027、街いく道の作戦会議。
「それじゃ、用意はいいか?」
「いつでも」
「あぁ、いけるぜ」
「んー、おっけーだぞ」
三者三様の応答で準備ができたことを示してくれた。
ニコは院長の杖を持っていて、オーリは折れたショートソードを掲げる。
マルはリュックを背負いなおす仕草で応えた。
「んじゃあ、今日の主目的、覚えてる?」
「下見」
「商会の偉い人にあうんだろ?」
「教会でレベル上げもだぞ」
はい。まぁ、どれも間違ってない。
問題は、レベルを上げるとして誰を優先するか、だ。
ダンジョンの一階層を潜るとして何度か繰り返せば全員のレベルを上げることはできるだろう。
そうしてからもろもろの準備を整えるのも手ではあるが、最も差し迫った時限が何かというと、店の下見だ。
三日以内と言っていたので、ダンジョンに潜れるとしてももう一回。それでは、どうせ、全員分のレベルアップには足りない。
――商材としての魅力という話で行くなら……。
長期で見ればどちらの選択肢でも誤差のようなものだろう、中期で見るとオーリの狩人かもしれない。だが、今日のことに最善を尽くすなら、
「マル……君のレベルアップをしようと思う」
「……を?」
彼女はオーリを見て、それからニコを見た。
そして、こちらに視線を向ける。今の言葉を信じられないというかのように。
「マルの神官が一番高くつく……だったはずだぞ?」
「だが、今日の取引で重要なのはそこだろう」
言ってから、確かにその布施の額は馬鹿にならないと思い直す。
とはいえ、布施の額は値引き交渉が出来る類の物ではない。
であるならば……、
「そうだな。それを商品にするか」
ニコに肩を借りながらの道の上、マルと話す。
「料理人のクラスについたのがいつかは自覚してるか?」
「生まれつきってやつだぞ、父上も母上も料理人だったぞ」
クラスとして両親のそれが一致していると生まれついて職業についていることが低い確率だがある、彼女の場合もそれなのだろう。ちなみに、これは周囲にそのクラスが少ないほど受け継がれやすいとか、営々その血で受け継いできた場合はそうなりやすいとか、いくつかのそれらしい情報があるがそれが実際的なのかどうかは結論が出ていない。
「最後にレベルを上げたのは?」
「えっと、父上と母上が旅に出た3つ前の冬だから……その前、えっと、3から4年前?」
なるほど、それはかなりの経験値が蓄積されていそうだ。
神官経由のレベルアップでは蓄積された経験値は一度で昇華されるわけではない。レベル1から2になるときなどは特に必要な経験値が低いこともあり、一気に3とか4まで上げられることが多い。要するに初めての時は布施の額を二倍三倍で見積もった方がいいということだ。
ちなみに、この経験値、数値化することができるわけではないが、経験『値』とよぶ。なぜなのかはわからないが、これもエトランゼが決めたらしいので何か深い意味があるのだろう。あるいは、度量衡を定めたそうだから、これも数値化できる概念だと思ったのかもしれない。
重要なのは、ためた分は無駄にならない、ということだ。
「じゃあ、ゼセウスとの交渉における、こちらの最大戦果を決めておく」
「何?」
「ゼセウスさん?」
「おおう?」
ゼセウスを知っているニコは単純に話の内容を気にして、知らないオーリは誰の事だかわからない様子、マルは……たぶんまだ動揺しているのだろう。
「ゼセウス、ってのは、この前話した商会の偉い人だ。俺とおんなじくらいの年だが、すごくえらい」
「ふうん。なるほど、今日会いに行く商人さんだな」
ざっくりとしたまとめ方だが間違ってはいないのでそのままにしておく。
「おっかない人じゃないだろうな、はらぺこさん」
「礼儀正しくしてりゃ、普通だろ。マルのほうが噛みつかなきゃな」
「ううう」
緊張しているのだろうか。俺に対しての最初の態度とは違うが……、まぁ、実際に見たことのない大人に値踏みをされると知れば、そういう風にもなるか。
「大丈夫。結局の所、お前をいたぶっても向こうに利はないんだから、どちらかと言うと発奮させてやる気にさせたほうが向こうにとってはお得だろうさ」
「――豚もおだてりゃ」
「ニコ」
「黙っとく」
今のやり取りを見て、マルは若干ながらも気が楽になったのか、眉の辺りによっていたシワが薄くなっている。
「最大戦果の話に戻ろう、はらぺこさん」
「おう。規定事項の確認からいくなら、食事処というか、店舗あるいは屋台の紹介をしてもらうのが、第一だ」
「それは、前回の成果の確認、なんだぞ?」
「そうだな。つまり、マルの肉の成果だ」
「半分ははらぺこさんの成果だぜ」
「そうか、なら、残り半分はマルの成果だな」
むー、と不機嫌そうな唸り声とともに、ニコに袖を引かれる。
バランスを崩しそうだ。
ぽんぽんと諌めるように頭に手を置くととりあえず静まった。
「さて、向こうの目的とこっちのメリットを比較すればどういう誘導をすれば良いのかわかるはずだ」
「向こうの目的?」
「ニコはわかるな」
「――うぃ」
「オーリは?」
「あん? あー、っと。ダンジョンが欲しいとか、じゃないの?」
端的だが正解に近い。
「そこから得られるものを流通させたい。その可能性が目の前にある、と、そう思われているはずだ」
ゼセウスというあの若い男は手を伸ばせば得られるなら、手を伸ばすだろう。
それはごく普通の話だ。
「さて、昨日採ってきたものが何かは覚えてる?」
「兎、芋虫、小鬼、苔、土」
ニコは――だから、端的すぎてわかりにくい。
