028、商人さんとおはなし。

「というか、そういうところはちゃっかりしてますね」

「いや、まぁ、そういう感じに飲み込むところが懐深いと思いますよ」


 やるとは言ってませんよ、とやんわりとたしなめられる。

 今は、ゼセウスに面会をして商会の中庭で屋台を見せてもらったあと、店舗に行く道すがら。

 そこで先ほどの話をしたのだ。


 マルは先ほど、試行錯誤したタレを披露し、良い感じの評価を得た後は恐縮しきりの様子でオーリのそばにいる。

 袖をつかんで震えているのはいつもの彼女の様子からは想像もつかないが、知らない大人の前ではこうなのかもしれない。

 なんで俺が例外なのかは知らない。片足が不具で逃げるのが容易だからか、あるいは、弱って寝ているところを見ているからか。

 また、おびえているというよりは――真っ向から、孤児院の外で人に褒められたことが少ないらしく照れているのだろう。


 ちなみに、見せてもらった屋台はごく普通の構造で、炭の火を使って食べ物を温めるタイプ。

 火力調整は炭の置き方と風の送り方次第なので、慣れが必要とのこと。

 だが、マルが作業するのであれば、追加でいくつかの問題が発生する。

 屋台を引く力がないから作業開始前に誰かの手がいることと、身長が届かないので一工夫が必要なこと。

 そして、屋台ならどうしようもなく客に作業しているのがマルであると分かるのが、現時点での問題だ。


「技量があればいいというものでもないので」


 とは、ゼセウスの言葉だが。おいしいものなら誰が作っても、とは言うものの子供の料理というのはまた、与える印象がまた違う。


「お抱えのような形ならいいのでしょうが」


 だが、不特定多数とやり取りをする屋台において、子供が作業台にいるリスクがないとは言えない。

 その点を補うというわけではないのだが、


「ついでという形で、ですね」


 だが、高い確率でそういう展開になるであろうことは分かっていた。

 食事ができる店が一つの通りに集まっていて、その方面は料理人のレベルアップを司る神殿があるのだから、こちらが言葉に出さなくとも、ゼセウスが話題に乗せないはずはないと思ったのだ。


「ですが、幼い少女が高レベルの料理人というのはやりようによっては売りになる点なのですから、きっちりと仕上げてきてもらいたいとも思うのです。それを怠るのは怠惰でしょう」


 顔は笑みのままだが、厳しい口調と視線でいわれる。まぁ、言わんとすることは正しいのだからしょうがない。

 準備をしていないものに勝利はない、と。


「怠惰というよりも、かけられる時間と使える金額の話だからな。どうすることもできない部分というのはどうしてもできる」


 俺の反論は弱い。仕方ないというのは真実でしかないが、それが相手にとってどうでもいいということも理解しているからだ。

 そのうえで、準備に十分な時間もかけられませんでした、という行き当たりばったりを露呈しているのだから。


「信用で投資をしろというのなら、努力をしている形跡を見せてほしいといっているのです。こちらとしても、恵まれた資源を持っているだけでやる気のない相手だと投資のしがいもない」

「結果で応えるさ」

「それは詐欺師の言い分です」

「詐欺師以外でもこういうことを言うやつはいるだろ」


 彼は足を止めて、


「……ふふふ」


 笑う。――笑い方が怖い。

 だが、無意味に足を止めたわけではない、ついたらしい。ゼセウスは足を止めた。

 レンガ造りの家屋であるが、結構大きい。


「開けたいぞ?」


 マルも興奮しているのか、息が若干荒いような気がする。

 その様子でこちらに対しての質問をして。

 ゼセウスはこちらに向けてくるのとはまるで違う楽しそうな表情で、金属の棒をポケットから取り出すとオーリに渡した。


「ん?」


 オーリは若干不思議そうな顔をしたがニコに。


「鍵」


 と言われると、あぁ、と返してマルのもとに走っていった。


「貴方はいかなくていいのですか?」


 早く早くとせかされているオーリを背景にゼセウスに問われたニコは。


「私のいる場所、誰といるかは私が決める」


 意味は良くわからないが格好いいことを言った。

 後ろでは扉が開かれて二人が駆け込んでいくのが見える。


「元気だなあいつら」

「子供は元気なほうがいいですよ」


 ゼセウスは子供好きなのだろうか。

 なら、マルにおねだりをさせれば、と考えていると、それを読み取ったわけではないだろうが、


「先ほどの提案ですが」


 思考に割り込むように声がした。


「彼女自身の意志を聞いて判断します」

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