040、門限際、門前で丁稚と話す。

 さて、と。扉を開いて店の外に出たときそこには人影があった。

 だが、そいつには気配を隠す気はなかったようで、店の中にいたときからその存在は感じていた。

 そいつは店の中にいるべきところをそうしていなかった人間である、それはつまり、


「俺も、坊と呼べばいいのかな?」

「お好きに」

「では、坊と……」


 ゼセウスの丁稚はそこにいた。

 漂白され切らないし目の粗い繊維ではあるが中古ではなく坊の体格に合わせて仕立てられた上着を着ている。


 ここから成り立つ簡単な推測。

 布自体は高いものではない、しかし、成長期を通り過ぎていないであろう坊に合わせてサイズを仕立てている、


 それは、

 一つ、坊自身が金を持っているというわけではないだろう。

 そうであるなら、もう少し良い繊維で仕立てると思われるからだ。

 一つ、ゼセウスの厚い信頼を受けているであろうということ。

 これは、オーダーの仕立などという貴族の行いの結果を金持ちでもない子供が持つのは、仕立て屋の採用試験の一環か何かであろうと推測したからだ。


 つまり、ゼセウスの行った採用試験の渦中にいたということで、口が堅く、意見を口にできるというあの商人の信頼を得ているに他ならないと思われる。

 さて、ではなぜそんな子にマルの、あるいは俺の店を任せるのかといえば、


(……まだ、わからないか)


 推測のようなものは立つが、その中で有力なものを絞ることができない程度の段階。

 この子に経験を積ませるためかもしれないし、もう一段階高くこの子の能力でこちらを助けてくれるつもりかもしれない、実績を積ませるためかもしれないし、などなど。

 それくらいのまとまりのない予想が浮かんで消えるレベルだ。

 ともあれ、俺の判断は、この子がゼセウスに信頼(あるいは期待)される能力を持っているという点においては揺るぎない。だから、


「頼みたいことがあるんだけど」

「……はい。商品の注文でしたらありがたいですが」

「――君のところで扱っているような商品という意味ならもう少し待ってくれ。今日の注文はとりあえず、情報だ」


「ふむ、……お聞きします」


 俺が体重を軽く預けているニコが軽く動いた。動揺が体に出たという感じだ。気持ちはわかる。

 坊の見た目はマルとニコの間位、12か13という感じだろう。

 テンションの上がっているマルはともかく、この時間帯なら眠くなってもおかしくはない。街門は出られるが入ることは禁止される一方通行の時間帯。


 実際、坊は眠そうだった。さっきまでは、しかし、情報をほしいと言った瞬間からその表情からは眠気が飛んだ。その変化が一瞬で激しいものだった。

 見えたのは、悪いものではない。集中と忘我に近いもの。

 それが漏れ出たものではなく、あえて見せたものだとすると効果的ではあっただろう。少なくとも俺の目を引き、ニコに動揺を起こす程度には。


 俺はニコの逆の肩を掴んで引き寄せる。二人の距離を少し詰めておくのは実用的な意味は特にないが、ニコが少しでも安心するだろうかというだけの行い。

 とまれ、坊が次の言葉を待つようにして、こちらを見ている。


「いや、情報といっても大事じゃない……大した事ではない、とは口が裂けても言わないが。あの若く有能な商人の信頼している君になら、聞かれることを予期していたであろう陳腐な問だ」

「陳腐かどうかは私が決めますが」


「そうだね、価値を見出す――いや、価値をつけるのは商人である君らの仕事だものな。では、遠慮なく聞かせてもらいたいこととお願いしたいことを言おう」

「……あれ、お願いってさっきは……あ、いや、まあ、いいです」


 当然ではあるが、ゼセウスほどには交渉事に慣れていないらしい。


「この店から屋台を出すのは知ってると思うけど」

「あ、はい。お肉ですよね。さっきも試食が回ってきました。美味しかったです」

「そりゃ良かった。 ――で、その屋台だけど」


「あ、出店場所ですね」

「……うん、さすがだね」

 回転が早い。


「いえ、明日の……昼ぐらいですかね。そのへんになっても聞いてこないなら恩を売るためにも教えてあげようと思っていたので」

「君の恩は高く付きそうだね」

「いえいえ、僕としては等価でにこにこがモットーなので」


 そういう性格だから高く付きそうだ、という言葉は口にしないでおく。


「こっちから持ちかけたから値引きしてくれるの?」

「えぇ、天然か計算か知りませんが、味見もさせてもらったので、どの辺りに店を置くべきかはなんとなくわかりますので」


 味見分の提供で現物相殺といたしましょう、といって。


「ありがたく受け取っておく、けど、その出店位置をオーリ……あの、男の子の方に教えてやってほしい」

「……うん? あぁ、あっちの男の子が車を引くからですね?」


「いや、今、店の中の二人がギスギス……とまではいかないけど、ちょっと空気が悪いから、片方にちょっといいとこ作っておこうと思っただけだよ」

「面倒なことをしていますね。あ、いえ、別にいいです。ご希望の商品を届ける先が指定されたというだけなので」


 では、そのように。と坊は言って片目を伏せる。また、眠そうな表情だ


「今日店にいる二人は多分出ずっぱりだけど、俺とこの子の分の人員は明日以降流動的だから、多分、リコとシノリってやつがメインだと思うけど……そうだな、リコって子とはとりあえず仲良くしておいたほうがいいと思う。勘だけど」

「? いまいちわかりませんが、ご忠告感謝します」


「忠告と言うよりアドバイスって感じだけど、どっちにしろ重く考えなくていいと思うよ。肌が合うなら仲良くするといいよ、ってだけだ」


 っと、そろそろか、ニコに腕を引かれる。

 距離もあるし、歩くのも遅いのだから仕方ない。


「じゃあ、坊。俺は行くから、あの二人をよろしく」

「……まぁ、できる範囲で」


 良い返事だな、と思いながら俺はニコに先導され門の方に歩き出した。

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