というか、ゴブリン由来のものは何も採ってきてないと思うのだが。
「兎肉は結構普通だった」
今日の朝までの工夫の過程で理解したのだろう、マルが言葉を補う。
「ニードルラビットは身の肉については、言っちゃなんだが普通の兎よりも劣化しやすいだけの普通の肉だからな」
「首を落とせば美味いんだろう?」
「首を落として普通の兎と同程度かちょっと上ってとこだよ」
自分の舌はそこまで繊細ではないので、これはあくまでも聞いた話だ。
それに対して、ふうん、と頷いたオーリは、頭を掻きながら肉の話を続ける、
「もうちょっと処理がなんとかなりゃいいんだけどな」
「処理って言うと?」
「昨日も言ったけど、冷やしたい。冷やせれば大分とマシになると思う」
「昨日のは風、だぞ?」
「だな、っつうか。鞄から広げた肉を吊ってたから、見た目的には肉まみれって感じ?」
マルとオーリはこの辺りは話が合うのだろう。楽しそうに盛り上がった後に、理解していないこちらをダメな奴を見るような目で見る。楽しそうなのでいいけど。
確かに、いくらか数をとった辺りで、大陸の西端の方の奇祭の様な感じになっていたが、もっといい方法はないだろうか。
「そのへん、工夫の余地はあると思うぞ、ちょっと、あとで店回りしたいぞ」
「調理器具?」
「というより……工芸? 工具? そのへんだぞ」
知ってる子供でいうとリノの分野か。ますます、街に人をやるときのメンバーを考えておく必要がありそうだ。――シノリの話では、孤児院に与えられている街に入るための許可証は三枚だけ、とのことだ。
ギルドの証明書は俺にしか使えないから、子どもたち三人+俺が最大だ。
「さて、話は戻すが今日の最大戦果の話だが、向こうとしては、こちらに恩を売って縛っとくのが手っ取り早い、こっちはこっちでスタートダッシュが決めたいわけだしな」
「スタートダッシュ?」
「……冬を越すため、だぞ」
オーリの疑問、マルの答えに対して、頷いて返す。
「税制の辺りは、後日シノリを交えて確認しないといけないが、少なめに一日あたりに必要な現金収入を出すと銀貨と小銀貨一枚ずつだ。出来れば、小銀貨を一枚つけるとだいぶ楽になるはず」
住人16人と考えて、一人の食事に豆銀貨1枚。ただし、あの孤児院の場合は自給できる割合がそれなりに高い、家賃はほぼないだろうけど、それ以外にも必要になる金額があって、と考えるとその程度になるはずだ。
「……うえ、一日でそれかよ」
「はらぺこさん、この前の肉で幾らかぞ?」
「レッドボアの肉か、三キロで小銀貨2枚に大銅貨3枚だったから、一日生活費くらいだな」
「あー」
マルは頭の中で計算しているらしい。
ぶつぶつと、
「肉にしたときで35キロ、塩漬け加工に30キロ回して、消費分が5キロほどで……えっと」
塩漬けにしたら水分が抜けるだろう、そのへんを補正してマルの出した答えは。
「あのサイズの猪一匹で10日もたないのか」
「残念だが、更にあれはちょっとご祝儀含みでの買い取りだそうだから実際はもっと厳しい」
「そうなると……7日くらい、だぞ」
現時点で7日に一匹、あれを狩猟するのは難しいだろう。
「さて、向こうが一番損をするのはどういう場合か、考えてみよう」
「向こうって、ゼリス商会か?」
疑問を投げてくるオーリに、うなずいて返す。あの街の商会といえばということで名前はわかるのだろう。
考え出したのはマルとオーリだ。
「ニコはわかってる?」
「もちろん」
どうもちろんなのかは疑問だが、そう言うなら良いだろう。
「えーと、ダンジョン流通に噛めなくなるってこと?」
「ハブられるのはきついぞ」
二人の出した結論は単純なものだ。
確かに、言葉通りに慣ればそれはきついだろう、だが。
「実質、この街の商業を仕切ってる商会を挟まず仕事をするほうが大変だろ、それは現実的じゃない。俺が思うに向こうにとっての最悪は、こっちが全滅してダンジョンが取り潰されること、次点で、ダンジョンがギルドの仕切りになることだ」
「その次点が、ほぼ流通に噛めないの同じ意味になってるぞ」
そうだね、と同意しておく。
「ギルドの側も口に出しては言わないだろうが、ダンジョンがあることを黙っていたゼリス商会に厳しい態度を取るだろう。商会の方はゼセウスを切って知らぬ存ぜぬを通すか、別のダンジョンの利益を損なわないように立ち回る感じだろ」
「――えっと、つまり?」
「簡単な話、向こうにとっては、こっちを強くしておいたほうが利益があるぞ、と思わせればいい」
「しゃくとうさつじん?」
なんか違う。
「ある程度の力がない相手には無茶も言えないからな」
「そのために、相手に力をつけさせる?」
「その過程で恩を売れればなおよしだろ。その点、レベルアップの儀式ってのはちょうどいい贈り物だと思わないか?」
子供からして、レベルアップの儀式というのは、誕生月のプレゼントに相当するようなものだ。少なくとも、自分の出身の街ではそうだった。
およそ、一年に一回の『子供』のレベルアップは誕生月に行う、と。
「……ほだされないぞ」
「受け取ってしまえば意識せざるを得ない。それに料理人として行動するたび脳裏をよぎるかもしれないな」
恐ろしい話だ。搦め手というには善意に満ちているが、善行というには物欲に彩られている。
「とりあえず、そいつをありがたくいただくのを今日の勝利に設定しとこうか」
「……情けなくない?」
「情けなく無くない」
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