これは」


 シノリが契約書をみて、うなる。

 何も口にはしていないが、たぶん、感じていることは似たようなことだろう。


(甘くない?)


 契約内容がではない。子供好きだと思うが、こんなことをしていいのだろうか。

 これは出納という意味で言えば基本だ。俺はギルドで仕事をするに際して、ごく簡単な部分に触れた。

 シノリは院の金の出入り、そして、前院長とやらの教育の成果だろう。

 それがどの程度なのかは推し量ることしかできないが。

 ともあれ彼女にもこの契約書の真の狙いが分かったらしい。


「どう見てもこれは」

「マル達あての教材ですね」


 そういうことだ。金の出入りに関して、ギルドのような規模ならともかく、市井の一個商店や食堂なんかでは笊勘定だ。

『原料を安く仕入れる』『商品を適当な額で売る』というところまで出来ていてもその値段にすることでどれくらいの利益が出たのか、それを作るために実際人件費等を含めどれくらいのコストがかかっているのかまで認識しているところは多くないはずだ。

 だが、目の前の契約書をきちんと見ればそういう『どこをどう考えればいいのか』がわかるようにできている。


「やさしさだけじゃないだろうけど、これは……」

「ここまでかみ砕いてあれば、街の適当なお店に教えに行くだけで授業料が取れるレベルでは?」

「……何が目的なのか」


 わからない。わからないが少なくとも今、役に立つことは確かだ。

 目的といっても、うっかり商会内用のテキストを出してしまっただけかもしれないし、子供に甘いからこうなっただけかもしれない、これをみて価値を見抜く誰かに恩を売るつもりだったのかもしれないし、これぐらいは知っているものだという意識なのかもしれない。

 とりあえず、目的云々は今考えることではない。


「原価の細かいところは最終マルに確認が取れないと分からないし、人件費の詳細は行く人数が決まらないとどうしようもない、というわけで決めないといけないのは」

「誰が行く?」


 ニコの言葉。無い無い尽くしでも何かを決めれば考えていくことが簡単になることもある。

 そういう意味では、その部分は決めやすい。


「そうだね。じゃあ、リノ君にシノリ、二人に行ってもらいたいけどいいかな?」


……む。リノは最初のおどおどしていた印象のせいでどうしても話しかけるときに言葉を柔らかめにしてしまう。

 別にそれで害があるというわけではないのだが。


「リノ君、料理の方は?」

「できないわけじゃないです……もちろん、マルちゃんほどじゃないですが」


 シノリをちらりと見る、つられてリノもそちらを向いた。

 いきなり視線が集中してシノリは不思議そうに首を傾げた。

 ニコは小さくあくびをした。マイペースだ。


「シノリは接客の方をやることになると思う。マルは手が空かないだろうし、リノ君よりは向いてるだろう?」

「……まぁ、そうですかね?」


 ちょっと引っかかるところがあるらしいが、内心のことまでは知らない。

 シノリの様子を伺っていると、ニコに袖を引かれた。


「――私は行かない?」


 可愛らしく小首を傾げて問うてくる彼女。


「そうだな。俺とニコは留守番かな」

「……問題ない」


 とりあえずの分担を決めて彼女は安堵したらしい。

 むふー、と鼻から空気を抜いている。


「じゃあ、ざっくりとした予定だが。マルは厨房担当、リノくんが厨房補助、オーリが接客補助でシノリが接客担当になると思う。――オーリに金のやり取りは?」

「うちの院は十歳以上なら皆、屋台でのお会計ぐらいはできると思います……あぁ、もちろん、品数が二、三程度で、お客さんとのやり取りがどうなるか次第のところはありますが」


 なるほど。計算能力は十分、と。院長先生の教育の熱心さが透けて見える話である。その辺りどんなことをどんな予定で教えていたのかも興味深いところだ。


「それと、シノリには頼みたいことがあるんだけど」

「……ん? なんですか」


 今日のうちに原価等が決まっていたら、今日のうちに決めたいことろではあったのだが。メニューすらも最終決定されていない状況ではそれはできなかった。


「商品の値段だよ。メインは肉串焼きになるだろうけど、それ以外にも何かを出す可能性はある。どちらにせよ価格設定が重要だと思うけど、マルに適切な値段が付けられるかは微妙なところだと思う」

