039、欲しいときに欲しいものを。
「つまり、今のところあたしの料理はうまく作れてる、ってだけだぞ!」
少しテンションの高い雰囲気になったニコと店舗に戻るとマルがオーリと鍛冶屋のバズを前に、何らかの説明を行っていた。
「どしたの?」
ニコが若干ハイなマルに尋ねる。マルは幼さを押し出すように腕を振り回しながら大声を出す。
「あたしが料理が上手いのか調理が上手いのかって話だぞ」
「料理と調理?」
違うのか、まぁ、何となくニュアンスが違うのはわかるのだが。
「あたしの料理は、父上と母上の残したものをなぞって……たまになぞれないときに軌道修正として手を入れてるだけだぞ」
アドリブで補うという事だからそれはそれですごいと思うのだが、マルはそれを認めるつもりはないらしい。
「何が言いたいのさ? つまり、料理よりも調理が得意ってこと?」
発言の真意がわからず問うオーリ。俺はちょっと種類は違うものの似た様な経験があるから何となくわかる。ニコもななんとはなしに察しているらしい。
「……」
今のオーリの言葉はマルの欲しい言葉に近いようでずれている。
孤児であることをな自分の腕前について、卑下している様な彼女に、卑下する必要はないと言いたいのだろうが、それは多分マルの求めている言葉ではない。
俺とニコはなんとなくそのことに気が付けるが、オーリとバズはわからない様子だ。
三人から少し距離をとる。厨房の様子を見る限りかまどの火は弱められていて沸騰するかしないかという温度でタレが煮られている。香りは鼻腔をくすぐる心地よいもので、空腹を助長する。
机の上に置かれていた焼き栗を手に取る。左手が不自由では皮を剥きづらい。
――!
面倒なので、硬い机の上に置いて右手で押すようにして皮を割る。
中身の形が少し崩れたが粉々というほどではない。四つほどのかけらに分かれただけだ。
一つづつ摘まんで口に運ぶ。ほくほくしている。
素材の味が生きているといいたいところだが、あまり甘くはない。冷めているからか。
ともあれ喉が渇く、
そう思ったときに、すっと差し出されたのはニコの手。
その手の中には、木のコップ、中身は昼過ぎにゼセウスの置いて行ったリンゴ酒のようだ。
ありがとう、と言いながら受け取って。
マルとオーリの言葉について話すことにした。
俺とニコとしては、マルの言いたいことに気が付いたのは気を配っているとかどうかとかではなく、性格の違いだいう結論に達した。
「ニコ」
「んー」
どうしようか、と声をかけるも、ニコのほうも迷っている様子だ。
自然な動作で焼き栗を一つ取り、皮を割る。彼女の掌中にあると栗も少し大きく見える。
彼女はそれを二つに割ると、一つをこちらの口前に突き出した。
右手は使えるから普通に渡してくれればいいんだけど……。
まぁ、いいか、とそれを口にする。
それを見る彼女の表情は楽しそうだ。
ありがとう、と答えると彼女は眉と唇の角度をフラットに戻して、さて、と言葉を置いた、
「どんな言葉を、っていうのは大事。でも、誰からというのも大事」
「俺たちからじゃ駄目、ってことか」
「駄目……とまではいかないけど。欲しい言葉を欲しい人に貰えるのはとても、嬉しい」
先ほどのことも被せて言っているのだろうか。
いや、その表情からすると思ったことを口に出しただけのようだが。
何にしろ、ニコの考え方をよく表しているようにも思う。
意外と、というと失礼だが、ロマン重視で最高の出来を目指す主義のようだ。
欲しい言葉を欲しい時に欲しい人に、というのは、かなりの幸運なのでは?
もしも、それが普通に思えるような関係があるとしたらそれは……、
「うぅ、オーリのわからずや!」
三人を放置している間に、状況は動いていたらしい。
マルがすねたようなことをいって、普通の彼女の年代なら不規則行動にでも出ようというところだが、彼女は作業で憂さを晴らすタイプらしい。
今日の解体所で見たのよりも、荒いが速い、というそんな動きでつるされたままの枝肉にざくざくと刃物を入れて部位を切り出していく。
速いといってもそこは雑ではない。クラス持ちの面目として、断面は一般人よりもなめらかで美しい。時折、火にかかっているタレの様子を見ることも忘れない。
(あっちは大丈夫そうだな)
すねているだけ、と言えば、少々乱暴だが、見た目的にはそんな感じだ。
それに対してやれやれという表情をしているのがバズで、憮然とした表情を浮かべているのがオーリだ。
「何が?」
ニコが極めて端的に問うと、言葉のまとまらなかったらしいオーリに視線を投げた後バズが答えた。
「俺はあの嬢ちゃんの屋台に使う道具の相談をしてたんだが、嬢ちゃんの料理を褒めたこっちの坊主となぜか言い争いになったみたいでな……」
「……そう」
「っと、俺はあの嬢ちゃんの屋台用の道具を見繕わないといけないからいったん帰るがいいか?」
「よろしく」
「あぁ、お願いするよ」
「……悪い」
オーリはなぜか謝罪に近い言葉をバズに投げて苦笑を返されていた。
「多分、料理人の嬢ちゃんも怒ってるとかじゃないと思うぜ。俺にゃわからん機微だがきっちり考えてやりゃすぐに仲直りできるさ。そもそも、人は喧嘩して仲良くなるもんだろ。な?」
そう言って、バズはこちらに向く。
俺とニコは顔を見合わせた。喧嘩をして、仲良く?
「……喧嘩する?」
「――喧嘩以外で仲良くなれそうにないならな」
しゅっしゅっ、と口で言いながらこぶしを突き出すニコを俺とバズは生暖かい目で見る。
「俺にゃ、ちっちぇえ女の子の機嫌なんて、炉の火と鉄の機嫌よりもわからんが、それを何とかするのが坊主の甲斐性の発揮のしどころだろう」
やはり、オーリやバズのような性格ではマルの欲しい言葉の意味には気が付けないらしい。
ともあれ、そう言い残して今度こそバズは扉を開けて街に出て行った。
さて、その欲しい言葉についてはニコによればそれはオーリが自分でたどり着かなくてはならないということなので、ここは、
「じゃあ、俺とニコは門が閉じる前に院に帰るから」
二人を残しておくことにしよう、と決めた。
バズの言葉ではないが、欲しい言葉がもらえなかったとしても、喧嘩して仲直りすれば以前より仲が良くなる、というのはありだろう。
ニコも、二人で帰ることに賛同してくれたということは、二人の関係があんな言い争いでどうこうなるとは思っていないということだ。
「少なくとも明後日からの屋台を出す間は誰かを応援に寄越すから、三人で回してくれるか?」
どっちにしろ、今の入門可能者が三人なのだ。俺を入れて四人だが、片足を引きずっていては戦力にならないだろう。
俺の追加は可能であれば、という程度にしておこう。
その後、せわしなく肉を切る傍ら、リノに伝えてほしい、と明日の朝食等についての指示を矢継ぎ早に送ってくるマルの表情はまだ晴れないままだった。
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