「えっと、で、私ですか?」


 シノリは疑問を飛ばしてくる。おそらく、孤児院の中で最も適切だと思ったから彼女を選んだ。


「向こうに『坊』と呼ばれるゼセウスの丁稚がいるからその子にいろいろ聞きながら、街を実際に見に行ったりもしつつ、値段設定をしてくれたらいい、ただ……」

「マルに反対されたりしたらどうします? もっと高くとか、もっと安くとか」


 補足しようとしたところをシノリが口にしてくれた。

 そのことだけで、彼女が十分に理解して、あるいは、理解しようとしてくれているということがわかる。


「それについては、彼女の意を汲んでやってくれればいい。俺が君を推していたということを伝えた上で通したいものがあるなら、それに割り込む気はない」

「……はい」


 他の疑問を探しているのだろう。彼女の視線が行ったり来たりする。


「アドバイスするなら、高すぎず安すぎず、周りの屋台の人に悪感情を抱かせない様にってところかな。あとは釣り銭勘定がしやすいようにするか、何倍かしたらワンコインになるようにとか、そのへんの工夫だな。――利益の高い低いは坊や君の方が感覚的に理解できるだろう」

「和を乱さず、ということですね。わかりました」


 シノリが頷いたところで、リノが小さく自信なさげに手を上げた。

 質問があるのだろう、視線で促すと彼女は口を開いた。


「私は、明日の準備期間はマルちゃんと準備をしてればいいんでしょうか?」

「そうだね。多分そうなる……けど。そっちについてはマルに確認してほしい。あの子がやりやすいように場を整えるのが君の仕事になると思う」

「……うぅ、まだよくわからないですけど頑張ります!」


 ぐっ、と両手を握るリノ。緊張しているのも感じるがやる気自体は感じる。


「じゃあ、まとめるけど。明日から六日間屋台の運営を含め、マル、シノリ、リノ、オーリの四人に任せる。入門証の関係上、基本的には増員は送れないが、どうしてもという場合は俺を呼んでくれればいい、伝達は……オーリかな。他にも、こちらになにかの判断を委ねる場合、必要なものがある場合、こっちに置いておきたいものがある場合は基本はオーリに伝達を頼め」


 オーリは明らかに最も移動速度が速い。狩人のクラスの加護だと思うが、行動に慣れているのもポイントだ。彼の負担にはなるが、オーリ自身としても他の女の子を遣いにするより自分で行動しようとするはずだ。


「院を訪ねたいという人間が出たときは臨機応変に対応してくれればいいが、もしも商人なら、とりあえず『坊』に振っておけばいい……失敗してもゼセウスのところに行くだけになるだろう」


 ふむ、あと、なにか伝えておくべきことは……。


「さっきも言ったとおり、シノリは値段設定が明日の仕事、リノはマルの指示に従うように……あ、でも、料理系のクラス持ちのマルと違って疲労軽減がないからそのへんは先に申告しておくほうがいい――これはどっちにとっても」

「あ、なるほど」


 リノは素直に頷いた。できるやつはできないやつの気持ちがわからない……ではないが、クラス持ちはクラスのないやつとどういうところで違いが出るかを失念することがままある、特に、一人や専門家同士での作業が多い、職人系はその傾向が顕著だ。そういうときは、クラスのない側が申告するのが望ましい、と思う。

 そのへんを慮れるのは、基本、クラスのないやつを使うのに慣れている相当こなれたやつだけだ。


「えーと、これぐらいかな……あ、あとはリノ君。手慰み兼売り込みとして簡単に持ち運べるような手芸道具と材料あとは作品を持ち込んでおくといいかもしれない。『坊』は商人だからね」

「……! あ、はい、わかりました!」


 リノにとっては思って見なかったことらしく、目に見えてやる気が倍化した。

 ただの手伝いとしてでなく彼女にとっても、得るものがあればいいと思う。



 深夜の密談はそこまでで終わり。灯明が落ち、皆、明日に備えて眠ることとなった。

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